児童館の仕事は成果がすぐに見えない。今日の「楽しい」が10年後につながると信じて | キャリコネニュース - Page 2
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児童館の仕事は成果がすぐに見えない。今日の「楽しい」が10年後につながると信じて

▲岩手県にある大型児童館「いわて子どもの森」児童厚生員の長﨑 由紀

岩手県にある大型児童館「いわて子どもの森」の長﨑 由紀(ながさき ゆき)の元には、大人になった子どもたちが今でも会いにやってきます。助産師さんと共に考案したプログラム「いのちのおはなし」には、乳幼児から保護者まで延べ3,000名以上が参加し反響を呼んでいます。これまでの活動への想いを長﨑が語ります。【talentbookで読む】

県内唯一の大型児童館として、数々の遊びを開発

岩手県・一戸町奥中山地区に位置するブナ林に囲まれた「いわて子どもの森(以下、子どもの森)」は、県内唯一の大型児童館。屋内外にたくさんの遊具が設置されており多様な遊びが体験できるほか、屋外では自然に触れながらキャンプも楽しむことができます。また、毎週末には四季折々のワークショップ(遊びのプログラム)を実施しています。

「子どもの森」でチーフプレーリーダーとして遊びのプログラムの企画運営を行っているのが、長﨑です。9月には、十五夜に「お月見どろぼう」という遊びを実施し、約140名の親子が楽しみました。

長﨑 「福島県に行った時に知った『お月見どろぼう』という伝統的な風習から着想を得ています。子どもはお月様の使いとされていて、この日だけはお供物のお団子を盗むことを許されているそうです。

この話を聞いた時、『堂々とどろぼうしていいなんて!ワクワクしちゃう!!』と思って(笑)。許される範囲で、少しのイタズラやスリルを味わうような経験も、子どもたちにとって必要だろうと思って企画しました」

「子どもの森」に勤務し、2022年で20年目。今では児童厚生員として現場に立つほか、児童館に関する協議会などの役員や、大学や専門学校の講師に至るまで精力的に取り組む長﨑ですが、もともとは教員を志望していました。

長﨑 「子どもが好きで、子どもに関わる仕事をしたいと思って心の中に浮かんだのが、教員か保育士になることでした。私は子どもの頃に児童館を利用したことがなく、当時は就職先に児童館や児童クラブは全く思い浮かびませんでした」

ところが、大学4年次に受験した教員試験の結果は不合格。これからどうしよう……。と考えていた矢先、「児童クラブで働かない?」と知り合いに声をかけられたことが、長﨑の考えを大きく転換させることになります。

長﨑 「働いてみると、児童クラブでの仕事は、『教員』という立場で子どもに関わることとは違いました。私は子どもたちに『ゆきセン!』と呼ばれて(笑)。半分先生で、半分友達のような感じだったのかな。一緒に本気で遊んでおしゃべりして、時に叱って、文句言われて。年齢や肩書きにとらわれず子どもと向き合えるこの仕事が楽しくて、大好きになっていました」

日常の延長線上に、遊びのヒントがある

▲遊びの企画・開発は、子どもの「やりたい」気持ちに寄り添う

児童クラブの仕事が自分には合っているかもと感じた長﨑。その後、「いわて子どもの森」が開館することを知り、児童クラブでの経験を活かし転職を決めます。しかし最初に任されたのは、遊びの企画。今ではたくさんの企画を考え、周囲にもアドバイスをする立場にありますが、最初はどうしていいかわからず悩みました。

長﨑 「私は絵が上手いわけでもピアノが弾けるわけでもなく、これといった特技がありません。子どもと過ごすのが好きなだけ。遊びの企画を考えてください、と言われても自分に何を求められているのか分からなくて。トイレにこもって2時間泣いたことも(笑)」

悩んでいた長﨑を救ってくれたのは、やはり子どもたちでした。

長﨑 「ある時、子どもたちを何気なくみていると、置いてあったペンをおもむろに横に並べたり積んだりして遊び始めたんです。子どもたちは日常の然もないモノやコトに楽しさやおもしろさを発見して、自然発生的に遊びが生まれていることに気づきました。

それからある子は、私が演じたパネルシアターのお話を、後日チラシの裏紙で作ってきて演じてくれました。嬉しいのと同時にハッとしましたね。 それまで『遊びをつくらないと!楽しいことを考えなくちゃ!』と難しく考えて焦っていたのが、『ああ、そういうことか』と少しずつ肩の力が抜けていき、日常のあちこちに遊びのヒントがあると考えられるようになりました。

同じ大きさや形のものがあれば並べたり、筒状のものは覗いたり、ついついやっちゃうようなこと。今では、そんな子どもの好奇心や感覚を大事にしながら遊びを企画しています。今でも、自分にこれといった特技がないことには少し引け目を感じつつ、だからこそ、先入観を持たずにいろいろなことに挑戦して楽しむことができる。逆にそれが自分の強みだと捉え、少しでも興味を持ったら積極的に調べたり勉強したりして、とにかくやってみるようにしています」

自分を大切に思う気持ちを育む「いのちのおはなし」

▲子どもたちの自己肯定感を育む「いのちのおはなし」

自分にできることを模索する中で、長﨑にも、自分自身が好きなこと得意なことが見えてきました。それは、乳幼児の親子向けの遊びの企画や絵本の読み聞かせです。

自身の得意なことを活かしつつ、助産師さんと共に手がけたプログラム「いのちのおはなし」には、延べ3,000名以上が参加し、反響を得ています。

長﨑 「子どもたちは、常に誰かと比較され評価される環境にいて、自分に自信がない子が多いなと感じていました。『どうせ自分なんて……』『やっても絶対失敗するし』と、何に対しても消極的な子どもが増えている様子は、地域の先生からもよく聞いていました。子どもたちに『あなたはあなたのままでいいんだよ』『一人ひとり、みんな大切な存在だよ』『カンペキじゃなくて大丈夫』と伝えられないかな、と考えていました」

そんな時に、長﨑はある助産師さんと出会います。その方は、体育館に集めた大勢の子どもたちに向けて命の大切さを伝える講話を行っていましたが、もっと子どもの近くにいて反応を確かめながら、「あなたは大事」というメッセージを伝えたいと考えていたそうです。

そこで、二人は共同で命の大切さを伝えるプログラムを作ることに。プログラム前にリラックスするための遊びや絵本の読み聞かせを長﨑が担当し、助産師さんが、命の始まりについてのお話をします。その後は、布製の子宮模型を使って、狭いトンネル(産道)を一人ずつ通る「誕生の擬似体験」を行います。周りで待っている子どもたちはみんなで「○○さん、生まれておいで」と呼びかけ、応援し、誕生したら一緒に喜び合います。

長﨑 「メッセージをより効果的に伝えるためには、実際に体験したり、それを共有することが大切だと考えています。狭いところを自ら進んで生まれてくる誕生の擬似体験を通して、『自分はがんばったんだ!』『自分のことを大切に思ってくれる人が周りにはいる』『自分は自分でいい』ということを子どもたちにとにかく伝えたいという想いで始めたプログラムです」

「いのちのおはなし」を実施する中で印象に残った出来事があると言います。

長﨑 「大切な人にメッセージカードを書く場面があるのですが、『今はどこにいるかわからないけれど、産んでくれてありがとう』とメッセージを書いた子がいたんです。職員の方に聞くと、その子は事情があり親と一緒に住んでおらず、祖父母と暮らしていることが分かりました。家族のあり方が多様化するなかで、『いのちのおはなし』は誰かを傷つけてしまうプログラムにもなり得る。

だからこそ、参加は強制せず、参加者自身に決めてもらうようにしています。 でも、その子が両親に会うことができない現実を受け止めて、感謝の言葉を綴ることができたのは、親だけではなく、祖父母や友達、児童館の先生など周りの人たちがその子にたくさん愛情を注いでいたからなんじゃないかと思ったんです。私もそんな存在になりたい、と改めて児童館の役割を認識した瞬間でした」

「いのちのおはなしがきっかけで、子どもたちが友達への優しい接し方や言葉遣いについて自ら考え、実践するようになった」、「自分たちが伝えたいと思っていることが、子どもたちに伝わっていると感じる」という地域の児童館からの声もあがっており、「いのちのおはなし」は年々広がりを見せています。

今日の「楽しい」が10年後の子どもの未来をつくると信じて

▲開局当時の「子ども自由ラジオ」。子どもたちが台本の作成から放送の進行を担う

長﨑 「児童館が何をしている場所か分からない、という方がまだまだ多いと思います。子どもが、他人に言われなくても自ら取り組むのが『遊び』です。児童館はそれを活用して生きる力を育むことができる、とても可能性のある場所であることをもっと多くの方に知ってもらいたいです」

子どもたちと活動する時、長﨑はギリギリまで見守ることを意識していると言います。そのきっかけになったのが、「子どもの森」が15年以上続けている「子ども自由ラジオ」。台本の作成から放送の進行に至るまで、すべてを子どもたちが行います。

長﨑 「私はサポート役として入っていたのですが、数時間後に60分生放送の本番が迫っているのにも関わらず、子どもたちはのんびりマイペースで台本作りもなかなか進まない。一人でハラハラ、カリカリしていました。

でも本番になると、不思議と子どもたちはやり遂げるんです。私がやきもきしていたあの時間は何だったの!?と思うくらい(笑)。子どもたちは一人ひとり、内に力を秘めています。信じること、待つことの大切さを知りました。私があれこれ口出ししたり、やってあげたりすることによって、子どもが力を発揮する場面を奪ってしまうこともあるかもしれません。だから、ギリギリまで子どもたちを見守ろうと思っています」

数年前に長﨑が「見守ってきた」多くの子どもたちは、大人になった今でも長﨑の元を訪れます。

長﨑 「先日も、『会社をやめたいなって思ってて……』と来た子がいました。答えを求めているわけではなくて、まず聞いてほしい。親でも先生でも、地域の児童館の先生でもない、ちょっと遠い存在の大型児童館の私にだからこそできることもあるのかなと思っています。何かをアドバイスをするというよりは、『そっかそっか。で、どうしたいの?』と話を聞くだけでもいいのかなと。話しているうちに、自分で気持ちを整理していますしね。

すぐに成果が見えないし分からないのが、児童館の仕事です。自分に何ができるのか、今やっていることが必要なのか正しいのか、ずっと手探りです。それでも何年後かに、何かの折に、子どもだった子たちが『子どもの森』や私のことを思い出して訪ねて来てくれる、それが何よりのごほうびです。児童館が大事にする『遊び』はつい後回しにされてしまいがちですが、子ども時代の遊びの経験と思い出は、大人になった自分を支えてくれます。これからも、子どもたちが豊かな子ども時代を過ごせるよう、私にできることを探し続けます」

今日の子どもたちの「楽しかった」をつくることが、その子の10年後の未来につながると信じて。日々を丁寧に過ごしたいと長﨑は語ります。

一般財団法人児童健全育成推進財団

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