カシオ計算機 デジタルイノベーション本部長 虻川勝彦さん 「変革していく楽しさ」を若い人たちに学んでもらいたい

カシオ計算機 虻川勝彦さん
カシオ計算機は1957年、世界初の小型純電気式計算機を発明した会社です。「創造貢献」をモットーに、電卓「カシオミニ」や電子鍵盤楽器「カシオトーン」、耐衝撃腕時計「G-SHOCK」、電子辞書「EX-word」など、独自技術で数々のユニークな製品を世に送り出してきました。
2024年4月にはデジタルイノベーション本部を新設し、マーケティングテクノロジーやIT戦略推進など横断的なデジタル業務を担う体制を構築しています。そんな同社では、いまどんな取り組みを行い、どんな人材を求めているのか。同社デジタルイノベーション本部長の虻川勝彦さんに話を聞きました。(文・構成:キャリコネニュース編集部)
「ものづくりジャパン」をもう一度元気に
――虻川さんはさまざまな経歴の後、カシオ計算機に入社されていますが、どういう動機だったのでしょうか。
50代になってあと何年働けるのかと考えたときに、気になったのは「失われた何十年」といわれる日本経済の停滞でした。現代はソフトウェアが注目を集めていますが、それを動かすハードウェアもやはり大事で、日本を元気にするには製造業が大切です。
カシオ計算機はこれまで独創的なハードを作ってきたし、「G-SHOCK」という世界で戦えるブランドも持っている。デジタル化を進め、お客様とのつながりを強化していけば、まだまだのびしろがあります。私ひとりで何が変わるわけではありませんが、「ものづくりジャパン」をもう一度元気にしたいという思いで入りました。

カシオ計算機 デジタルイノベーション本部長 虻川勝彦(あぶかわ・かつひこ):1969年生まれ。大手SIerを経て、京王電鉄でIT管理部長やデジタル戦略推進部長、IT子会社やカード会社の取締役、AI企業の代表などを歴任。AWSやGoogle等のエンタープライズコミュニティでのリーダーも務める。2022年カシオ計算機に入社し、2024年4月より現職。
――同じ思いを共有してくれる若いデジタル人材に、どう呼びかけたいですか。
自分の思いを持って、変革を進めていくマインドを持って欲しいですね。日本の伝統的メーカーには昔ながらの仕事のやり方があり、レガシーというと「悪」のように捉えられますが、その会社が大事にしてきた基盤でもあるし、尊敬すべきものもあります。
一方で、レガシーな会社ほどデジタルやITで変革できる余地が多いのも事実です。事業環境が大きく変わり、AIなどの新しいテクノロジーでできることが飛躍的に増えている状況で、今までのやり方が最適だ、ということはまずありません。
デジタルネイティブの若者の視点から非効率に感じられることは、たぶんたくさんあると思います。メーカーとして残すべき良いところを見極めつつ、変えるべきことについては積極的に変えていくことに、どんどん声を上げて取り組んでもらいたいと考えています。
――まずは当社のやり方を学んでもらって、という会社は多いですが。
私たちの部署では、いい意味でいつまで経っても会社に染まらないマインドと視点を持って、どんどん変革をしていく方にぜひ来てもらいたいなと思います。そういった若い人たちを後押しするのが僕らの仕事ですし、孤立して潰されてしまわないよう伴走しながら進めていきます。
最初は小さくてもいいので、成功事例を作って「変革していく楽しさ」を若い人たちに学んでもらい、それが周りの人たちにもどんどん広がっていくような、そういう組織を目指していきたいなと思っています。
「デジタルマーケティング」と「情報システム」の2本柱

デジタルイノベーション本部の組織
――デジタルイノベーション本部はどのような組織なのですか。
社長直下の、社員200人弱の組織です。大きく2つの領域があり、デジタルマーケティング領域を担当するマーケティングテクノロジー統轄部と、情報システム領域を担当するERP推進部、コラボレーション推進部、サービス開発部、グローバルITガバナンス部があります。
私たちは、グローバルマーケティングプラットフォームをWebで世界28カ国、ECを18カ国で展開していますが、これを担っているのがマーケティングテクノロジー統轄部で、統轄部長は営業本部も兼任しています。この中には、サイトの仕組みを構築するUXプラットフォーム部と、各国の販売会社とともにサイトの運営をするUXマネジメント部があります。
情報システム領域では、ERP推進部が基幹システムの構築や運用を手掛けており、刷新プロジェクトがいままさに立ち上がったところです。AIを中心とした生産性の高い業務プロセスの再構築やセキュリティ向上など、あるべき姿を描きながら、どういう業務の在り方を目指していくのかの検討を始めています。
コラボレーション推進部は、コラボレーションプラットフォームの構築やユーザーに伴走しながら業務のデジタル化を進めています。デジタルを使って業務をスピーディに効率化するために、必要なアプリをユーザーが自ら作れるように支援をしたりもします。AIが当たり前に隣にいる前提で業務を一から作り直す、といった視点での取り組みが必要になります。
サービス開発部は、さまざまなウェブサイトやシステムの開発・保守を行っています。当社には「CASIO AI CHAT」という、ユーザーが複数のAIサービスをセキュアに利用できる独自の環境を構築しています。クラウド活用によるCCoE(クラウド・センター・オブ・エクセレンス)を担当するチームもこの部署にあります。
グローバルITガバナンス部は今年新設した部署で、海外を含めたカシオグループ全体のグローバルで統一された基準と強固なセキュリティを確立しつつ、各地域の実情に即した柔軟なIT運営を支援し、事業成長と企業価値向上を支えるIT基盤を構築することを目指しています。この部には、インフラを担当しているIT基盤グループと、セキュリティグループがあります。
――御社は海外売上高比率が約8割と高いので、グローバルの視点は欠かせませんね。
デジタルマーケティングの領域では、海外でのEC展開をしているのでグローバルで活動できているのですが、基幹システムやITガバナンスの領域ではまだ十分に動けていません。いまこの領域のスコープ拡大に取り組んでいるところです。
日本から海外拠点へ社員に赴任してもらい、デジタルマーケティングやIT化を進めていますが、海外担当者のエンゲージメントも重要ですので、今年は日本でグローバル会議をリアル開催する方向で動き始めています。
「AIができることは人がやらない」に取り組む
――あらためて、デジタルイノベーション本部のミッションはどういうものでしょうか。
グローバル全体での標準化とセキュリティ強化を基盤に業務の効率化と高度化を推進し、データとAIの活用を通じて経営判断の精度向上や現場の生産性向上等を支援して、「2030年の企業価値最大化」にデジタルで貢献することです。
DX戦略としては、数年前から「ユーザー中心のバリューチェーンの構築」を掲げています。「開発」「生産」「営業」「CS」の各業務におけるDXとともに、業務プロセスの中で生まれるデータを「CASIO ID」をキーに横串を通すことで、お客様を中心としたデータの集約と活用によるDXの取り組みを行っています。
現状ではまだすべてがつながっていないので、データ連携を進めデータを活用することで、製品だけではなく「顧客体験」のレベルを上げ、顧客満足度を高めていくことに取り組んでいきたいと考えています。
そのためにも、ユーザーとのタッチポイントを増やし、オンライン環境だけでなくオフライン環境も含めたデータを活用して、より良い顧客体験を提供していくことが大事です。

カシオ計算機が目指すDX(統合報告書より)
――AIの活用もデジタルイノベーション本部の担当領域ですね。
前提として必要なのは「AIができることは人がやらない」という考え方です。今やっている作業ベースで「自分の仕事」を考えている人が多いと思いますが、その中にはAIに代替できるものも少なくありません。根本的な考え方を変えて業務プロセスを作り直すことを進めていかなければなりません。
実現は簡単ではないと思いますし、どこまでできるかはやってみないか分かりませんが、トライしない理由はありません。AIを活用し、「人がやるべきところ」「人がやった方がいいところ」を明確にしながら、限りある人という大事なリソースをどこに注力させていくかをしっかりと考えながら、業務プロセスの再構築を図っていきたいと考えています。
また、効率化だけでなく、今まで人手不足でできなかったこともたくさんあるので、そういったことをAIを活用してスピーディに実現しやれることを増やすとともに業務の高度化にも取組み、新たな価値創造にもしっかりと取り組んでいければなと考えています。
社員の6割が利用する「CASIO AI CHAT」

「CASIO AI CHAT」のトップページ。アイコンは公式キャラクター「カシペン」
――「CASIO AI CHAT」について、もう少し詳しくお聞きできますか。
GPT5やClaude4などの様々なLLMを用途に合わせて選択して利用できる独自のAIチャットボットを、社内情報も扱うことができるクローズドな環境を社内開発しています。
内製化の理由は、生成AIのノウハウを社内で蓄積したかったためです。また、社員間で利用状況の差が大きいうちは、通常の法人契約では割高になってしまうおそれもありました。結果として、現在は非常にコストパフォーマンスが高くなっています。
まず「CASIO AI CHAT」のサイトにログインすると「AIを使う注意点」が毎日必ず表示され、AIの出した回答は必ず人が確認をすることなどを改めて確認してもらっています。生成AIの最新モデルは早期に実装しており、ユーザーもモデルごとの特性を踏まえて使い分けができている人もいます。
最も多い用途はプログラミングのサポートです。続いて、一般的な調べ物、これはもうGoogleで検索するよりもAIにまず聞いてしまう使い方ですね。その他には、文書の校正や翻訳サポート、ブレーンストーミング、市場調査、データ分析などが続いています。
――活用方法は現場に任せているのですか。
利用申請時の教育のほか、社内講習会を随時開催しています。最初に行ったのが管理職向け研修で、AIを活用できそうな場面だけでなく、AI活用時の注意点や、AIを使ったアウトプットが業務で上がってきたときの注意点なども周知しました。
そのような活用促進を行ったおかげか利用率は高く、他社ですとしばらくは1割~2割程度で頭打ちになるというお話を聞くことが多いのですが、当社では6割以上の社員が活用しており、AI活用に関して意識の高い人が多いようです。ノウハウも蓄積されてきましたので、今後は用途を限った専門的なAI活用環境の開発なども検討する予定です。
伝統的メーカーに眠る資産をデジタルで活かす
――AIの発達によって、人材育成の問題が指摘されることが増えました。
AIが議事録を作成してくれたり、ネット上や過去の資料を元に提案書を作成してくれたりすることで、新入社員のときに社内の色々なことを学ぶ機会が減ってしまい、下積み経験ができなくなるといった話は聞きます。
日常生活でもTVからYouTubeなどのネット系動画へと見るものが変わり、自分の興味のあることしか見ないようになってきたのと似ているのかもしれませんね。その問題が、AI時代になってより進化する可能性はあります。
内容をしっかり理解してAIに的確な指示が出せるか、ビジネス上の課題設定ができるかなど、AIと共に仕事をしていくことを考えると、最初から部下がいるような状態になるので、新人でも今までよりも1段高い仕事の仕方が求められていくのだと思います。

Moflin(モフリン)はカシオ計算機が2024年11月に発売したAIペットロボット。初回発売分は1週間で完売し、追加生産分も予約開始と同時に売り切れ、現在も品薄状態が続く人気ぶり。2025年10月より米英市場で販売開始予定。
――デジタルイノベーション本部の今後の課題はどういうものでしょうか。
同じ環境の会社が多いかもしれませんが、日本の老舗メーカーの、特に基幹システムなどの情報システムの領域では、メンバーの平均年齢が高い傾向があります。ここにデジタルネイティブの世代に加わってもらい、これまでのやり方をそのまま引き継ぐのではなく、良いことは吸収し残しながら、変えるべきことは遠慮なく変革していく仕事に取り組んでもらえればと考えています。
また、グローバルでのITガバナンス強化も力を入れていて、海外拠点のスタッフとコミュニケーションを取りながら、全体最適の視点でセキュリティの企画や展開ができるような人材を育成・採用していきたいです。
加えて、これはすべてのシステムに共通することですが、システムを導入することは目的ではなく、あくまで成果を出すための手段です。各部門のユーザーが目的を実現できるまで伴走できる組織にしていきます。
ユーザー部門ときちんと対話し、要件をヒアリングして、本質は何かをしっかり理解して形にする必要があります。さらに、エンジニアの視点を加えて、個別最適にならず、会社の全体的な底上げになるシステムを作ることをできる限り行っていくことが重要であり、課題でもあります。
日本の伝統的メーカーの中には、まだまだ価値が理解されていない活用を待っているアセットが多くあります。そういった資産を、ユーザー中心のバリューチェーンの中で活かしながら、お客様の求めるものや体験をタイムリーに提供していくことが大事だと考えています。


