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何のためのESG──投資の立場から見る、いま企業がESGに取り組むべき理由

昨今取りざたされる企業のESGやSDGsへの取り組み。DG Daiwa Venturesは、投資を通じて社会実装を促進すべく、グループ一丸となって取り組んできました。ESG・サステナビリティの新規事業創出とスタートアップ支援に従事する堤 世良が、ESGの抱える課題や意義を語ります。【talentbookで読む】

世界をより良くしたい。幼少期からの想いに導かれ、ESG投資の領域へ

──堤さんのこれまでのキャリアについて教えてください。

堤 「大学卒業後、三井物産に就職してアメリカ、次に東南アジアの不動産開発を担当した後、森林・植林関連事業の部署へ異動し、カンボジアのプロジェクトなどに携わりました。森を守るという環境に良いことをしながら地域社会にも貢献し、実益を上げることもできるというビジネスのしくみに手ごたえを感じていました。

しかし、次第に大きなビジネスの一員としての貢献よりも、社会貢献をもっと肌で感じたいという想いが募っていったことに加え、もともとアメリカの大学を卒業したこともあり、よりグローバルな社会での活躍をめざしたいという想いもあり、会社を休職して、スペインのIE Business SchoolへMBAを取得するために進学しました。

現地ではインパクト投資ファンドでインターンを経験するなど、サステナビリティやインパクト投資領域を中心に学んだことが転機になりました。

私が卒業と同時に会社を退職した2021年は、デジタルガレージにとって転換期で、ちょうど環境や社会に目を向けた事業に注力しようとし始めた時期でした。良い具合に歯車が噛み合い、ジョインすることを決意しました」

──環境や社会に目を向けた事業に取り組もうと思うまでの経緯は、どのようなものでしたか?

堤 「私の名前は“世界を良くする”と書いて“せら”と読みます。そんな名前を持っていることもあり、世界を舞台に社会に対して良いことしたいと幼いころから考えていました。

総合商社の仕事に満足できる部分もありましたが、商社というビジネスの特性上、産業に特化せずに不動産、森林、そして次はまた別の業界の部署、という具合に、ゼネラリストの道をたどることがメインとなるキャリアパスを想像したときに、幼少期からの想いとのずれがあるのではないかと考えはじめました。

当初、わかりやすく社会に貢献したいと考えた私が考えたのは医療業界でした。在学中にヘルスケア業界の課外活動の代表を務めたり、MBA取得後には大手製薬会社のオファーも受けていましたが、より社会全体に対して最もインパクトを与えられるのは、サービスを提供する側ではなく、世の中を良くしようと取り組む人たちを支援する側だと考え、現在にいたっています」

気運の高まるESG推進の動き──いま、企業がESGに取り組むべき意義とは

──堤さんは現在、ESG・サステナビリティの新規事業の創出と、ESGの観点からスタートアップの支援・投資などに取り組まれています。まずはESGの定義と、CRSやSDGsとはどう違うのか教えていただけますか?

堤 「ESGとは、企業が持続可能なかたちで事業を成長させ、企業価値を向上させるために必要な、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス・企業統治(Governance)の三つの要素の頭文字を合わせた言葉です。

ESGは収益ありきの考え方で、企業が持続的に成長を妨げるリスクや要素を排除することを目的としているため、一般にイメージされる「儲からない」といった考え方とは相反するものです。

一方、CSR(Corporate Social Responsibility)とは、企業が事業活動を行うために果たすべき社会的責任のことで、企業の経済活動において社会や環境への負荷をかけるかわりに、文化活動や環境保護活動といった事業に関係のない活動を通じて、利益を還元することを指します。従ってESGとCSRはそもそも基本的な概念からして異なるものになります。

そして、SDGsは、ESGの考え方を推し進めて、国際社会みんなで一緒になって国を挙げて取り組んでいきましょうという考え方です。国連の加盟国が2030年までに実現をめざす17個のゴール、その中の169個のターゲットから構成される目標に合意しています。

SDGsによってESGの概念の普及が加速し、ESGを成し遂げないとSDGsがゴールに向かうのは難しいだろうとは思いますが、先ほど申し上げた通り、ESGは企業価値への貢献収益がありきである点において両者の基本的な概念は異なります」

──似た言葉のように思いがちですが、基本の考え方からして異なるんですね。では、今、企業がESGに取り組む意義はどのようなものですか?

堤 「まさに盛り上がってきている論点、傾向だと思いますが、大きく分けて4つのポイントがあると思っています。

1つめは“企業の評価基準の変化”です。企業の価値を業績などの財務情報のみによって判断することが難しくなってきています。環境への負荷や企業の人員構成といった非財務情報を開示することで企業のポテンシャルを可視化・判断するような評価方法が採択されはじめており、一部の上場要件となりつつあります。

2つめが、“顧客の獲得”です。たとえば、次世代を担っていくZ世代の人たちはSDGsの17のゴールがすべて頭に入っているような教育を受けており、自然と社会や環境に良いモノ・コトを積極的に選ぶような行動変容が起きてきています。

3つめが“人材の獲得”です。2つめと関連して、ESGやインパクト投資に取り組んでいる企業で働きたいと思う人が増えてきています。また、従業員のモチベーションを向上することにもつながるといわれています。

4つめが、“資金調達の容易さ”です。今までお話した3つの点が成し遂げられ、より企業の評価を上げられることにつながると、最終的には資金調達の部分で非常に優位に働くからです。企業としての成長が評価されて、今後の成長期待が高まり、投資家に対しても訴求できます。

また、国を挙げてSDGsに向かって取り組んでいるという背景も後押しし、ESG投資やインパクト投資、グリーンボンドなどのサステナブルファイナンスには大きな予算が組まれる傾向があり、同様の取り組みを進める企業に対して資金が回ってきやすい土台ができています。このように考えると、逆に企業がESGに取り組まない理由はありません」

──ESGに取り組むスタートアップも増えてきているのでしょうか?

堤 「われわれが見ているのはシード期に近いスタートアップなので、社員数が少なかったり、プロダクト開発に忙しかったりと、正直なところなかなかそこまでは考えられていない、手が回っていないのが現状です。とはいえ、起業する時点で100点を取る必要はありません。

従業員の働きやすさやガバナンスの体制といった点が上場要件に含まれていることを意識しながら、最初の段階でミッションやビジョン、コアバリューなどのかたちで社会に対して提供できるものをある程度念頭においていただいて、組織の成長に応じてコンプライアンスなどの問題や制度設計に取り組んでいくという具合に、ステージごとに対応していくことが大切だと思っています」

ESGが抱える課題──本質的な理解と行動変容を訴求するために、必要なこと

──ESGを取り巻く状況の温度差など、国内外で違いはありますか?

堤 「ESG、CSR、SDGsという言葉自体の浸透度合いは、海外よりも国内のほうが高いと感じています。ただよくも悪くもこの3文字が浸透しているがゆえに、日本ではESGとCSRとの違いがあやふやになり、“とりあえずやっておけば良い社会になるもの” “慈善活動のようなもの”という印象で受けとめられている傾向があるのは残念な点です。

加えて、言葉自体がブーム的な形で盛り上がるメディアの報道とも温度差があり、本質的には企業の取り組みと経済性が結びついていません。

欧州では2023年1月からSFDR(Sustainable Finance Disclosure Regulation)の基準が格上げになったことを背景に、投資家サイドも事業会社サイドも非財務情報の開示に待ったなしの状況です。カーボンオフセットによる減税の施策なども後押ししています。

一方、日本ではレギュレーションが厳しくないこともあり、ESGへの本質的な取り組みは進んでいません。最近になって、機関投資家に迫られるかたちでESGに取り組む上場企業は増えてきていますが、とくにベンチャーキャピタル(以後、VC)や投資分野においては、欧州に比べて遅れをとっています。

サステナビリティに対する消費の行動変容にも目立ったものは見られませんし、ジェンダー、ダイバーシティについても、日本の意識は非常に低いのが特徴です。

たとえば、日本では関心が低いことからエシカル系グッズの市場が小さかったり、海外の投資家がダイバーシティの欠如を理由に日本のPE、VCやスタートアップへの投資を断念したりするケースもあるなど、今後、対応の遅れが顕在化していくリスクもあるでしょう」

──そうした課題を克服していくにはどうすればよいのでしょうか?

堤 「世界についていかないといけないという意味では、国の規制が今後より強化されていかなければ、経済全体として動かしていくのはなかなか難しいでしょう。もちろんボトムアップで、各スタートアップが創業当初からESGやSDGsに取り組むマインドセットを持っていけるよう、育てていくことも大切だと思います。

もう一点、ESGを“ボランティア”や“慈善活動”とみなす考え方から切り離すことも非常に重要だと考えています。

SDGsは2015年9月の国連サミットで採択されていますが、COP27(国連気候変動枠組条約第27回締約国会議)が開催された2022年11月時点で、当初の目標から大幅にビハインドしていることからも、今後、ESGへの取り組みが利益を注視する概念であり、企業にとって中長期的な収益創出の機会となることへの理解を世界規模で広げていく必要があると考えています」

純粋に他社と手を組むことができる黎明期の今こそ、力を合わせてESGを推進したい

──インパクト志向金融宣言のVC分科会等を通じた情報交換を行われている経緯や、具体的にどのような活動をされているのか教えてください。

堤 「インパクト志向金融宣言は社会変革推進財団が事務局を務める金融機関のコンソーシアムです。日本の経済をインパクト志向へと導いていく意志を持った賛同機関から構成されていて、ESGやサステナビリティを推進しているデジタルガレージグループでは、株式会社DGインキュベーションがこの活動に賛同しています。

その中でもVCだけが集まっているVC分科会を含めて、インパクト投資を実行している/実行しようとしているVCとともに情報収集しながら、グッドプラクティスの実現をめざしています。

これはインパクト志向金融宣言に限ったことではありませんが、普段はライバルとも言えるVC同士がこのように積極的に情報交換を行っている理由としては、インパクト投資やESG重視型の投資はまだ規模が小さいということが挙げられます。各社が自分だけでは十分な情報を保持していないため、どうしたら上手く運用できるのかといった情報を共有しあうことで、お互いに利益が得られると考えているからです。

案件の共有や評価の仕方、LPに対する反応など、みんな手探りで取り組んでいるところがあるので、互いに快く情報提供ができている状況です。

加えて、この分野はまだ黎明期ということもあってキャッチアップしやすく、とても興味を持って取り組めています。コミュニティが狭いため、組織の枠を超えて仲良くなることができることも特徴の一つだと思います。

こうした取り組みは仕事をしている感覚が薄れることがあるくらい楽しく、インパクト投資分野が自分にとても合っていると感じています」

──今後の展望について教えてください。

堤 「複数の企業が束になって同じ方向に向かうことで、大きなインパクトを生むことにつながるはずです。

インパクト投資に限らず、ESG投資やサステナビリティ、Climate Tech(気候テック)などにフォーカスした企業への投資を強化していくことで、一社では到底できなかったようなことが実現でき、社会や環境に対しても大きな影響力をもたらせるのではないかと考えています。

現代はより良い世界にするために投資の方向性を変えていける時代です。VC分科会はまさにその好例ですが、自社を超えて企業同士が手を取り合い、情報を共有し合って、サステナビリティファイナンスを推進していきたいと思います。

また、デジタルガレージでは、Open Network Labというアクセラレータープログラムを実施してグローバルに活躍するスタートアップの支援を行ってきました。DGDVを含むデジタルガレージグループ一丸となって、今後もESG・サステナナブル視点を軸の一つとして、スタートアップ投資に取り組んでいくつもりです」

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