京セラ「アメーバ経営」を進化させる次世代型DX施策とは
京セラ株式会社(以下、京セラ)といえば、創業者である故・稲盛和夫氏が提唱した「アメーバ経営」、全員参加型経営の実践で大きく成長を遂げた企業として有名だが、DX時代を背景にさらに進化を遂げているという。今回は、京セラのDXについて最前線に立つデジタルビジネス推進本部の土器手亘本部長に話を聞いた。(以下、敬称略)
製造部門からDXをスタート
――京セラといえば、創業者の故・稲盛和夫さんの提唱した経営哲学「京セラフィロソフィ」とともに、発展の礎となった経営管理手法「アメーバ経営」を連想する読者さんが今も多くいらっしゃると思います。アメーバ経営は、全員参加経営の実現、経営意識を持つ人材の育成、市場に直結した部門別採算制度の確立が目的となっていますが、そのような企業風土を持つ京セラでは現在どのようにDXを推進されていますか。
土器手 京セラではグループ全体で、人口減少・働き方の多様化などの社会問題への対応や強化のためにDXを推進しています。また、それに伴って社員のマインドセット、企業風土の改革にも着手しています。そしてこのDXをトリガーとし、CXやBXに繋げていこうと考えています。
私たちのDXへの取り組みはじまりは、2017年に就任した谷本秀夫社長がファインセラミック事業本部長だった時まで遡ります。
セラミック製造は、京セラの創業時から手掛ける主軸事業ですが、その製造現場では、熟練した匠の技、手作りが必要不可欠な工程があり、技術の継承が非常に難しいという問題を抱えていました。匠の高度な技術をデータ化して残していかなければ、将来的にモノ作りができなくなる時代がやって来るかもしれないという危機感が現場ではありました。
そのような中、生産性の向上を目的に、セラミック成型 や焼成のための製造ラインの1つをモデルラインとしてデータの収集をはじめました。このラインでデジタル化ができれば、他のラインでも可能なのではという意図もありました。
セラミックスは焼くと縮むという性質を持つ素材ですが、それまでは収縮などは、熟練された技術者の“感覚的な部分”に頼っていましたので、この部分をデジタル化するためにデータを集め、正確な寸法を決めて製造することによって、リードタイムの短縮を試みました。施策を重ね効果が見えてきたころで、ちょうど谷本社長の就任があり、そのタイミングで全社的にデジタル化を一気に拡大させることになりました。
そして、2020年4月には、さらにDXを強化するために、私たちのデジタルビジネス推進本部が誕生しました。
――全社を1つにまとめるのは大変な作業だと思いますが、どのような点で苦労されていますか。
土器手 ご存知の通り京セラでは、各部門や事業本部ごとの縦割り組織を採用していますが、全社的に横の連携を強化しながらデジタル化を進めることになりましたので、その点での苦労はありました。
また、アメーバを形成する小さな事業単位での月次採算を採用しているため、事業部を横断するような大きな投資をどのようにするかという課題がありました。DXのように、日々の改善を越えてすべてをガラっと変えるようなイノベーションは、それまであまり経験がなかったと振り返ります。
しかし、谷本社長みずからが、全社的なDXに取り組むと先頭に立って宣言してくださったことで、DXに対する方向性も社内で一致し、順調に進めることができています。
――DXの全社化後はどのような取り組みをされていますか。
土器手 製造ではセラミック部門で初のモデルラインを立ち上げた後、同じ部門の中で横展開を行いました。
それと、同時に他事業部が世界初の開発に成功した半固体のクレイ(泥)型リチウムイオン蓄電池の量産ラインでもデータを集め、AI分析によって、生産性の向上を図っています。
蓄電池はファインセラミックスとまったく工程が異なる製造ラインだったため、ほとんど流用できるものはありませんでした。しかし、蓄電池の生産ラインは新設だったため、DXの導入についても非常にスムーズでした。
さらに、営業部門でもDXを同時に進めることになりました。これまでは事業ドメインごとの営業活動で、顧客情報などが事業部別の管理になっていましたが、Salesforceを導入し、全社プラットフォームを構築し、事業部を越え全社の営業情報が共有できるようになっています。導入して3年が経過しましたが、成果が出はじめています。
――Salesforceを導入される企業は多いと思いますが、どのように使われていますか。
土器手 ツールを入れるだけでは何も変わりませんので、営業の管理プロセスそのものからの改革に取り組んでいます。引き合いがあったら、すぐ見積書を出すことはもちろんですが、フェーズの管理に重点を置き、各フェーズの見込み額や件数を瞬時に把握できる仕組みを作りました。
状況把握が簡単にできるようになったため、次のステップに進むにはどうしたらいいのか早い段階から施策を練り、対応ができるようになっています。今後は、これらのデータを見ながら、社員全員で施策を議論する場を作っていきたいと考えています。
また、デジタルマーケティングの分野でもマーケティングオートメーションツールを7つの事業本部に導入し、営業情報や顧客情報の共有、可視化を推進しています。
――DXへの取り組みに関して、社員のみなさんの反響はいかがですか。
土器手 DXを推進しなければならないという総論については、みなが賛成でした。しかし初期には、イノベーションコストを懸念する声も当然ながらありました。
そのような中で、全社的な結果を出すためには5年、10年といった長期スパンでの取り組みが必要です。DXを通し、未来の京セラのために長期的に投資する必要があるという考え方ができるよう、社内での意識改革に取り組んでいます。
各事業部と協働しデジタル課題を解決
――DX人材をどのように育成されていますか。
土器手 京セラでは全社でDXに取り組む以前から、各事業部でデータサイエンティストを積極的に育成してきましたが、私たちのデジタルビジネス推進本部がスタートしたことによって、分析専門のチームとして大きく加速 しています。
現在、デジタルビジネス推進本部の200名の従業員のうち、データサイエンスのメンバーが50名所属しています。配属になった時点で、ITベンダーに研修を依頼し、ある程度教育していただいてから、実際の施策を通して経験を積んでいます。
その後は、もとの事業部に戻ったり協働しながら、社内のDX人材の育成や問題解決に取り組んでもらっています。
――事業部に戻られたデータアナリストの仕事の配分はどうなりますか。
土器手 現在、現場にいるは10人から15人ほどですが、デジタルビジネス推進本部兼任という立場になっています。
元の部署に戻ると、やはり現場の業務もあり、なかなか主体的に施策に取り組めないという実態もあります。そのような場合にもきめ細かく対応ができるように、問題案件が出た時の窓口的な役割を担当していただき、実務はデジタルビジネス推進本部の専属担当者が主体となるようにしています。
このような取り組みの結果、デジタルビジネス推進本部に取り組んでほしいというDX案件がかなり来るようになりました。マネジメントレベルで各事業部と一緒に取り組んでいるテーマもあり、全体に及ぼすインパクトが大きいため、効果も大きくなっています。
――管理職や一般社員に向けてのDX研修について教えてください。
土器手 2023年、3000人の管理職クラスに向け、谷本社長からのメッセージや私からのDXに関する概要をeラーニング上で説明させていただきました。
内容はDXを取り入れ、仕事のプロセスを変える必要性についてです。世の中の変化に合わせ、どのように対応していきたいか話をさせていただいています。
責任者クラスのDX教育と全社員に対する新しい教育コンテンツを現在制作している最中です。
生成AIを積極的に導入
――今後の取り組みについて教えてください。
土器手 現在、セキュリティの新しい規程を作っています。背景としては、得意先の自動車業界や、半導体関連などのセキュリティレベルがかなり高くなっており、京セラのセキュリティレベルもそれに合わせて見直しを行っています。
また、今後は生成AIに積極的に取り組んでいきたいと考えています。AIによるデータ活用とロボット活用によって、生産性をアップさせていきます。また、営業部門でもSalesforceのリアルなデータをさらに活かすことも視野に入れています。
そのような中、AIエンジニアの採用は1つの課題になっていますが、幸い、中途採用のデータサイエンティストを募集した時に、AI技術を持つエンジニアが数名いて、彼らをAI専任 にすることができました。
DXという流れがなかったら、京セラはずっと古い企業風土のまま10年続いたかもしれません。しかし、DXを経験しアメーバ経営も大きく進化を遂げています。そして、今後も変革を重ね、どんどん変化していくことになるでしょう。
――貴重なお話をありがとうございます。
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