「おかげさま」と「まだまだやろ」――お寺生まれのバンドマン内定者が大切にする想い

鷹野の実家はお寺。鷹野には、お寺に生まれたからこそ大切にしている言葉があります。

その言葉は、「おかげさま」。

感謝を表す言葉として日常的に使われますが、そのルーツは信教にあります。本来は「御蔭様」と書き、“神や仏などの力添えがあってこそ”という意味があります。現代では目の前の相手や、目の前にいなくても関わってくれた人への感謝の言葉として使われています。

鷹野 「『おかげさま』は、幼いころ住職だった父親から教わった言葉です」

“自分が生かされているのは周りがあってのこと”。鷹野には「おかげさま」を強く意識するきっかけとなった出来事がありました。

鷹野 「中学に入学した直後に、父親が突然亡くなりました。人として大尊敬していたし、幼かった自分には居ないと不安な存在で、そこから何を目標にして、誰を頼って生きていけばいいのかわからなくなりました。

自分では “どうすることもできない”人生最大の挫折だったのですが、そのとき助けてくれたのが友達でした。

周りを頼っていけば、目標も生きがいも見つかると気づくことができたんです。自分が生かされているのは周りがあってのことだと感じました」

中学生活では、自転車競技の「ロードレース」を実業団チームに入るほど夢中になっていた鷹野ですが、高校1年生のとき、大きな事故に遭遇します。

命に別状はなかったものの、競技を続けることはできなくなりました。そこで始めたのがバンド活動でした。

鷹野 「親父がバンドマンだったので、誰も弾かなくなったベースが家にありまして、なんとなく同じ楽器をやってみようかな、ってくらいの気持ちで引っ張り出してきて始めました(笑)」

そんな、“なんとなく”から始めたバンド活動。鷹野は、ある出会いがきっかけとなり夢中になっていきます。

音楽の世界に夢中になったきっかけ

バンド活動に魅せられた鷹野

バンド活動に魅せられた鷹野

2019年2月現在、メジャーデビュー目前というアーティストの先輩が、音楽を始めたばかりの鷹野をライブに誘ってくれたときのことでした。

鷹野 「ステージに呼ばれて、立たせてもらったんです。見たこともない世界を目の当たりにした僕にかけてくれた言葉が『別に売れようとしなくていいけど、こういうのおもろいやろ』でした。

自分のなかに衝撃が走りました。そこから音楽の世界に夢中になっていきました」

そこからの高校生活はバンド一色に。大学進学後はサークル内での活動に移った鷹野ですが、そこでギャップを感じます。

鷹野 「僕が経験させてもらったようなステージを、サークルの仲間は知らなかったんです。

『バンドマンのライブってどんなもの?』 『一番楽しめる方法って何?』 もっと “おもろい ”ライブができるのに、ありきたりな拍手をもらって終わっている。それが、もったいないと感じました」

「お世話になった人の代わりに、大学の仲間にライブの楽しさを伝えていく」――その想いから始めたライブ企画は、立案から条件設定、協賛営業までを大学生5名で行い、大阪・京都・兵庫3都市で開催、総動員は350名を超えました。

鷹野 「自分が生かされているのは周りがあってのこと。その感謝の気持ちを、先輩後輩、同期関係なく常に大切に持って行動していくと決めています」

満足をしない社会人になりたい、「まだまだやろ」の精神を大切に

内定式で内定証書受与者を務めた鷹野(写真左)と昨年同役を務めた採用担当の小林(写真右)

内定式で内定証書受与者を務めた鷹野(写真左)と昨年同役を務めた採用担当の小林(写真右)

2019年2月、鷹野のアルバイト先は、2015年創業のベンチャー企業。ホテル事業の送迎部門で車両の運行・管理、導入する車両選定までを任され、ストレッチ・リムジンなどを運転しています。

「何でも試したい。実体験を得たい」という考えが鷹野にはあります。

鷹野 「大学に入ってから、より多くの人と出会うようになって、自分にない経験を持っている人の話は、価値観を広げてくれておもしろいと感じるようになりました。

そう思うようになってきた頃、大学の同期の子が病気で急死したことを知りました。『自分もいつ死ぬかわからんし、次また人間に生まれるかどうかもわからない』と強く感じました。

そこから『いつ死んでも味のある人間でいたい』と思うようになり、元々はビビリな性格ですが、何でもためらいなくチャレンジするようになりました。最近は、昆虫を食べられるお店に行ってきました。僕の口には合わないとわかりました(笑)」

就職活動は業種業界で絞らず、自分自身の大切にする価値観に合った社風や理念がある会社を基準に選考を受けていった鷹野。

食品メーカーや人材など、各業界最大手の企業2社を含む6社から内々定を獲得します。しかし、鷹野が入社を決めたのは大手ではありませんでした。その理由には「安定」という言葉に感じた恐怖心があったと言います。

鷹野 「『これぐらいの仕事でええわ』や『大きい会社やからここにすればええわ』など、仕事に対して妥協を示している人に対して、自分は以前から疑問を持っていました。

そういった、誰かが『これぐらいでいいやろ』と思う精神は立ち止まるか、つまずいたら一気に後退する気がしています。

就職活動中には、 “今後は AIに働かせる社会になる ”という話を聞きました。

常に『まだまだやろ』と思いつづけなくては、ヒトである価値はなくなっていくのではないかと思っています。だから、自分は満足をしない社会人になりたいと思いました。

最終的にメガベンチャーとシティクリエイションホールディングスの 2社で悩んだのですが、自分がチャレンジしていける機会も具体的に提案してくれて、イメージをもてたことが決断の理由として大きかったです」

「単なる営業マン」ではない、今後仕事のなかで大切にしていきたい想い

鷹野はこれからも、感謝の気持ちを忘れずに、価値をとことんまで追求をしていく

鷹野はこれからも、感謝の気持ちを忘れずに、価値をとことんまで追求をしていく

さまざまな働き方があるなかで、企業への就職を選んだ鷹野。今後、仕事のなかで大切にしていきたい想いがあります。

鷹野 「 “ WIN-WINであること ”です。企業で働く限りは、企業が発展するための働きを全力でやりたいです。そうして、多くのことを任せてもらえるようになって、自分としては豊富なキャリアを得たいです。

また、顧客からお金をいただく限りは、満足しきる価値を提供したいですね。そうやって、一緒に働く人や会社、顧客全員が笑顔になれる働きを自分はしていきたいです」

営業への配属先希望を出している鷹野ですが、“単なる営業マン”ではないマインドを持っていきたいと言います。

鷹野 「漠然とですが、いつかは後退気味である『寺院』という存在を、宗教者を増やすという意味ではなく “身近に感じてもらえるような場所 ”として感じてもらえるコンテンツをつくりたいと考えています。

住職の方々と話すと、お寺以外の仕事を経験している人は意外と多いのですが、事業を生み出すことを経験している人は少ないんです。

僕にとって目の前の仕事をやりきるのは当たり前で、そこからさらに新しいアイデアやプランを出していきたいと考えています。

チャレンジする気持ちを承認してくれる企業だからこそ、単なる営業マンではなく、デザイナーでありプランナーであり、時に職人のようなマインドでありたいと思っています」

「おかげさま」の言葉に込められた感謝の気持ちと、何事にも妥協せず価値の追求をする「まだまだやろ」。そのマインドが、鷹野の原動力です。