まだ見ぬ体験を生み出し、価値を届ける──これからのUXデザイン・サービスデザイン | キャリコネニュース
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まだ見ぬ体験を生み出し、価値を届ける──これからのUXデザイン・サービスデザイン

▲株式会社インフォバーンの井登 友一氏(右)と、GCカタパルトコミュニケーションマネージャーの湊 麻理子(左)

▲株式会社インフォバーンの井登 友一氏(右)と、GCカタパルトコミュニケーションマネージャーの湊 麻理子(左)

従来の家電の枠を取り払い、「未来のカデン」をカタチにするという目標を掲げたGame Changer Catapultが目指すのは、ユーザーを中心に据えたアイデアの実現。その真髄を、サービスデザインやUXデザインに長く携わっている株式会社インフォバーンの井登友一氏と、GCカタパルトコミュニケーションマネージャーの湊麻理子が語り合います。【talentbookで読む】

革新をもたらすのは、社会課題への真摯な視線と発案者自身のパッション

井登 友一氏は、人間中心デザインやユーザーエクスペリエンス(UX)デザインをはじめ、ビジネスやサービス開発の場面で、デザインリサーチを専門とする「デザイン実務家」として活躍しています。

さまざまな分野のUXデザインプロジェクト支援に携わる中、井登氏はイノベーションには「課題解決のイノベーション」と、「今はまだ存在しないものを生み出すイノベーション」とのふたつのタイプがあると話します。

井登 「新しいサービスを生み出すときに、『誰の、どんな課題を解決するのか、どんな価値を提供するか?』を考えることが大切なのは、今や多くの人が指摘しているとおりです。新規事業ではまずこれを突き詰めることがポイントですが、その一方で、すでに顕在化している課題を扱うだけがイノベーションの生まれ方ではないとも感じます」

湊 「これまで解決されてこなかったユーザーの課題を解決する新規サービスはとても重要。そして、すでに直面している課題に注目するだけではなく、誰も気づいていなかった価値に注目することからも、新しいサービスが生まれる可能性があるということですよね」

井登 「そのとおりです。 Game Changer Catapult(以下、GCカタパルト)に社内公募で集められるアイデアにもふたつのタイプがあると思うのですが、『自らのユーザーとしての課題意識をもとに、社会課題を解決する』タイプのアイデアで勝負するチームとともに、『今は誰も困っていないし、競合もいない、でも発案者自身が強烈に欲しいと思っている』タイプのアイデアを持っているチームがいくつかあります。

彼らが考えているのは、『今後もしこのアイデアが実現したら世の中が変わるんじゃないか、もっと楽しくなるんじゃないか』、といったことです。いわば自分自身の内側にあるビジョンですよね。

ビジョンを描いたときに、『潜在的に困っている人、おもしろがってくれる人が必ずいるはずだけど、現状は何もソリューションがない』。そこに気づいて、取り組んでいく姿勢の良い事例だと思います」

湊 「たしかに現在の家電業界はモノ売り型で、たくさんつくってたくさん売るビジネスモデルが主流です。また製品開発も、とくに日本では今あるものをどれだけ改良できるかという『改善』に目がいきがちです。既存の枠組みの中で『新記録』を目指す競争が主で、枠組み自体にイノベーションが起きていないのは事実かもしれません」

井登 「もちろんビジネスモデルや経営効率を考えると、それは合理的で正しいやり方のひとつです。しかし、 GCカタパルトの名前のとおり、『ゲームチェンジ』を起こすためには、巷ではまだ顕在化していない課題に気づくこと、そして起案者の強いビジョンが重要になります。それをプロダクトやサービスに落とし込み、ユーザーをリードしていくことで社会を変えていけるのだと思います。

そうとはいえ、これは簡単にできることではありません。その大きな原因のひとつが、学校を出て会社に入るまでの間に『あなたはどう思うか? どうしたいか?』を問われる機会が圧倒的に少ないことです。会社に入ってからもそうです。それが急に、新規事業をやるからといって『あなたがやりたいことは?』と言われても、何も出てこないのは当たり前かもしれません。

だからこそ、パッションを持った人材や、ビジョナリーなアイデアを受け入れ、半年間かけてそれを醸成していく GCカタパルトの取り組みは、大企業ができるひとつの解だと感じています」

井登氏は、実際にGCカタパルトで採択されたアイデアの中にも、アイデアの生まれ方が特徴的なチームの良い例があると話します。それがDeliSofter(デリソフター)とHowling Box(ハウリンボックス)です。

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DeliSofterとは?:料理の見た目と味はそのままに、噛まずに簡単に飲み込める柔らかさに調理ができる、というソリューション。新規事業創出を目的としてパナソニック、スクラムベンチャーズ、そして株式会社INCJの合弁で設立された株式会社BeeEdgeから出資を受けて、2019年6月にDeliSofterの事業化を目指す「ギフモ株式会社」が設立された。(DesliSofter紹介ページ/ギフモ株式会社公式ページ/BeeEdge公式ページ

Howling Boxとは?:「Howling Box」はジュークボックスにインスピレーションを得た、店舗向け音楽リクエストシステム。リクエストされた音楽を再生したり、その場(店舗)でのコミュニティ形成やコミュニケーションを促したりすることで、音楽を共有するという新たな体験を生み出すサービス。(Howling Box紹介ページ

医療業界にとどまっていた技術を家庭に。競合と共に社会を変える

▲G20 大阪サミットにタイミングを合わせて開催されたウェルカム・レセプションに展示された「DeliSofter」

▲G20 大阪サミットにタイミングを合わせて開催されたウェルカム・レセプションに展示された「DeliSofter」

DeliSofterは、高齢者など摂食嚥下障害を持つ人が「家族と同じものが食べられる」をかなえるプロダクトです。

井登 「 DeliSofterは、顕在化している課題に真摯に向き合った結果生まれたソリューションです。自分が家族を介護した経験から、家族においしいものを食べさせてあげられない悲しさを解決したい、その想いが事業アイデアに直接現れています。

一方で、私はそれだけにはとどまらない可能性を感じているんです。もともと、摂食嚥下障害のある方々へのケアは介護や医療、つまり病院やケアセンターなどが担っている領域でした。そのケアを家庭でもできるようにしたことが、人々の生活に革新をもたらしうる変化だと感じます」

湊 「ユーザーに提供する価値という視点でいうと、 DeliSofterは単に食べ物を柔らかくする、という機能的な価値を提供するだけではありません。このプロダクトが実現しようとしているのは、『摂食嚥下障害があっても、家族と同じものを食べて楽しく過ごす時間』を提供することなんです。

DeliSofterと同様の機能を持つサービスは、ひょっとしたら医療機器メーカーやプロ向けの介護用品メーカーではすでに実現できていたかもしれません。しかし、その技術が、家電という人々が家庭で使えるものとしては世に出ていなかった。人々の生活を意識した、家庭内で使うサービスとして実現を目指していることがユニークな点だと思います」

井登 「企業としての選択と集中もあるかと思いますが、ユーザー目線で真摯に向き合ったことで、これまで誰も意識しなかった課題に気づき、 DeliSofterは事業化に向けて着実に進んでいるわけですよね。

ですが、パナソニックが『家庭用・摂食嚥下障害向けソリューション』の市場をつくったことで、それこそ医療機器メーカーをはじめとした多くの競合が参入してくるという恐れもあります」

湊 「先日、 DeliSofterの創業メンバーと話したのですが、彼らの根底にあるのは、嚥下障害に対する対処ではなく、ユーザーの生活の質をいかに高めるかなんです。摂食嚥下障害がある人の家族という目線があったからこそ、このアイデアが生まれたのだなと再認識しました。

競合の登場はパナソニックとしてはたしかに脅威になりうるのですが、彼ら自身は、『同じビジョンを持って、一緒にソリューションを広める仲間』だと捉えています。プレイヤーが増えて市場が広がれば、ユーザーも助かりますし、ビジネスとしても成立します。

こうした考えを持つチームだからこそ、応援したいと思いますし、世の中にさらに大きなインパクトを与えられると信じています」

モノを経由するからこそ、体験の質が変わる

https://youtu.be/j1oWgsskOfQ

▲Howling Boxの動画

井登氏が挙げたもうひとつのプロダクトは、Howling Boxです。DeliSofterがユーザーの課題に独自の視線で向き合い、それによって得た気づきに対するアプローチであったのに対し、Howling Boxは、発案者のビジョン先導型プロダクトです。

井登 「 Howling Boxがおもしろいのは、アプリのユーザーが音楽のリスナーになると同時に、その場に合った音楽を提案するアクターにもなれる点です。お店で聴きたい曲をリクエストして再生されると、それに対して他のお客さんから『いいね!』がくる。ジュークボックスをソーシャル化したようなイメージでしょうか。ラジオやクラブなどの DJにも似ていると思います。

私は昔から音楽が好きだったのですが、最近はサブスクリプションサービスなどで音楽が身近になった一方で、その価値を感じにくくなってしまったような気もしているんです」

湊 「たしかに、今までは音楽を聴くことって、少し手間がかかりましたよね。持ち歩くにしたって、 CDをレンタルして自分のディスクやパソコンに入れて……と、感覚ではありますが 1曲 1曲をもう少し大事に聴いていたような気がします。それが今や、音楽は消耗品のようにアクセスできてしまうものになりました」

井登 「もっとさかのぼると、お店のジュークボックスで音楽をかけるのにもお金がかかりましたよね。それでもみんな、場の空気や、自分自身や周りの人に対して与える影響なんかを考えながらアクター側に回っていたんです。

人々の消費行動は『モノからコトへ』と変化しています。車も音楽もなんでもそうですが、所有からレンタルになって、シェアになって……とモノを持ち続けること自体の意味は薄くなっているかもしれません。ですが、コトを消費するためには物理的なモノを経由します。つまり、より良い体験をするために、インターフェイスとしてのモノが大事になるというか」

湊 「そういった意味では、アプリだけで完結させずに、わざわざランタン型のデバイスをつくったことが Howling Boxのアイデアのおもしろいところですね。好きな音楽のシェアはバーチャルだけでもできますが、あえてその場を共有するのは、今だからこそ新鮮かもしれません」

井登 「そうなんです。先ほど音楽の価値が変わってきたと言いましたが、昔は音楽がある場所に人が集まったし、そこで恋が生まれたりもしました(笑)。

『別に昔のほうが良かった』といいたいわけではなく、 Howling Boxはありふれてしまった音楽の存在価値を再び高めてくれるような気がしています。人々の課題に直接アプローチするプロダクトはもちろん社会的意義があると思いますが、音楽を聴くという時間をよりハッピーなものにしてくれるプロダクトにも非常に価値を感じます」

イノベーティブな組織の前に「イノベーションにフレンドリーな組織」を

▲GCカタパルトのビジネスコンテスト参加者とディスカッションする井登氏

▲GCカタパルトのビジネスコンテスト参加者とディスカッションする井登氏

これまでにも数々の企業やプロジェクトのUXデザイン・サービスデザインに関する支援をしてきた井登氏。そんな彼が、新規事業部隊やイノベーションを生むための組織が成功を収めるために欠かせない要素は、「イノベーションにフレンドリーであること」だと話します。

井登 「『イノベーションにフレンドリー』というのはつまり、新しいアイデアや、そのアイデアの種になりそうな行動・発言などを排除しないことです。

結果的にイノベーティブなことやイノベーターが生まれることが一番ですが、社員全員がイノベーターになることは現実的ではありませんし、すべてのプロジェクトが成功しないことはある種当然です。

だからこそ、イノベーティブなことを取り込もうとしている人たちに対して、必ずしも賛同できなかったとしても、応援したり支援する環境を整えたり、そもそもイノベーティブなことを言い始めることをちゅうちょさせない空気づくりは重要ですよね。

実は、先ほどの Howling Boxも当初のアイデアの時点では、どのように事業化するのかが明確化していませんでした。その意味では、組織の受容力がなければ日の目を見ることがないプロジェクトだったかもしれません」

湊 「それは組織のメンバーの多様性の問題にもつながってきますね」

井登 「そうですね。デザイン思考を世に広めた IDEOの創業者、トム・ケリー( * 1)も多様性が重要だと著書で語っています。実際に IDEOの社員にはデザイナーだけでなく文化人類学者や営業をやっていた人などがいて、ひとつの課題を複数の視点で見るためのチームがそろっています。

もちろん現実的には、ひとつのプロジェクトチームの中にいろいろな人をそろえることは簡単ではないでしょう。そういった場合でも、最初はエンジニア同士など、同質性の高いチームで始めていくけれど、仲間を増やしていくことを前提に考えていくことが、もうひとつのポイントかもしれませんね」

さらに井登氏は、大企業がイノベーションにフレンドリーな組織であるために必要なことを語ります。

井登 「イノベーションというのは大抵、『これまでうまく回ってきた合理的なやり方』から外れています。うまくいっていることをあえて変化させるには、危機感や必要性を一人ひとりが感じないといけないと思います。

その意味では、 GCカタパルトのようにあえて既存の事業部とは違う枠組みのプロジェクトをつくることも良いと思います。とくに大企業では、これまで積み上げてきたものに変化を加えるのは難しい部分もありますよね。既存の事業部では持続するための土台づくりを優先し、新規事業部でイノベーションの種を育むチャレンジをする。

これはスタートアップなどではできないことですし、イノベーションにフレンドリーな大企業の組織のひとつの在り方だと思います」

新規事業やイノベーションは一朝一夕には生まれないものの、その機を常に伺い続けなければ光が差さないのもまた事実です。

GCカタパルトは、これからもイノベーションにフレンドリーな組織や風土を追求し、「Unlearn & Hack」の精神で未来のカデンを形にし続けていきます。

(*1)IDEOの創業者、トム・ケリー:多くの一流企業の製品開発を請け負い、そのすぐれた製品のみならず、それを生み出す企業文化までもが注目されているIDEO社のゼネラルマネージャー。兄で会社創立者のデイヴィッド・ケリーと共に経営に携わり、世界中にスタッフを抱える企業に成長させた。(早川書房『発想する会社!―世界最高のデザインファームIDEOに学ぶイノベーションの技法』(原題:The Art of Innovation)著者紹介より抜粋、一部改変)

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