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「明日は風邪をひいて休め」倒産前日の奇妙な助言で救われた男性 地獄の転職活動を経て年収1100万に

画像はイメージ(AIで作成)

勤務先の倒産という危機は、突然やってくるようでいて、実は何らかの前兆があるものだ。その瞬間の立ち回り方ひとつで、その後の明暗が分かれることもある。

千葉県に住む佐藤さん(仮名、50代男性)は、今から約17年前の2009年、リーマンショックの煽りを受けて勤務先が倒産するという経験をした。当時は30代半ば。精密機器を扱うサービスエンジニアとして働いていたが、会社が消滅する直前、同僚から奇妙な助言を受けたという。

編集部では、当時の緊迫した状況について佐藤さんに詳しく話を聞いた。(文:篠原みつき)

出張前日の「仮病のすすめ」

当時、佐藤さんが勤めていた精密機器メーカーは末期症状に陥っていた。

「入社時の社員数は約80人でしたが、倒産時は約30人ほどに激減していました。ボーナスカットや給与の減額が続き、ついには前月の給料が遅配が発生しました」

社内は目に見える形で崩壊が始まっていたのだ。

そんな倒産の前日、佐藤さんはある顧客の工場へ出張する予定だった。取り扱い装置の部品を修理のため預かり、代わりの部品を装置に取り付けるという、サービスエンジニアとしては日常的な業務だ。

ところが、出張を控えた佐藤さんに、同じ部署のベテラン社員が声をかけてきた。その人物は顧客からの連絡を受けるコールセンターのような役割を担い、各エンジニアに仕事を割り振る、いわば「現場の事情通」だった。

「その方から『明日は風邪をひいて休め』と言われたんです。個人的に特別親しいわけではありませんでしたが、狭い会社でしたから疎遠でもありません。仕事を割り振る立場の人から、まさかの『仮病』を勧められました」

驚くべきことに、直属の上司もこの「嘘」を黙認していたという。佐藤さんは、社内全体に「そろそろ危ない」という覚悟と、暗黙の了解が広がっていたのを感じ取った。

「もし出張していたら…」2万円が自腹に

忠告に従い、翌日を欠勤した佐藤さん。すると、その翌々日に会社は倒産した。間一髪の回避だった。もし忠告を無視して出張を強行していたらどうなっていたのか。

「当時の私の出張費用は2万円くらいです。今思えば少額かもしれませんが、給料カットが続いていた当時の私には死活問題でした。倒産してしまえば経費の回収は不可能ですから、自腹を切ることになっていたでしょう」

金銭的な被害以上に深刻だったのは、顧客への影響だ。

「一番の問題は、顧客から高価な機器を預かったまま倒産してしまうことでした。そうなれば、お客様の大切な資産がどうなるか分からず、多大な迷惑をかけてしまいます。その観点からも、本当に訪問しなくてよかったと思います」

当時、会社の本社は関西にあり、東京支店が閉鎖されてからは自宅をオフィスのように使っていた。そのため、倒産の知らせは自宅で受信したメールで知ることになったという。同僚たちがどのような表情で最後の日を迎えたのか、その光景を見ることはなかった。

70社以上に書類を送り続けた「地獄の転職活動」

倒産が決定的になった後、佐藤さんはすぐに動いた。幸い、遅配していた給料などは支払われたが、退職金は一円も出なかった。

皮肉にも36歳の誕生日は、無職の状態で迎えることになった佐藤さん。待っていたのは、リーマンショック直後の冷え切った雇用情勢だった。

「とにかく書類選考が通りませんでした。それ以前の転職活動では、10社出せば3〜4社は面接に進めましたが、この時は70社以上に書類を出して、ようやく内定を勝ち取れるような状況でした」

必死の活動が実り、無職期間はわずか2週間で終了。8月1日には現在の勤務先である外資系の大手医療機器メーカーへの入社を決めた。

現在の年収は1100万円に達しているが、決して楽な仕事ではないという。

「基本給は以前とさほど変わりませんが、残業が月10時間から70時間へと大幅に増えました。日系の小規模企業から外資の大手になり、人間関係は驚くほどドライです。人命に関わる製品を扱うプレッシャーもあり、仕事はかなりハードですね」

「長く続いた企業でも安心できない」

高収入を得ている今も、佐藤さんの仕事観の根底には当時の経験がある。

「長く続いた企業でも安心できないと知り、安定性を強く求めるようになりました。職場の人間関係に満足できず転職を試みたこともありましたが、踏み出す決断ができなくなりました」

慎重すぎるキャリア観を持つようになったそう。一方で、この経験はマイナス面だけではないという。

「倒産やリストラを身近に感じ、本当の意味でコストを意識して勤務できているのも、倒産を経験したからでしょう」

あの日の奇妙な助言は、佐藤さんにとって一生忘れられないものとなったようだ。

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