日本たばこ産業(以下、JT)では、2023年2月にJTグループパーパスを策定した。また、加熱式たばこの喫煙具「Ploom TECH」(プルーム・テック)を発売した2016年3月以来、たばこ産業そのものが大きく変化を遂げているという。そのような背景の中、現在のJTのデジタル施策について、コーポレートIT部IT部長の渡秀政さんに話を伺った。(以下、敬称略)
たばこ・医薬・加工食品3事業のITチームをバックアップ
――JTのグループパーパスが2023年2月に策定されましたが、どのようなものですか。また、その中でどのようにDXに取り組まれているのかお話ください。
渡 JTグループパーパスとは、当社グループが持続的な存在で有り続けるための方向性を示すもので、具体的には「心の豊かさを、もっと。」と定義しています。
私たちコーポレートIT部のスタンスは、ITを中心とする幅広いテクノロジーを使って、このJTグループパーパスを実現することと考えています。
JTグループには、主力のたばこ事業以外にも医薬事業、加工食品事業の3つの事業がありますが、それぞれ特性や規模、課題などが、まったく異なっているのが特徴です。
たばこ事業は、JTグループ全体の売上の9割を占め、大所帯で体力もありますし、海外にも多数の拠点があります。医薬事業は、事業規模はそれほど大きくありませんが、世界に通用する画期的なオリジナル新薬の創出を目指し研究開発に取り組んでいます。そして、加工食品事業は国内のお客様が多いのですが、様々な冷凍食品や、パックご飯などの常温食品、調味料など、老若男女を問わず身近な商材を扱っています。このような事業の特性や状態に合わせてデジタルの使い方や投資も異なります。
主力のたばこ事業では、グローバルで規模が大きいこともあり、積極的なIT投資が前倒しで行われています。加工食品事業では、人手不足などを背景として、効率化を中心にデジタルを取り入れています。また、医薬事業では、大量のデータ分析を通じた創薬の早期化を進めると共に、しっかりと規制要件を満たすことができるように、丁寧にIT基盤の進化に取り組んでいます。
――デジタルの導入による変革が大きいのも事業規模の大きなたばこ事業なのでしょうか。
渡 そうですね。たばこ事業の変革の最大の特徴は、ビジネスそのものが根本的に変わってきていることかと思います。2016年に加熱式たばこの喫煙具「Ploom TECH」(プルーム・テック)を全国販売して以降、様々な加熱式たばこデバイスが市場に展開され、現在の主力はHTS(Heated Tobacco Stick)と呼ばれる種類のPloom X(プルーム・エックス)シリーズですが、過去のたばこ事業とはビジネスそのものが大きく変化しました。
今までは、たばこの葉を農家から購入し、工場で紙巻きたばこを製造して、お得意様へ届けるという比較的シンプルなプロセスだったわけです。ここに電子機器であるデバイスが入ってきて、IoTの機能を備えたり、デバイスの設計や調達は家電のような世界ですし、販売などのお客様接点も含めて、サプライチェーンそのものが大きな変化をしています。
このような流れの中で、JTだけではなく、たばこ産業そのものが大きなビジネス・トランスフォーメーション(BX)をすることになりました。
――JTのIT部門の組織の特徴について教えてください。
渡 私たちコーポレートIT部では、人事、経理、間接材調達、経営企画などのコーポレート部門に対するIT活用と、グループ全体のITガバナンスを担っていますが、それとは別に各ビジネス部門にもITチームがある点が、組織面での特徴になっています。人数比率でいうとコーポレートIT部は40名弱ですが、たばこ事業は1,000名近くいて、医薬、加工食品は各数十名といった編成です。
――コーポレートIT部では各ビジネス部門とどのように連携していますか。
渡 大きく分けて2つあります。1つは、デジタルの観点でもJTグループが社会から”信頼される企業体”であるための取り組み。もう1つは、各事業のパーパス実現をITやデジタルの面から支援する取り組みです。
後者の例では、テクノロジー動向や活用事例などを定期的に調査し、現場に近いビジネス部門からも意見を聞きながら、信頼関係を元に、「こういうテクノロジーや活用のアイデアがありますが、役に立ちそうですか」と、提案をしていきます。
――起案をされるのは、ビジネス側が多いのでしょうか。
渡 両方あると思います。ITのチームとビジネスのチームがそれぞれの知見を持ち寄って、一緒に考え、新テクノロジーを上手く活用できないか検討しています。一方で、ITやデジタルは道具なので、当然ながら道具の導入ありきで考えるということではありません。
例えば、たばこ事業の場合は、コンシューマー・セントリック(顧客中心主義)と呼んでいますが、「お客様×カスタマー・ジャーニー(顧客への購買促進、行動促進のための基盤)」でアプローチをしています。そのようなビジネス目的に対して、デジタルマーケティングやプラットフォームの整備などにおいて、AIやデータ等を使うということです。
――各事業の取り組みの全てにコーポレートIT部が関与されているのでしょうか。
渡 そういうことではなく、各組織の役割や強みを活かして連携します。まず、JTグループにおいて、各事業は一定の責任権限の中で自立自転するというスタンスです。また、デジタルやITを活用するには、各事業のことをよく知っていることが極めて大事です。そのため、基本的には自分たちのビジネスについてよく知っている各ビジネス部門のITチームに極力お任せしています。
一方で、テクノロジーが進化し、ITを取り巻く環境も大幅に複雑化してきているので、各ビジネス部門で全ての専門性を備えることは困難です。そのため、専門性を補完するような機能はコーポレートIT部から提供できるようにしていきたいですし、テコ入れした方がよい状況があれば、私たちが能動的に動いてバックアップしていきます。
――たばこのITチームと加工食品や医薬のITチームとの「横の連携」はありますか。
渡 各チームが集まる定例会などはもちろんあります。ただ、ビジネスとして各部門とも全く異なっているため、コーポレートIT部が間に入り、コーディネートをする形です。私たちは各部門の状況などを可視化して共有し、ソリューションの共通化やライセンスの統合などにも役立てています。
――医薬、加工食品部門ではどのようなデジタル関連の取り組みをされていますか。
渡 医薬事業については、研究開発が中心になります。創薬では、元となる物質を大量に分析をかけますが、どれだけ大量に、どれだけ早く分析できるかかが勝負になるため、AIやスーパーコンピューターへ積極的に投資を行っています。さらに、その専門研究所の「i2i-Labo」を立ち上げ、AI技術などを駆使した創薬プロセスの革新を目指しており、その中でAI人材も育成しています。
加工食品事業では、これまで紙や手作業が多かったこともあり、RPAを投入し、かなりの成果を出しています。また、”BEYOND FREE”というブランドでお客様に新しい価値を提供するにあたっては、”ショクタス”というECサイトを立ち上げたり、デジタルマーケティングなども強化しているところです。
――コーポレートIT部での独自の取り組み、施策で良い結果が出ているものはありますか。
渡 ちょっとしたことですが、社員たちにデジタルテクノロジーに関心を持ってもらうことに重点をおいた情報発信をしています。
例えば、本社のカフェテリアスペースで生成AIの展示をして、昼休みなどにIT部メンバーのサポートの元、自由に操作してもらい、どのような技術なのか楽しみながら、リスクへの理解も含めて体験してもらうコーナーを作ったのは好評でした。
この体験会では、役員なども気軽に立ち寄ることができ、忙しくて新技術に触れることが難しい方々も、実際に体験いただくことでデジタルに関する共通の話題や気づきが増えてくると良いと考えています。
一方、専門的なIT人材の育成については、例えば生成AIについての話ですが、実務の内容によって、ITベンダー、コンサル会社などの方々と一緒に働きながら学び、それを他のビジネス部門のITチームにも共有しており、良い結果が出始めています。
「JTらしさ」のある新事業を創出
――今後の取り組みについて教えてください。
渡 たばこ事業は引き続き加熱式たばこ(Ploom)の強化を中心として、さらなるデータ活用を目指しています。医薬事業もAIを活用した創薬の早期化が引き続き注力分野です。加工食品事業は、改めて事業基盤の強化ということで、基幹システムの刷新などを検討しています。
そしてもう一つは、新事業を増やそうとしています。先ほども話したJTグループパーパス「心の豊かさを、もっと。」の言葉にふさわしい事業を創出していきます。このパーパスですが、とても広義で、自由な発想の余地があります。そんな中、私たちはどのように「JTらしさ」のある付加価値を生んでいけるかを重視していきたいと思います。
また、何をやるにしても必ずテクノロジーが欠かせません。ゼロベースでディスカッションをしながら新事業を創出していく、そういう役割もコーポレートIT部は担っていきます。
また、グループ横断のデータ活用が徐々に増えそうです。ESGなど外部からの開示要請の項目がどんどん増えている状況ですし、グループ全体で様々なデータを取れる仕組みを強化していく必要があります。そういった取り組みを通じて、AIやアナリティクスの重要性もさらに高まってくるだろうと考えています。
様々な取り組みがありますが、これからもITを中心としたテクノロジーとデータを活用して、JTグループパーパスの実現を、社内外の皆さんと一緒に協力して進めていきたいと思います。
――貴重なお話をありがとうございました。
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