「職住近接」は天国か地獄か? 会社の近くに住んだら住宅手当を支給する「2駅ルール」の是非
現在ほとんどの会社が、社員に対して通勤交通費を支給しています。この支給は実は義務ではなく、労働法にも規定はありません。まれに「なぜ遠くに住んでいたら、高い交通費を支給してもらえるんだ。業績とは関係ないじゃないか」と通勤交通費を全廃している会社もありますが、基本はほぼ「全額支給」です。
もし社員が会社の近くに住んでくれれば、通勤交通費は下がります。それに対して会社が何らかのインセンティブを支払ったとしても、経済的にはプラスマイナスゼロにできたりします。そう考えると、社員に「近くに住んでもらおう」とするのか、それとも「特にどこでもよい」と考えるのかは、純粋に組織開発的、人事的な問題ともいえます。
それでは、もし社員の多くが会社の近くに住んでいたら、どうなるでしょうか。物理的な距離が近いことから、従業員同士の接触機会は必然的に多くなるでしょう。退社ルートも一緒なら、飲む場所も一緒。ふらっと入った店で職場の仲間や同僚に会うことも珍しくなくなります。深夜飲んでいても地元なら終電を気にする必要がなく、休みの日の遊びに呼び出すのも簡単になります。
コミュニケーション量が増えれば、単純接触効果(繰り返し接することで好意度が増していくという法則)もあって、お互いに好意を抱くようになり、社員間の絆、インフォーマルネットワークが強まることは想像に難くありません。いわゆる「一体感」は強くなるでしょう。一体感が強い組織は、情報も流通しやすく、社員同士のサポート行為も促進されるので、様々な組織的メリットがありそうです。
逃げ場がなくなると通勤地獄よりも大変かも
一方で、いいことばかりでもなさそうです。一体感が強まって、接触回数も多くなれば、結果として「同質化」が起こる可能性があります。似たようなメンツと似たような場所で飲んでいれば、似たような人になってくる、ということです。
同質化が悪いわけではありません。むしろ、いかに組織全体を同じ方向に向かせようかと苦しんでいる会社が多い中では、同質化とは歓迎されることです。
ですが、組織の創造性が事業における勝ち負けを決めるようになってきた昨今では、むしろ「異質」や「多様性」が求められることが多くなってきています。そうなると、あまり同質化し過ぎることはマイナスかもしれません。
「閉塞感」などの問題も起こる可能性があります。転職をする人の多くが人間関係を理由にあげていますが、たとえば上司から急ぎの仕事のために「おい、今来れるか」と呼び出されたときに「いや、もう家に帰ってしまったので」が通用しにくくなります。
嫌な上司と昼も夜も顔を突き合わせる地獄は、もしかすると通勤地獄よりも大変かもしれません。その結果、逃げ場所がなくなり、転職してしまうことも考えられます。人は「誰かに会わない自由」というものを欲するものではないかと思いますが、職住近接だと否応なしに会ってしまうわけです。
近距離通勤になると怠惰に飲んでしまう人も?
いろいろ言いましたが、私はどちらがいいかは、会社によると思います。どんな会社、どんな組織を作りたいか、ということかもしれません。
同質的で一体感があり、一つの勝ちパターンに力を合わせて進もうという会社には「職住近接」はよいでしょう。その一方で多様性が重要で、創造的なアイデアを次々出していかなければいけない会社には、あまり適していないかもしれません。部署や職種によっても違います。
ただ、社員の職住近接は、制度などである程度コントロールできることですので、どの会社でも一度は検討してみる価値はあります。
組織開発以外の視点からも、たとえば通勤時間の短縮によって、従業員の健康が維持できたり、趣味や家族関係に時間を割けるので生活の満足度が上がったり、それによって仕事により集中できるといった効果もありそうです。会社としては「少しでも長い時間、会社で働いてもらいたい」という思惑もあるでしょう。
余談ですが、職住接近を促進するルールを一度導入すると、会社の事務所移転がしにくくなったりはするようです。また、長距離通勤は読書や語学の勉強などに使えるが、近距離通勤になると単に怠惰に飲んでしまうだけ、という人もいるようです。さて、皆様の会社ではいかがでしょうか。
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