映画監督と会社員を両立「忙しいからこそ、今何すべきか分かる」「制作費は貯金から」-『月極オトコトモダチ』OL監督に話を聞いた
男女の友情は存在しない? アラサー女子の望月那沙(演:徳永えり)と月5万円の月極プランでレンタルできる”男友達”柳瀬草太(演:橋本淳)の絶妙な関係性を描いた映画『月極オトコトモダチ』が6月8日、全国順次ロードショーとなる。
同作は「MOOSIC LAB 2018」長編部門グランプリ、最優秀男優賞、女優賞、ミュージシャン賞を獲得。東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門にも正式出品された。
監督を務めた穐山茉由氏(36)は、普段はケイト・スペード ニューヨークでPRとして働いている。働き方改革やワークライフバランスが叫ばれる昨今、OLと監督、2つの軸を持って活動する生活は実際どのようなものだろう。
30歳で婚約破棄「『結婚しなくてもいい』と思えた。年齢関係なく映画が撮りたいと思った」
そもそも、なぜ映画を撮り始めたのか。穐山監督は、「30歳の時に婚約破棄をしました」と振り返る。それをきっかけに、「30歳くらいには結婚をして、いつか子どもを産む」という固定概念から解放されたという。
「自分からそうしたいと思っていた訳じゃないけど、いつの間にかそう思っていました。婚約破棄を経て『結婚しなくてもいい』と思えて、スッキリしたのは確かです。年齢関係なく映画を撮りたいと思いました」
元々”ものづくり”願望があったといい、社会に出てから写真や音楽などをやってみたが、「続かなかった」。そんな中、26歳の時に映画『人のセックスを笑うな』を観て、こんな映画を撮りたいと思うようになった。
専門的な技術を学ぶため、30歳で渋谷にある映画美学校に入学。週3日のスクーリングだが、「社会人なので、行くからには最短で結果を残したい」と思い、「初等科(1年目)はほぼ毎日学校に行っていました」と話す。
同学には約3年通い、同学高等科の修了制作作品『ギャルソンヌ -2つの性を持つ女-』が、若手監督の登竜門として知られる映画祭「田辺・弁慶映画祭」に入選。音楽×映画の祭典「MOOSIC LAB」への作品制作を勧められ、映画『月極オトコトモダチ』の制作が決まった。
「人のお金で撮ると制約が出る。回収出来るかはわかりません(笑)」
『月極オトコトモダチ』は、WEBライターの那沙が柳瀬をレンタルし、男女の友情が成立するのかの検証記事を執筆していくというもの。友達以上恋人未満の関係を続ける中、那沙のルームメイトでミュージシャンの珠希は柳瀬と音楽を通じて仲良くなっていった。
そんな中、那沙は編集長から「一晩過ごしても何も起きないのか」を検証するようせっつかれる。どうにかして彼の家に泊まろうと計画を立てるが……。恋人としての好き、男友達としての好き、同性の友達の存在が交差する、アラサー男女の関係性が描かれている。
同作品は2018年1月頃に企画がスタートし、6月に撮影、10月に納品というスケジュールで動いた。自身を「友達を作るのは得意ではない」という穐山監督は、「人はいつからどうやって友だちになるんだろうという疑問からスタートしました」という。
「企画を考えている時にちょうど『レンタル友達』の存在を知って、実際に30代男性をレンタルしたんですが、気を許してしまうんですよね。お金を払っているからこそしがらみのない関係性だなって、安心している自分に気付きました」
と話す。余談だが、制作費についても「人のお金で撮ると制約が出てくる」と自身の貯金から持ち出したという。制作費は「昨年公開の『カメラを止めるな』と同じくらい」といい、「名刺代わりになるものを作りたかった。資金回収が出来るかはわかりません」と笑った。
安定した収入があることは会社員のメリットだが、企画は当然、会社員をしながら進行することとなる。業務外の時間はすべて映画制作に当て、撮影は夏休みを前倒しし、5日間の有休を取って計9日で撮りきったという。
「シナリオも撮影も大変でしたが、そこはアドレナリン出てましたし(笑)、ある時間でどれだけアイディアが出せるかの戦いでした。最もつらかったのは、終わってから自分の撮ったものと向き合うポスプロ(編集)、そして監督と会社員の両立です」
撮影終了から納品までの約3か月間が大変だった。帰宅して深夜3時ごろまで編集するのもザラだったという。「大容量のデータがアップロードしきれず、会社の近くの漫画喫茶にハードディスクを置いてアップさせながら仕事に戻ったりしてました」という。
「PRで培った『人に伝えるには?』といった目線が映画制作にも役立ちました」
どんなに仕事を効率化しても時間は足りないが、使える時間に制限があったからこそ「忙しいからこそ、いま自分が何をすべきかなのか分かる。スイッチが入ります」。自らを追い込んで監督と会社員を両立させていたが、自身には「両立が必要だった」と語る。
「PRは人の作ったものを、その世界観の中で表現して、人に伝える仕事です。仕事は仕事で楽しくて苦痛ではありませんが、やっぱり”ものづくり”がしたい思いは募っていきました」
実際、映画の自主制作となると作品が独りよがりになることもあるというが、「PRで培った『人に伝えるには?』といった目線が映画制作にも役立ちました。PRと監督は二本の柱。私の場合、どちらに偏ってもバランスが悪かったです」と、兼業だからこそ制作できたという。
仕事と創作活動。この2つを並行して行えた理由を聞くと、「チームの理解が得られたこと。周りが映画の撮影を応援してくれていたのは大きかったです」。それに加え、
「映画作りも仕事もですが『自分のやりたいことを人に伝える』ことが大切でした。的確に説明して、自分ができない仕事は人にやってもらう。チームでカバーできる環境を作ることが大切でしたね」
と語った。
雇用形態を変更「最初は不安でした。映画で収入が得られているわけでもないし」
しかし、仕事も映画も、自らの思うように働けなくなるのでは、という懸念が出てきた。全国ロードショーが決定し、打ち合わせや地方への出張が考えられた。穐山監督は「仕事で求められるパフォーマンスが出せなくなる可能性が出てきました。このままで大丈夫かと不安でした」という。辞めることも覚悟で社長に相談したところ、「できる範囲の中で続けられる道を探してみたらどうか」と提案された。
「今年1月ごろ、雇用形態を正社員から、週4日勤務の契約社員に変更しました。このバランスは自分で決めたものの、最初は不安でした。映画で収入が得られているわけでもないですし。でも週4勤務に変えたことで映画のプロモーションなども行えますし、今後もバランスを考えながらやりたいことをやっていきたいと思います」
穐山監督は、「今回は自主制作映画ではありますが、公開後は興行収入が発生し、副業扱いになる場合もあります。引き続き雇用形態など会社と相談しつつ、映画監督も仕事として成り立たせたいですね」と展望を述べた。
映画『月極オトコトモダチ』は6月8日(土)より、新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺などで全国順次ロードショー。