freeeのカルチャーがジブンを変えた──20代チームリーダーの挫折と成長
大手銀行からfreeeへと転職してきた清遠真雪。サポート業務を経て、現在データ移行チームの責任者として活躍していますが、freeeに入社してから彼女は大きな挫折を経験しました。自分と向き合うことで一つひとつ課題を解決していきましたが、そんな彼女を支えたのはfreeeのカルチャーでした。【talentbookで読む】
大企業での閉塞感から転職を決意し、freeeへ
学生の頃からビジネスが回るしくみに興味があり、大学では経済学を専攻しました。いろんな企業と接点を持ちながら汎用スキルを身につけ、自身のキャリアの可能性を広げたいと思い、新卒で大手の銀行に入社を決めたんです。
最初は楽しく充実していましたが、次第に「言われたことをやっているだけだな」と気が付いたんです。このままじゃ外の世界で生きられなくなるのではないかと漠然と不安を抱えていましたね。現場の閉塞感から不満を言い、何もできない自分への言い訳をする日々が続いていました。
しばらく悶々としながらも、「そういう自分を変えないと次に進めないな」と思い、20代の終わりが見えてきたころ、結婚を機に転職を決意しました。
freeeとの出会いはエージェントからの紹介だったのですが、初めて面接に来たときに社員みんながキラキラして見えたんです。「スモールビジネスを、世界の主役に。」というミッションや、ユーザーにとってマジで価値あるものをつくろうという 「マジ価値」の概念が社員の口から本気で語られ、興味と憧れを強く感じました。内定をもらったときは、これで閉塞感のある毎日から解放されると喜びましたね。
なんのためにfreeeに入社したのか?を問い続ける日々
入社が決まってから時間があったので会計の知識をつけようと、勉強して簿記二級を取得しました。入社してからはチャット・メール・電話など、サポート業務をやりながらプロダクトに慣れていきました。それでもお客さんの方が知識があることも多く、慣れるまでは大変でしたね。
矢継ぎ早に質問がくるし、文字コミュニケーションの難しさも感じました。チャットは書き言葉として読み取れなかったらいけないので、伝える力と速さが同時に求められます。調べ物をしていて「聞いていますか?」と言われることも多々ありました。
入社3カ月で一通りの対応ができるようになると、小さいチームをまとめることになりました。ちょうど確定申告の時期だったので、かなり忙しかったですね。
さらに1年後には、サポートからサービス領域へ部署内異動し、チームを立ち上げ、ジャーマネとなりました。freeeではマネージャのことを、単にメンバーの上に立つ者のことではなく、“タレント”であるメンバーを叱咤激励し、成長・活躍をサポートする役割であるという意味を込めてジャーマネと呼んでいます。
私の役割としては、エンドユーザー向けに他社製品からfreeeへのデータ移行を行うところで、サービス設計からオペレーション構築・実行までを行っています。
1年でジャーマネというとサクセスストーリーみたいに聞こえますが、実は精神的にはボロボロだったんですよ。
前職と同様、freeeに来ても言われたことをやっているだけでした。だから自分の中で充実感も達成感もまったくありませんでした。転職活動時は「ベンチャー入ったら変われるんじゃね?」と漠然と思っていたんですけど、かなり甘かった。環境が変わることはきっかけに過ぎず、自分自身が変わらないと結局はダメなんです。そう感じたのは、データ移行チームを立ち上げたころでした。
そこから「なんのためにfreeeに来たんだっけ?」と自問自答する日々が続きました。自分が嫌いになったこともあります。またfreeeの優秀な社員に囲まれている中で、「私はそうなれてないな、価値を発揮できてないな」と感じ、さらに自信を失っていきました。 そのため、取り組む業務なども、自分ができる範囲で確実にコミットできそうなものだけを選んでいったんです。
ジブンゴーストを知ることで、失敗を恐れないジブンへ
立ち直るきっかけは、freeeのカルチャーに与えてもらいました。2017年10月、チームを立ち上げたとき、freeeのマジ価値指針のひとつである「ジブンゴーストバスター」の強化月間だったんですね。ジブンゴーストって「なりたい自分になることを邪魔している弱いジブン」のことなんですけど、強化月間にはそれを言語化したんです。
すると、自分の問題点が浮き彫りになってきました。最初に気が付いたのは、腹を割って喋れる人が自分のジャーマネしかいないということでした。ベンチャーに入れば勝手に自分が変わって、仲良くなる人も増えると思っていたんですけど、そんなことはなかったです。よく考えたらずっと自分のチームで、業務のことしか喋っていませんでした。
そこでチームの外に出ようと思い立ちました。その週から急にランチに行き始めたり、社内の飲み会に参加したり……。社内の部活である「オフ活」や、全社イベントを企画する部署横断チーム「HMCT」にも入ってみました。いろんな人と喋り、その人の考えていることやプライベートなどを知っていきました。
一歩を踏み出すには勇気が要ったけど、ひたすら「どう思われてもいいじゃん」「気にしない、気にしない」と自分に言い聞かせましたね。
ただ行動が変わっても、自分に自信が持てたわけではありませんでした。そこでもう一度ジブンゴーストを設定し、思考を整理しました。すると出てきたのは「綺麗にまとめがち、失敗が恥ずかしい」など、自分が今まで良いと思って寄り添ってきた価値観がマイナスの意味で浮かんできたんです。それから、社会に出てからのあらゆる瞬間の自分と向き合うことになりました。
大手銀行時代、失敗できない業務に携わることが多く、失敗しないラインを探して、無難にこなしてきた自分。そんな自分が今でも染みついたままでした。要は、受け身だったんです。気がついたら、「チャンスは誰かが与えてくれるだろう」という姿勢になっていました。 自分にとってのコンフォートゾーンで満足していたら、面接のときに感じたfreeeのメンバーみたいに輝けるわけがないと気がつきました。周りからも「もっとチャレンジしたらいいのに」って思われていたらしいです。顔が暗くて心配だったとも言われました(笑)。
freeeのサービスで日本に大きなムーブメントを
大企業病から脱却できたのは、自分が正解を求め過ぎていてスピードが遅いことに気が付いたからですね。freeeには「アウトプット→思考」というマジ価値指針もあって、意思決定・実行などすべてにおいてスピードを重視してるんです。その感覚がなかなかつかめず、苦しんでいました。最初から正解を出そうと悩み続けていたんです。
それをジャーマネからフィードバックされたときに、「正解は探さなくていい、大失敗すればいい。恥じゃない」と言われたんです。それから、失敗してもいいんだと自分に言い聞かすことで少しずつ肩の力が抜けてきました。
今は「freeeに来て良かった」と思ってます。もともとfreeeは裁量がある会社なので、失敗を前向きに捉えることができてからは、自分で積極的に何かやろうと行動することが増え、自由度がワンランク上がりました。 したいことは基本1から10まで自分で考えて実行できるし、周りもちゃんと巻き込まれてくれるのが嬉しく、幸せだなと感じています。入ったときにミッションとカルチャーに心打たれたのは、ホンモノだったなって思います。人生変わりましたね。
これからは新たな自分と共に、失敗を恐れずにいろいろ取り組みたいですね。freeeは日本でわりと早い段階からSaaSをやってきて、データやフィードバックの蓄積があります。だからこそ、まだどこもやっていないサポートのしくみに到達するチャンスがあると思うんです。SaaSビジネスのサポート組織がどうあるべきか、チームで話し合ってより効果的な方法にたどり着きたいですね。大きなムーブメントになりそうな予感がして、ワクワクしています。