専門知識のない文系大学生が船乗りに!? 船の上から見えた、“ここにしかない景色”
一般の文系私立大学で送った学生生活を経て、「自社養成」という道で船乗りの世界に飛び込んだ平川竜也。2020年、入社3年目にして初めての乗船勤務を終えた今、船乗りの大変な部分と楽しい部分がやっとわかってきました。そんな新人船乗りが、船での仕事と今後について語ります。【talentbookで読む】
「普通のサラリーマンではできない経験をしてみたい」
初めて「船乗り」という職業を知ったきっかけは部活の先輩です。その先輩がすでに自社養成の船乗りとして活躍していて、少しだけ仕事の話を聞いたことがありました。そこで受けた「給料がいいらしい」「何カ月も休みがあるらしい」という印象が、海上職を目指すいちばん最初のきっかけになったんです。
とはいえ、海上職を志したのはもちろんそれだけが理由ではありません。就職活動を始めた当初は、身近なOBがいる会社や業界を中心に就職活動を進めたので、金融業界や保険業界も視野に入れていました。
しかし、さまざまな話を聞いたり、経験をしたりする中で「普通のサラリーマンではできない仕事・人生経験をしてみたい」という軸が形成されていったんです。
その軸に沿って活動していく中で海上職の特殊性や専門性に強い魅力を感じるようになり、他の業界はすべて辞退することにしました。そして最終的に決めたのが日本郵船でした。
もともと日本郵船という会社自体は、横浜の大さん橋に停泊している「飛鳥Ⅱ」や、山下公園に係留してある「氷川丸」を見たことがあったので知っていました。
そして説明会やOB訪問などで実際に日本郵船の社員達の話を聞き、その社員の魅力に引かれ徐々に希望が固まっていったことを覚えています。自分が会社で働く未来を想像したときに、一番ワクワクしたのが日本郵船の海上職だったんです。
とくに私の背中を押してくれたのが、自社養成制度でした。このコースで入社すれば、入社後に国家資格を取得するため海技大学校に通わせてもらえます。
それは自分のような文系の普通の大学生でも、ライセンスで食っていく専門職への道があるということです。そして将来は、会社の中で最も船に詳しいスペシャリストとして、手に職をつけて仕事をしていけるという点が一番の魅力でした。
海上職を目指す中では不安ももちろんありました。船を見たこともない上にその閉鎖環境の中で長期間やっていけるか心配でしたし、何より数カ月の乗船勤務で帰りたいときに物理的に帰れない生活というのは想像もできません。
加えて学生のころは英語がまったくできなかったので、はたして英語を使う仕事ができるのか、という心配もありました。
しかし、給料や長期休暇も含めて、普通の人にはできない経験──“船乗りにしか見ることのできない景色”への憧れが最後の一押しになり、船乗りの世界へ飛び込みました。
すべてが初めての研修時代。ついに船乗りとしてのスタート地点に立った
入社して1年目はすべてが新しいことづくしで非常に刺激的でした。入社直後の基礎研修や北海道苫小牧での現場研修を経て、夏ごろ兵庫県にある海技大学校の寮へ入り、ついに海技資格を取得するための授業が開始。
自社養成として入社した同期は、全員が船にまったく関係ない一般大学や大学院の出身でした。船の勉強はみんな初めてですが、中には英語が得意な人がいれば、理系科目に長けた人もいます。同期それぞれに長所や強みがあって、おのおのを補い合いながらみんなで勉強しよう! という空気でした。
とくに試験前などは、みんなで寮の自習室に集まって徹夜で勉強会をしていました。なんだか仕事関係の同期というよりは、学生時代からの同級生みたいですよね(笑)。会社の同期たちとそんな関係になれる点は自社養成船乗りの大きな魅力のひとつだと思います。
入社2年目、人生で初めて船に乗る瞬間がついにやってきました。海技教育機構の練習船による航海訓練です。今までは机の上だけの勉強でしたが、実際に船に乗ってそれを実践的に学んでいくんです。ここで初めて海事系(船のことを勉強する学科)の学校に通っている人たちと会い、同じ船上で勉強することになります。
海事系の学生と一緒に乗ったこの練習船で、船は知識だけでなく経験の世界なんだということを実感しました。これまで何カ月か船に乗ってきた海事系の学生たちに比べて、自分たちは机上の知識しかありません。
なので、操船であったり、チャートワークであったり、レーダーの使い方であったり、勉強していたことのアウトプットがまったく追い付かないんです。頭ではわかっているけどできない、わかっているけど体が動かないという感覚ですね。
練習船期間の6カ月だけでは到底船乗りとして習熟したとはいえませんが、「船乗りには経験に基づくアウトプットが必要」ということを学び、これでやっと航海士としてのスタート地点に立てたような気がしました。
「誰かのために船に乗る」ということ
会社が運航する船に初めて乗ったのは、入社して2年目の後半です。最初は実習生として会社の船に乗ります。その実習期間を終えた後、国家試験を受験し無事に合格。その後3年目にしてついに三等航海士として働き始めることになりました。
これまでは「実習生」という立場でしたが、これからは会社の船で働く「乗組員」です。そこで一番大きく違ったのは、仕事の責任感とスピード感でした。
当然のことではありますが、会社には常に「お客様」がいるんです。それが練習船ではまったく見えていませんでした。練習船では自分が勉強するために、自分がライセンスを取るために、すべて自分のためだけに船に乗っていました。ところが会社の船ではまず、「お客様の荷物を安全確実に届ける」という前提があります。加えて航海士としては、荷物のほかにも船舶や乗組員の安全管理を任される立場になるんです。
そのため練習船の時とは比べものにならないプレッシャーがかかり、かつ船と乗組員が会社の高い基準をクリアするために、われわれに求められる仕事量やスピード感も桁違い。
それが、実習生時代との一番のギャップでした。会社の船はとにかく仕事量が多く、しかもツナギ作業着で汗だくになるような現場仕事もかなり多いんです。「日頃は甲板で日光浴しながら読書、たまに外国の港町に遊びに行く」という、なんとなく抱いていた「のんびり船乗りライフ」のイメージとはまったくの対極でした(笑)。
また少数で運航している会社の船では、ひとりがミスしたりサボったりすると全員に迷惑が掛かります。それは一緒に乗っている乗組員然り、自分の交代として乗ってくる後任者然りです。
学生時代に勉強をサボっても割を食うのは自分だけですが、会社において、とくに船上においては違います。自分のミスや怠慢は多数の関係者に迷惑をかけることになり、おのずと「誰かのために」という責任感が生まれてきます。
しかもそのプレッシャーとの戦いは、24時間・数カ月ものあいだ続くんです。そのプレッシャーが、船乗りの最もきつい部分だと思っています。
でも、それはやりがいと裁量につながっていて。大変なぶん、すべての仕事を無事にやり終えて、下船するときの達成感と開放感は、言葉では到底言い表せないくらいすばらしいんです!
会社は日本人の船乗りに何を求めているのか
私が初めて乗った会社の船の一等航海士は、森 映宏さんでした。森さんは日本郵船の自社養成第一期生として初めてこのコースで船乗りになった方です。
その船で森さんは、自身も一等航海士として多くの仕事があるにも関わらず、自分たちの教育に尽力してくれました。
たとえばパナマ運河を通るタイミングで運河全体が見渡せるように一等航海士の配置につかせてくれるなど、私たちが直近に控えている三等航海士の職務だけではなく、仕事の全体像を把握できるように取り計らってくれたんです。
そんな森さんが常に言っていたことがあります。「俺たちはいま船乗りとして海上勤務をしているけど、その先に陸上勤務もあって、陸上勤務でしっかり生かせるような経験を海上勤務で蓄えていかないといけないよ」と。
私はまだまだ三等航海士としての仕事すらまったく追い付いていませんが、その森さんの言葉で今後のキャリアをぼんやりと想像できるようになりました。
現在世界の外航船員数は100万人を超えていますが、そのうち日本人はわずか2000名程度です。そんな世界で戦う日本人の海技者には、プラスアルファの部分が求められているのかなと感じています。ただ業務内のことをやっているだけではニーズに対応しきれませんから。
たとえば森さんが私たちにしてくれた新人教育も業務に対するプラスアルファでした。私もいつかは森さんのように、豊富な経験をバックグラウンドにして、船乗りの世界に飛び込んできた新人をプラスアルファの部分で指南ができる海技者になりたいなと思います。
そして世の中には船の上のみで働く乗組員もいる中、私たち日本郵船の日本人海技者には陸上勤務があります。
それは森さんが話していたように、私たちが海での経験をオフィスに持ち帰る役割、そして将来の日本郵船の海技力や技術力を担っていく役割を期待されているということなのだと感じました。なので、そういう意味でも常に「学び取る姿勢」を大切にしたいですね。
大学の同期達とまったく違う新しい世界に飛びこむには不安がともないます。私もそうでしたし、実際に働き始めても、働き始める前とのギャップから「仕事きついな」と思うタイミングはありました。
しかしそれ以上に、ふと考えたときに他の人にはできない経験ができているということ、普通の人には見られない景色が見られること、そして乗船勤務と長期休暇というメリハリのある働き方ができることは魅力的です。
海上職は思っていたよりきついけど、それ以上に思っていたよりもすばらしい。船乗りの道を考えている学生はぜひ思い切ってその“一歩”を踏み出してほしいですね。
日本郵船株式会社
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