ゆうちょ銀行が「キャリア採用」を重視する理由 「常に新しい空気が入ってくる会社でありたい」
ゆうちょ銀行は、日本郵政グループの重要な一員です。前身である郵便貯金事業は国の事業として開始され、2007年に現在の社名に商号変更。日本郵政公社から郵便貯金事業を引き継いで営業を開始し、2025年で150年の節目を迎えます。
2015年には東証一部(現プライム市場)に上場。そんな伝統ある会社では、いまどんな事業を行っており、どんなキャリア採用に注力しているのか。同社 人事部 人材開発室室長の清家智子さんに話を聞きました。(構成・文:水野香央里)
実は「多様な人財が活躍する組織」である理由
――御社では現在どのような事業をおこなっていますか。
当行は1875年に郵便貯金として創業して以来、「あまねく全国において公平に」をキーワードに、金融サービスを展開してきました。2006年に民営化して以降は、ビジネスとの両立が求められるようになりました。
現在は3つのビジネスを戦略の柱としています。1つ目は全国の郵便局ネットワークを通じて金融サービスを提供する「リテールビジネス」。2つ目はお預かりした貯金を国内外の市場で運用し収益を得る「マーケットビジネス」。3つ目は投資を通じて社会と地域の未来を創る法人ビジネスで、当行では「Σ(シグマ)ビジネス」と呼んでいます。
収益の約9割は「マーケットビジネス」が占めています。2007年の民営化時点では日本国債の運用が中心でしたが、その後外国証券を中心とするリスク性資産への投資シフトを進め、現在は本邦最大級の機関投資家として、適切なリスク管理のもと運用ポートフォリオの最適化を通じた収益の拡大を目指しています。
2024年度から本格始動した「Σビジネス」は、「投資を通じて社会と地域の未来を創る法人ビジネス」として、当行の特色を最大限に有効活用し、地域金融機関等の方々と連携しながら、全国津々浦々のお客さまの成長を支えることを目的としており、会社の成り立ちを考えてもユニークな事業として求められている姿だと考えています。
――会社の成り立ちは組織風土にも影響を与えていますか。
当行は創業以来長く公的機関として運営されており、職員も公務員でした。そのため、画一的な社員の組織という印象があるかもしれません。しかし実際には、公務員は採用要件としては幅のある年齢で求めていることから、むしろ入社段階から多様な年代の人財が入り混じっていた組織ともいえます。
私が新卒で公務員として入社したときも、幅広い経験を持った人が同期として集まっていましたし、新人研修も一緒に受けました。多くの社員にとってそれが当たり前だったことを考えると、むしろ「ゆうちょ銀行には、様々な経験を持った人が活躍しやすい土壌がある」と言っていいのではないかと考えています。
一般の民間企業で働いてきた人が当行にキャリア採用で入社すると「肩身が狭くなるんじゃないか」と不安に思うかもしれませんが、当行は民営化後にキャリア採用を継続してきましたし、すでに多くの人がキャリア入社で活躍してくれています。柔軟性のある会社と理解してもらえたらありがたいです。
専門人財の経験をプロパー社員に伝えてもらいたい
――御社の特徴や強みについて候補者にどう説明していますか。
広範な郵便局ネットワークは、当行の強みの一つです。約24,000の窓口、約31,200台のATMによる「全国に広がる圧倒的なリアルの拠点網」と、約1億2,000万の通常貯金口座、貯金残高191兆円にのぼる「国内銀行トップクラスの顧客基盤」は、先ほどの3つのビジネスにも強く関係しています。
現在はリアル拠点を足がかりに、新たにデジタルチャネルも強化しています。「ゆうちょ通帳アプリ」は登録口座数を拡大中で、アプリ上でパートナー企業の商品・サービスの紹介などを行う「共創プラットフォーム」も構築しており、銀行の枠を超えた新たな収益の機会の開拓にも取り組んでいます。
――最近はどのようなキャリア採用に注力していますか。
2023年度になりますが、Σビジネスに関わる人財の採用に力を入れました。「地域活性化、地域経済の活性化への取組みに一緒に携わってくれる方はいませんか?」と呼びかけたところ、私たちの思いに共感して「どうしても地域企業への貢献がやりたい」と強い希望を持った人が集まってくれました。
地域経済を活性化させるために私たちに何ができるのか、地域の皆様のお役に立てることが何かと考えながら、この事業に取り組んでいます。
現在は、各地域の店舗などで働くエリア基幹職や、高度な専門性を持った人財の採用に力を入れています。具体的に募集しているのは、デジタルやサイバーセキュリティを担当する人財や、マーケットビジネスで市場運用やリスク管理を行う人財などです。
――専門人財としてどのような人を募集しているのでしょうか。
サイバーセキュリティは、銀行業自体が巨大な装置産業であり、命の次に大事なお客さまのお金を取り扱っていることから、会社の信頼の根幹を成す最重要なパーツです。これは経営層も含めて強く認識しており、サイバーセキュリティ担当の方には、お客さま、ひいては国民の財産を守るための専門家として活躍してもらいたいと考えています。
マーケットビジネスのキャリア採用は、運用の多様化が議論され始めたころから継続的に行ってきました。社内の人財育成にも力を入れていますが、この業界もイノベーションのスピードが非常に速く、常に最新の情報をキャッチアップして会社が成長して行くために、新しい知見や外部の知見を持った人財をキャリア採用で確保してきました。
そのような形でキャリア入社してもらった方には、自身の知識や経験を引き継ぎ、当行のプロパー社員を育ててもらうことも期待しています。さまざまな経歴やスキルを持った人が混在してチームを作り、資産運用を行うことが理想的なあり方と考えています。
「プロフェッショナル職制度」で専門人財を処遇
――マーケットビジネスの市場運用担当は非常に専門性が高く、人財の獲得競争も激しいと思います。どのように御社の魅力を説明していますか。
当行の収益の根幹を担う中核的なビジネスで活躍して欲しい、とお伝えすることが多いですね。運用資産が本邦最大級で、多額の資金を取り扱うことができる点も、マーケットビジネスを志す方には魅力に感じてもらえると考えています。「前職と比べて給与は下がるけれど、この規模の運用ができる会社は他にない」と入社を決めてくれた例もあります。
マーケットビジネスに限りませんが、キャリア採用に手を挙げているということは、何かをやりたいという意欲や意思がある方だと思います。そのような方に対して、当行はどれだけのものを提供できるのか、言葉を尽くして伝えなければならないと思っています。
――専門人財に定着してもらうための取り組みはありますか。
マーケットビジネスのキャリア採用者を対象として、業界の報酬水準を踏まえた給与を設定する「プロフェッショナル職制度」を2016年に導入しました。市場価値と業績に連動した評価に基づいた処遇を行う仕組みで、専門性を持った人財を外部から採用し、マーケットビジネスの強化を目的として作られた制度です。
この制度には、現在では新卒入社のプロパー社員が登用されることも増えています。これは人財育成の仕組みが社内に構築され、うまく循環しているからだと考えています。プロフェッショナル職としてキャリア入社した社員が、社内の人財を育て、その人財が成長してプロフェッショナル職に登用されて後輩を育てる、という好循環ができつつあります。
一方で、プロフェッショナル職の社員が「後輩を育てよう」と考えることができるのは、「自分はこの会社に定着したい」という気持ちがあるからこそなのだと思います。いかに「この会社は定着に価する会社だ」と感じてもらえるかは、キャリア・新卒採用を問わず非常に重要なことだと考えています。
「社内公募制度」で自律的なキャリア形成を支援
――人財育成にはどのように取り組んでいますか。
会社として目指しているのは「自律的社員の育成」です。これまでの会社主導の人財配置や育成ではなく、社員自らが自分の将来のありたい姿を考え、それに向けたプランを実行していくための機会を提供したいと考えています。
自身で考えたキャリアへの挑戦を支援するのが「キャリアチャレンジ(社内公募)制度」で、多くの社員が利用しています。キャリアチャレンジ制度には、対象部署を「当社内」とするものと、「グループ社内」とするものの2種類があります。
ゆうちょ銀行内の社内公募は「キャリアチャレンジ」と呼ばれ、希望する部署の募集に対して自ら手を挙げ、合格すれば異動することができます。一方、グループ内の別の会社に対して手を挙げる「グループ横断社内公募」に合格した場合は、期限付きの出向となります。
2023年度はキャリアチャレンジ制度の応募者が206人。毎年一回、希望の部署を提出する機会は全社員にありますが、それとは別に「自分で自分の行く道を決めたい」と考えて能動的に手を挙げてくれる社員がこれだけいます。そのほかにも、Σビジネス関連の出向派遣など、社外での経験を積むことができる機会も提供しています。
――多くの人が実際に制度を利用しているんですね。
キャリア採用者も含めて、働いているうちに「別の業務をやってみたい」「別の道に進みたい」と考えることはあると思います。転職市場がこれだけ活況を呈しているのも「自分の力を試したい」、それも「外で試してみたい」と考える人が増えているからですし、実際の採用活動の中でも、特に20代30代の方から「自分のキャリアを自分で決めたい」と強いニーズを感じるようになりました。
ただしそうなったときに、当行の社員には自分の力を試す場所として別の会社を選ぶのではなく、ゆうちょ銀行の中で新しい道を選んでもらいたいと思っています。そのため通常の人事異動に加えて、社内公募制度で手を挙げてもらう仕組みを整えています。
「お客さまと社員の幸せを目指し、社会と地域の発展に貢献します。」という当行のパーパスは、創業以来受け継いできた「誰もが公平に利用できる金融インフラの構築」という精神を反映しています。この理念に共感して入社してくれた社員に、長く働いてもらうにはどうすればいいのか、どんな仕組みを作れば彼ら彼女らが長く当行を大事に考えてくれるのか。人事としてこれからも大切に考えていきたいです。
似たような経歴ばかりの組織は衰退する
――特徴的な福利厚生の施策はありますか。
テレワークやフレックスタイム制の導入とあわせて、社員一人ひとりが、主体的に仕事と生活が両立できる仕組みを整えています。妊娠や出産、育児、家族の介護や看護などが必要な時期にも働き続けられるよう支援する制度がありますし、何らかの事情で一度は退職を選んだ元社員に再度当行に対して手を上げていただく制度もあります。
また、働きやすい環境の実現には管理者の理解や対応が重要と考えており、職場で働く部下やスタッフのキャリアと人生を応援する上司「イクボス」の養成に向けて全管理者を対象とした研修などを行っています。
――今後採用でどのようなことに取り組んでいきたいと考えていますか。
定着に関する施策を有機的に回していくことが一番の課題ですが、今後は、当行社員が知人や友人を紹介する「リファラル採用」や、当行の元社員を再採用する「アルムナイ」や「カムバック採用」にも力を入れていきたいと考えています。
リファラル採用は、エリア基幹職について昨年試行的にスタートし、今年度も継続しました。対象者はすでに企業経験のある若手社会人で、4月からの新人研修への参加を前提にしています。いわゆる第二新卒に近くなりますが、「新人研修に混ざって違和感がない年齢」と、より幅広い年齢層を対象にしているとイメージしてもらえれば分かりやすいと思います。
リファラル採用は、今働いている社員自身が、自分が働く会社が好きで、紹介したいと思うくらい価値を感じてくれていることが、制度を支える大切な要素になってきます。会社へのエンゲージメント向上を大前提にリファラル採用を拡大していけることは、私たち人事部にとっては採用者が増えること以上に嬉しいことかもしれません。
また、アルムナイやカムバック採用の制度を充実させることで、過去に当行に勤めていた社員が「一度は退職したけれど外で知見を積んでパワーアップした。もう一度ゆうちょ銀行で活躍したい」と思ったときに戻れる仕組みを作りたいと考えています。これもキャリア採用のひとつの形だと思うので、お互いに情報共有を行って、退職者との縁も大事にしていきたいですね。
――想像以上に柔軟で開かれた組織を目指しているのですね。
これだけ変化が激しい時代の中では、似たような経歴やバックグラウンドを持った人間ばかりが集まる組織は、いずれ衰退してしまうと危機感を持っています。キャリア採用だけでなく、社員の出向なども積極的に行っているのは、社内に常に新しい空気が入ってくる、空気が入れ替わっている会社でありたいと考えているからです。
会社の人事戦略としても、さまざまなバックグラウンドや価値観をもった多様な人財が活躍することで「いきいき・わくわく」に満ちた会社を、社員と共に作っていきたい、その結果として企業価値を向上させたいと考えています。
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