大切なのは人と人との繋がり──自分を生かして働ける場所を求めての転職

愛媛で生まれ育った檜垣。高校時代に英語が得意だったこともあり、関西の大学の英米文学科を卒業しました。大学入学を機に地元を離れた檜垣ですが、卒業後はもう一度両親のそばにいたいと思い、地元で就職することを決めました。

檜垣 「大学を卒業してもし県外で就職したら、きっと地元に戻ることはないだろうなと。それがちょっと悲しくて、もう1回両親のそばにいてみたいなという気持ちが出てきました」

そうして再び地元に帰っての就職を決めた檜垣。地元で働きたいという想いに加えて、サポーティブな性格が職種選択にも影響を与えました。檜垣が選んだのは幼いころから身近にあった地方銀行です。

檜垣 「地元で大きい企業といえば、地方銀行やメーカーですが、メーカーとなると全国転勤になる可能性も高く、それだったら地元に帰る意味はあまりないかなと。性格的にバリバリ営業して前に出ていくより、裏方でサポートできるようなお仕事が良いなと思っていたので、この2つを組み合わせたら、慣れ親しんだ地方銀行の金融事務なのかなと」

大学生活を経て帰ってきた生まれ故郷。長く過ごした場所ではあるものの、他の土地で過ごした経験を経て、見え方が変わり、より愛着が湧いたと檜垣は当時を振り返ります。

そして、檜垣は希望通り、地元の地方銀行に就職することになりました。

地元銀行で花開いたサポーティブな資質

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地銀では入出金などの窓口業務や投資信託などの個人向け窓口、営業担当の後方事務などを担当しました。お客様とのやり取りが多い仕事の中でも、檜垣がとくにやりがいを感じていたのは、諸届や資産運用など、お客様が長く滞在していく窓口での対応でした。

檜垣 「書類をなくしてしまったというお客様も結構来られるんです。窓口に来るくらいなので、高齢の方が多くて。そういったときには自分でお話しする順序などを工夫しながら解決していくのがやりがいでした。

自分の持っている知識の中で、効率よく考えて解決に向かっていく過程が結構楽しかったなって思います。最終的には“ありがとう”と言ってくれるので、それが一番うれしかったです」

親身になってお客様との良好な関係を築いていくのが得意な檜垣。その結果、檜垣の元を訪れるファンのようなお客様もいました。

檜垣 「月に1回くらい、旅行の話をしに来るお客様がいました。普通に銀行に用事があって来るときもあるんですが、自分と話したいからと思って来てくださるのは有難いし、嬉しかったです」

サポーティブな資質はお客様との対応だけでなく、職場の中でも現れました。銀行では法改正によって事務の内容も変わることもあります。その際にはパートの方を集めて勉強会をしたこともありました。

檜垣 「法律が変わるたびに銀行事務の内容がどんどん変わっていったので、常に新しいことを勉強しないといけない感じでしたね」

また、新入社員に対しての教育システムもあり、檜垣も後輩の指導に当たりました。マニュアルがあるわけではなく、1年間のカリキュラムを先輩社員自身が組むという形式です。

檜垣 「新入行員の方々が毎年入ってきていたので、その人に1年間、マンツーマンで付いて教育係としてサポートしていました。教育のカリキュラムは、先輩社員それぞれの裁量に任されていました」

日々の業務の中でやりがいや楽しみを見いだし、充実した日々を送っていた檜垣。しかし、この数年で金融業界全体に大きな変化がありました。業務の効率化のために機械化が進み、人が携わる業務は削減されていったのです。

檜垣 「機械を置いて、ネットでできる手続きを増やして。窓口に出る機会もなくなってしまって、お客様と接する機会もどんどん減ってしまって……。自分自身やりがいに感じていた部分と、これからの銀行が目指す在り方というのが違うのかなと思うようになったんです」

銀行の中でキャリアアップしていく道もありました。しかし「お客様や同僚などと接して“誰かに喜んでもらう”ことこそが自分のやりたいことだ」と檜垣は転職することを決めました。

人と関わる仕事を求めて出会った、親身になってくれた担当者

地方銀行を辞めた後、就職先の幅を広げるために大阪へ転居する決断をしました。新天地でたったひとり――転職活動を行う内に不安が募っていきました。

檜垣 「やっぱり初めは正社員がいいと思って探していました。しかし、地元の企業だったら、両親に聞けば、あそこはああいう会社とか大体分かりますが、関西は企業数が多いので情報収集が難しく。もし入社した後にマッチせずにすぐに辞めてしまうということがあったら、お互いにとってよくないと思い悩んでしまいました」

そんなときに、父親の紹介で旭化成アミダスに出会い、営業担当者の親身な姿勢に心動かされました。ひとりで関西に出ていく檜垣にとって、さまざまな不安を話せて安心できる環境が有り難かったのです。

檜垣 「営業担当の方と一緒にお仕事を探していたんですが、今までのお仕事の話や私が大事にしていることをいろいろとお伝えしました。その上でお仕事を紹介してくださるので安心できましたし、自分では見つけることのできない仕事にもチャレンジすることができています」

初めての派遣先はフレンドリーな雰囲気で、すぐになじむことができたといいます。

檜垣 「銀行のときは、お金を扱っていることもあり、職場の雰囲気も堅い感じでした。現在の派遣先は前職から比べるといい意味でギャップがあります。すごくフレンドリーに話しかけてくださる方がたくさんいらっしゃるので、すごく穏やかで自由だなという感じです」

入社後、檜垣は人事部人事室で採用アシスタントとして新卒面接の設定や受付、会社説明会の手配などの業務にあたっています。

念願の人と接する仕事ができるようになった檜垣ですが、業務面では銀行時代とのギャップに戸惑うこともありました。そんなときは同僚に教えてもらったり、自身で勉強したりすることで克服していきました。

檜垣 「銀行ではパソコンは銀行独自のシステムを使うことが多く、一般的にオフィスで使われるMicrosoft Office のWordやExcelのようなツールを使う機会がなかったので、苦手意識がありました。

最初は本当に分からなかったので、本を買って家でやってみて、仕事中にも調べながら進めていくという感じでした。人事部の同じ部署の人が、パソコンの先生かなというくらい、すごく丁寧に教えてくれて、少しずつスキルアップしていくことができたんです」

仕事のことで職場の人と話している中でも、自分と違う考えや自分と違う仕事のすすめ方を知ることが勉強になると話す檜垣。職場の同僚からも多くのことを学んでいます。

派遣という選択肢を通じて見つけた、自分を発揮できる場所

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旭化成アミダスでの仕事を開始した檜垣が、印象に残っているのは採用面接やインターンの際に学生とコミュニケーションをとっていたことだといいます。

新型コロナウィルスの影響で、面接やセミナーもWebでの実施が増えましたが、対面でなくとも檜垣の人と接する姿勢は変わりません。オンラインミーティングツール上で学生を面接ルームへ送り出すときには、「頑張って」と声をかけていました。

檜垣 「人によっては集中してノートを見ながら練習している学生さんもいらっしゃったりするので、その場合には話かけないほうが良いなとか、逆に緊張していそうな方には話しかけるようにしたりとか。

面接に送りだすときに、頑張ってくださいと声をかけているんですが『ありがとうございます、頑張ります』って笑顔で応えてくださったら、応援したい気持ちが強くなりますね。本当に数分しかお話をしていないのですが、対面で会えない分、こうして触れ合える時間が持てるのがとても貴重です」

自分が前面に出るよりサポートすることが好きな檜垣。今後もその軸はブラさずに、旭化成アミダスで働く中で業務の幅を広げていきたいと考えています。

檜垣「やっぱり人をサポートすることが好きですね。学生さんと話していても頑張れって応援する側でしたし。その軸は変えずに、営業事務や経理など、違う内容の業務にもチャレンジして、自分のやれることをどんどん増やしていきたいです」

機械化やオンライン化が進む中でも人とのつながりを大切にしたいと考える檜垣。再び地元から離れた今も、人とのつながりを育み、それらを成長の糧にしながら自身の世界を広げていきます。