「あえて言うと”夢”を売っています」 アストンマーティンなど超高級外車を扱うディーラーに聞く「富裕層向け営業職」の世界

アストンマーティンの銘車New Vantageの脇に立つ小栁康博さん

アストンマーティンの銘車New Vantageの脇に立つ小栁康博さん

お客様に商品を紹介し、購入してもらう「セールス」の仕事。リアルの対人能力が求められることもあり、若い人が敬遠することも多く、人手不足の代表職種となっている。

とはいえ、セールスの種類もさまざまだ。商品の価格が数千万円となる業界での仕事は、日用品の販売とかなり違うのではないか。そんな疑問を解消すべく、超高級外車ディーラーで働くセールスマンに話を聞いてみた。(キャリコネニュース編集部)

ブランドを「心から欲しい」と思う人にしか売ってはいけない

超高級外車のディーラー、永三(えいさん)MOTORSのオフィスは、福岡市郊外の東区にある。扱うのは英国のアストンマーティンとマクラーレンだ。

アストンマーティンは映画「007 ゴールドフィンガー」のボンドカーにも採用された、英国を代表する高級スポーツカーのメーカー。創業108年。手作りの少量生産を続け、英国王室のプライベートカーとしても愛用されている。

マクラーレンは伝説のレーシングドライバー、ブルース・マクラーレンの念願だったロードゴーイングスポーツカー「マクラーレン F1」(1991年)を源流とするメーカーだ。マクラーレン F1は発売当時、日本円で約1億円。それでも売れば赤字という贅を尽くしたクルマだった。

セールス担当の小栁康博さんは、5年前に国産車ディーラーから永三MOTORSに転職。企業経営者や資産家、医師などの富裕層に高級外車を何台も販売してきた。

「セールスという仕事には、一般に”お客様が買いたくないものを無理に勧め、条件をつけて買ってもらうこと”といった、誰もがやりたくない嫌な仕事というイメージがあるかもしれません。しかし私たちが扱うクルマは、決してそのようなやり方で売れるようなものではありません」

数千万円もの価格のついた超高級外車の購入を顧客が決めるのは、必要性ではなく「欲望」だ。購入後に”セールスに押し切られて買ったが、自分が本当に欲しかったのはこれではない”となれば、会社やメーカーの信用だけでなくブランドも傷つける。

「お客様がどういうニーズ、ウォンツがあるかを、さまざまな質問によって確認していくのがセールスの第一歩です。”このブランドのクルマがいい”と心から思ってくださる方なのかを確認するのが仕事であり、本当は他のブランドが欲しかった方にうちのクルマは売ってはいけないのです」

アストンは「英国紳士」、マクラーレンは「アクティブ」

アストンマーティンの購入者は「見せびらかさない方が多い」という

アストンマーティンの購入者は「見せびらかさない方が多い」という

1913年設立のアストンマーティンが作り出すのは、所有する喜びを刺激するクルマである。すべての車両で手作りのオーダーメードを続けており、本国の工場ではいまでもスプレーガンでボディを塗って深みのある色合いを出している。

もとはエンジンやシャーシにかぶせる車両を作る”コーチビルダー”のひとつだったが、総革張りで乗り心地のよいサスペンションを採用し、富裕層に好まれるクルマを作るメーカーとして知られるようになった。1991年にフォード傘下となったが、基本的なコンセプトは100年前から変わらない。

「非常にエレガントなクルマで、ウイリアム王子が結婚パレードで運転するなどロイヤルワラント(英国王室御用達)の数少ないブランドです。ポール・マッカトニーが『ヘイ・ジュード』のメロディを思いついたのはアストンマーティンに乗りながらだったとか、伝説的なエピソードには事欠きません」

購入する顧客層は「英国紳士」のイメージで、価格帯は約2500万円から4000万円台。アストンマーティンを選ぶこと自体にステータスがあり、ポルシェやフェラーリの購買層とは趣味の面でも資産の面でも大きく異なる。正規ディーラーは国内に9か所しかない。

マクラーレンはF1チームの名称でも知られるように、レースのサーキットから生まれたブランド。いわば一般道でも走れるF1だが、街中で出せるスピードには限りがある。

「マクラーレンはサーキットで生まれたブランドですが、今はゴルフバッグも積めて、一般道でもそのハンドリングを十分楽しめるモデルもあります。この辺りが正にお客様の好みが分かれるところで、どのモデルをお薦めするかがセールスの腕の見せどころです。もちろん、サーキットにおもむいて200キロ超で走らせ、ストレスを解消される方もいらっしゃいますね。お客様はアクティブな方が多いです」

マクラーレンのラインナップは、アルティメットシリーズ、スーパーシリーズ、スポーツシリーズの3種類あるが、買い揃えて乗り比べる人もいる。国内正規ディーラーは、東京の赤坂と麻布、名古屋、大阪と福岡の5か所に限られている。

扱うのは「世界に一台しかない」オーダー品

アストンマーティンもマクラーレンも、基本はオーダー品だ。車種だけでなく外装や内装もお客様の好みを細かく聞き、その通りのものをメーカーに発注し、注文通りのものが届いたかどうかを確認し、お客様にお渡しするところまでがセールスの仕事である。

「アストンマーティンの場合、外装の種類は基本35色ですが、特注でどんな色にでも塗れるサービスもあります。内装も革の色からそれを縫う糸の色、ステッチの太さまで1台1台が違っています。そんなことができるメーカーは、アストンマーティンとマクラーレンの他には数えるほどしかありません」

ショールームには、あらかじめディーラーが注文した仕様の在庫車両が置かれている。車種のイメージを持ってもらうためだが、顧客がパソコンのシミュレーターで色を選んでいくと、それとあまり変わらないものができることがある。

「”ご注文と在庫車両との違いはここです”とか”ここの仕様が少し違うものも来月届きます”というと、すぐに欲しいからこれにしようかな、という方もいらっしゃいます。その一方で、届くまでに9か月、10か月かかっても、すべて自分好みに作り込みたいというお客様もいらっしゃいます」

国産車のディーラーではグレードが違うと色が選べないこともあるが、永三MOTORSが扱うクルマにはそのような制約はない。とはいえ、すべて指示通りにするだけが仕事ではない。

「外装色は赤、内装色は青、シートベルトは黄色、といったオーダーでも作れはします。ただし、この組み合わせは色数が増えてややうるさくなるかもしれませんよ、といったアドバイスをさせていただくこともあります。その一方で、お客様は人生の成功者ばかりですので、私たちも学ばせていただくことが多く、このような方々との素晴らしい出会いに恵まれるのもこの仕事の魅力です」

まだまだ大きい「九州市場」の開拓余地

マクラーレンのオーナーは「とにかく活動的で行動的」

マクラーレンのオーナーは「とにかく活動的で行動的」

永三MOTORSの親会社は、永三汽車(Yun San Motors)という台湾企業だ。台北と上海にも拠点を置き、マクラーレン・タイペイは全世界でNo.1の「グローバル・ディーラー・オブ・ザ・イヤー」としてメーカーから表彰されている。

台数では欧米のディーラーには及ばないものの、セールスの姿勢や顧客への紹介の仕方、アフターサービス、マーケティングのレベルの高さが評価された。小栁さんのセールスも、メーカーのガイドラインを厳しく守ったやり方で行われている。

「超高級外車の世界は、ブランドのビジネスです。メーカーも、ブランドを大事にするディーラーを評価します。したがって社員教育が非常に大切で、ビジネス以前に”売り方を間違えていないかどうか”が重視されます。販売ノルマがどうこうといった話は、当社の日常会話の中にほとんど出てきません」

メーカーからの絶大な信頼を得ていた永三汽車は「台湾からも近いし九州市場をやってもらえないか」と打診され、2014年に永三MOTORSを設立。2016年には、福岡市東区に本社ビルをオープンした。併設されたショールームには、アストンマーティンとマクラーレンの車両が並び、お客様が足を運んでくる。

「うちの場合は、無理に買っていただくものではないし、いま欲しいと思っていない方に伺うこと自体が間違ったことなので、私どもから売りに行く頻度がとても低いです。営業は足で稼ぐものだ、というやり方は通用しない世界です」

とはいえ、九州には未開拓の市場がまだまだ多くある。ショールームを訪れる人が「アストンマーティンやマクラーレンというブランドをほとんど知らなかった」というケースもあるという。

ショールームをオープンしてまだ5年目。それまでブランドに触れる場所が九州になかったのだから無理もない。マーケティング担当が既存オーナーへニューズレターを発信したり、デジタルマーケティングや新車種のローンチにあわせたイベントなどを行ったりしているが、新規開拓の余地はまだまだ大きい。

風通しのよい「台湾的なマネジメントスタイル」

高級外車を扱うセールスには、お客様との信頼関係を構築する「準備」が必要だ。商品の正しい理解のほか、身だしなみから始まり、礼儀正しくする、約束を守る、失礼のない言動をするといった基本的な部分も、常におろそかにできない。

永三MOTORSでも、入社すると社会人としてのマナーやセールスの基本に関する研修を必ず受ける。そして店舗でのOJTを通じて、お客様との関わり方や、納車までの手配の仕方などの実践的な知識を教わる。

「当社の会長も社長も、長年高級車に関わってきた方々なので、ブランドを大事に育てながら、それを分かってくれる人だけに売る、あるいは分かってくれる人をより増やす努力をすることを大切にしています。そのことは、私たちセールスにも受け継がれています」

副社長も台湾人だが、家族を連れて日本に住んでいる。レポートラインはシンプルで、セクションのマネージャーはすべて副社長と直接コミュニケーションしている。言語は英語だが、入社時にまったくできなかった人でも仕事をしながら学んでいける環境にあるようだ。

大手外資系IT企業出身の根本康さんが、永三MOTORSへ入社後に強い印象を受けたのは、セクションのマネージャーが経営陣に問題を報告している場面に立ち会ったときのことだ。

「日本企業で問題を報告すると、自分のせいでもないのに叱られたり、犯人探しに時間を割いたりするものです。しかしこの会社では”それでどうするの? お客様はどういう状況なの?”と解決に向けて淡々と進んでいきます。報告者も、解決策をあらかじめ自分でいくつか考えていくのが当たり前。常に自分の意見を求められ、お客様視点で迅速に問題解決を図る社風は、台湾的なマネジメントの影響を受けているかもしれないと感じますね」

新しい試みの提案が積極的に受け入れられる一方で、労働時間管理は厳格に行われており、残業や休日出勤は基本的に禁止。「全員参加の飲み会」などもなく、社員個人のプライベートな時間を大切している。

楽しみなのは「コロナ後の欧州工場見学」

シンガー・ヴィークル・デザインがレストアしたポルシェ911

シンガー・ヴィークル・デザインがレストアしたポルシェ911

セールスの小柳さんに、あらためて超高級外車を売る仕事の魅力について聞いてみた。小柳さんは、よく言われるような陳腐な言葉になってしまわないか、と心配しながら「あえて言うと”夢”を売っています」と表現してくれた。

「なければないで、別に困らないじゃないですか。大きな荷物も乗らないようなクルマですし。それでも”昔から欲しかった”というお客様の願いを叶える、といってはおこがましいですが、夢を実現するお手伝いをさせていただきつつ、社会的にものすごく高い地位の方々とお話させていただける。普通に生活していたら触れないような高級車に毎日触れる。それでなおかつお金がもらえるんですから(笑)、楽しい仕事に違いありません」

同じクルマのセールスなのに「アストンマーティンを扱っています」というと、周囲の扱いが変わる経験もしてきた。小柳さんは「基本的に同じなんですけどね、やっていることは」と謙遜する。

もうひとつ、永三MOTORSには「シンガー・ヴィークル・デザイン」の国内唯一のパートナーという栄誉もある。これはクルマの販売ではなく、1988年から92年までに製造された「ポルシェ911」を米国でレストアするサービスである。

パートナーとしての指名は、信用の積み重ねがなせるものだ。外装、内装、エンジンなどを「オーナー様からのご要望で、オーダーに基づく仕様変更してお返しする」仲介を行う。レストア後のポルシェは総額7000万円にのぼるが、3月の発表後「かなりの数」の問い合わせが来ているという。

小柳さんがコロナ後に楽しみにしているのは、アストンマーティンの工場見学が復活することだ。以前は新型の車種がリリースされると、英国をはじめとする欧州の工場へよく研修に行ったという。こういう点も、超高級外車ディーラーで働くことの、知られざる魅力といえるかもしれない。

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英国老舗ブランドの高級車ディーラーで働く。