高橋ジョージも米倉涼子も… 最近話題の「モラハラ」って言葉、蔓延させて大丈夫か?

新語のメリット、デメリット

新語のメリット、デメリット

高橋ジョージにしても米倉涼子にしてもそうだが、最近よく耳にする「モラハラ」という言葉。何となくイメージは掴めても、具体的にどういうものなのか実態が掴めていないまま、言葉だけが独り歩きしているイメージである。

しかしこの言葉、この勢いで訳が分からないまま蔓延したらちょっとよろしくないかもしれない。4月19日に放送された「美女たちの日曜日」(テレビ朝日系)でもモラハラとは一体何なのかという内容のスタジオトークが展開した。(文:みゆくらけん)

「収入や資産を教えない」のも当てはまるというが

出演者の住田裕子弁護士いわく、モラハラには定義がなく「対等な人間関係ではなく、相手を見下したうえで管理・支配しようというもの」らしい。具体的な例を挙げれば、家庭内での夫から妻へのモラハラの場合、

居場所や行動をチェックする/せっかく作った料理を食べない/犯したミスに舌打ちする/自分の収入や資産を教えない

などが当てはまるのだという(以上は三船美佳が裁判所に提出した「モラル・ハラスメントのすべて」という本によるもの)。平たくいえば、言葉や態度による精神的な暴力で相手を攻撃すること、らしい。

でもそれってある意味、昔でいう「亭主関白」ってことではないのか? どこまでが亭主関白でどこからがモラハラかって、その線引きが曖昧なのだ。MCのヒロミも、

「でも昔の親父なんかは『誰のおかげで飯食ってんだ』とか、よく言ってたような気がするんだよね」

と発言。これに対し住田弁護士は、昔に比べ現代は男女の地位が対等となったからこそ、妻側の主張が目立つようになってきているのだと説明した(ただし女性から男性へのモラハラも存在する)。

「DV」との境目が曖昧。「愛情こめた叱咤」も批判されそう

米倉涼子の場合、床に5時間正座させられて夫から説教を受け続けたとか、そういうのが事実であり、なおかつ彼女がそのことにより心を痛めたのなら、それはモラハラというより「DV」でいいのではないだろうか? DVって、精神的暴力にも当てはまるのだから。

また、高橋ジョージは夫として見切られただけなのではないか? 三船がモラハラの証拠としてモラハラ本を2冊提出したというあたり、ジョージをモラハラ夫にして離婚成立させたいというこじつけを若干感じてしまうのは私だけか? なお、妻に精神的暴力・支配をする夫もダメだが、その夫を選んだ妻も自分がだめんずだということを自覚する必要がある。

しかし、なんでもかんでもすぐに「モラハラ」とか「マタハラ」とか「セクハラ」とか「家事ハラ」とかヒステリックに叫び、被害者面できるこのシステム。なんか違わないか? 上っ面だけを取り上げて、問題の根本を見て見ぬフリをしていないか?

特に「モラハラ」に関しては、イジメやDVとの境が曖昧で、だからこそ学校や職場でこの言葉が蔓延し、気軽に使われるようになるのはよろしくない気がするのだ。好きな子に対するちょっかいも、愛情を込めた叱咤も、威厳を保つための父親の家庭内の可愛らしい威張りもモラハラとなってしまうのは大変世知辛い。

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