外資系企業のアドビが「ポテンシャル採用」に移行? 伸びしろを含めた「変容への対応力」で人材を評価
PhotoshopやIllustrator、Acrobatをはじめとする幅広い製品群を、クラウドサービスで提供するアドビ。創業40周年を前に、新たな事業環境の中でも高い成長を続けている。
そんなアドビが、これまでのジョブ型採用に加え、外資系らしからぬ「ポテンシャル採用」を取り入れ始めたという。どのような考え方に基づいているのだろうか。アドビ株式会社人事部シニアマネージャーの杉本隆一郎氏に話を聞いた。(構成:グローバルウェイ エージェント編集部)
DXを追い風に「過去最高業績」を更新中
――コロナ禍でも、業績は好調ですね。
2020年3月中旬にオフィスを原則立入禁止とし、全社でテレワークに取り組んでいますが、それ以降も過去最高業績を更新し続けています。2020年度通年の収益は前年比15%増、21年第2四半期は前年同期比23%増となっています。
当社はグローバルで約40年、日本でも30年近く事業を行っていますが、歴史のあるソフトウェア企業としては、他に類を見ない成長を継続できている会社といえると思います。
――好調の要因はなんでしょうか。
これまで時間をかけてDX(デジタル・トランスフォーメーション)の検討や準備をしてこられたお客さまが、コロナ禍による環境変化を受けて取り組みを一気に進めており、当社としてそこに貢献できたところが大きいと思います。
当社は現在「世界を動かすデジタル体験を」というミッションのもと、クリエイティブを支援する「Creative Cloud」、PDFおよび電子サインといった文書ソリューションの「Document Cloud」、顧客体験管理ソリューションの「Experience Cloud」という3つのクラウドサービスを展開していますが、いずれもクラウド環境でご利用いただけるサービスとなっています。
私たち人事部でも、自社のAdobe Signという電子サインのプロダクトを使って候補者にオファーレターにサインをしてもらうなど、業務のデジタル化を進めていたので、オフィスワークから支障なく移行することができました。
――テレワーク中は、従業員に対してどんな支援策を行っていますか。
まずはテレワークの環境を整えてもらうために、従業員1人あたり500ドル(約5.5万円)の「Work From Home Fund」(テレワーク補助金)を支給しました。これで自分に合った椅子や机、Wi-Fi機器やモニター、ウェブカメラなどを買い揃えてもらいました。
また、従来は紙で制作していた「One Team Magazine」という社内報を、Adobe Sparkを使ってデジタル化し、毎月オンラインで配信しています。従業員の健康向上につながる費用を会社が補助する「ウェルネス補助プログラム」の上限額も、今年から年間600ドルに増額し、適用範囲を広げています。
あとは、コロナ禍による有事の際や予防接種を受ける場合などに使用できる「COVID-19 Days Off(コロナ特別休暇)制度」を設け、さらにグローバルで「Global Day Off (全社一斉の特別休暇)」を実施しました。後者の特別休暇は、コロナ禍でストレスが溜まっている従業員全員が、完全に仕事から離れて、しっかりリフレッシュできる日を作ろうというものです。7月までは3週ごとに1日、金曜日に全社一斉の休みを設けていました。
「従業員の声を無視しない」文化が成り立っている
――テレワークでは、従業員が孤独感を募らせるケースもあると聞きますが。
以前は、オフィスのブレイクルームという、ちょっとしたカフェスペースのような場所で、ビールを飲みながら話をする「ビア・バッシュ」という社内イベントを毎月開いていたのですが、コロナ禍でできなくなってしまいました。
そこで、月に1回「バーチャル乾杯」という100名以上が参加するオンライン飲み会も開催しています。そこでは、従業員表彰を受けた人たちにコメントしてもらったり、会社で今どんなことを行っているかをカジュアルな形でお知らせしたりしています。
また、お昼の時間に1時間ほど「BUイントロ・セッション」という全社オンラインミーティングを開き、各事業部や人の紹介をしたり、ビジネスの情報を共有したりしています。これは当初、新入社員向けの情報提供の場として企画されたのですが、各事業部への理解を深める場として全従業員を対象に実施することになりました。
――さまざまな取り組みを行っているのですね。
全社テレワークの開始後、人事部門では「エンプロイー・エクスペリエンス」(職場環境や働きがいの要素から従業員のエンゲージメントを高める)の観点から、「フレキシブル」を尊重したハイブリッドな新しい働き方を導入することで、このコロナ禍を乗り切ろうという方針が示されています。
これを受けて、従業員の精神的ストレスや不安を払拭する施策であれば、まずは積極的にやってみて、うまくいったらさらに展開しようという雰囲気になっています。先ほどのテレワーク補助金も最初は250ドルから始めて、従業員の声を聞いてさらに250ドル追加しましたし、特別休暇制度も単発の企画が好評だったので、定期的な制度になりました。
そのうえで、エンプロイー・サーベイ(従業員満足度調査)をグローバルで実施し、フィードバックや要望に基づいて、新しい取り組みを検討しています。「従業員の声を無視しない。しっかり取り入れる」ことを徹底し、効果的に回しているので、従業員が期待感をもって声をあげてフィードバックすることが、会社のカルチャーとして成り立っています。
キーワードは「フレキシブル」
――現在、従業員は何名くらいですか。
グローバルで約2万2500名、国内で約550名です。日本法人でもっとも多いのは法人営業部隊で、顧客支援部門であるカスタマーサクセス、それからカスタマーサポートチームも合わせると、大きな割合を占めています。
マーケティング部門も数十名の大きな所帯で、さまざまなマーケティング活動を通じてビジネスを伸ばしていく活動を行っています。同じ規模の他社と比べると、多い方なのかもしれません。
――現在の求人は、どの分野が多いのでしょうか。
「Experience Cloud」というデジタルマーケティングのソリューションの、ビジネス領域の法人営業を特に募集しています。
大手企業のCMO(最高マーケティング責任者)やマーケティングの要職の方々と商談して、当社のソリューションを導入いただき、導入後の支援をしていくために、法人ビジネスのバックグラウンドをお持ちの方をお迎えするケースが多いです。
――アドビというと、個人クリエイターが利用するPhotoshopやIllustratorの印象が強いですが、法人での利用が進んでいるのですね。
PhotoshopやIllustratorを含む「Creative Cloud」は、企業のマーケティング部門の方々にも多く使っていただいていますが、制作したコンテンツは、広告配信や、広告の効果検証といったPDCAの中で活用され、継続的に改善されています。
当社が提供しているのは、そのようなお客さまの一連の業務を支援するプラットフォームです。2009年にはウェブ解析のOmniture、2018年にはECプラットフォームのMagentoとマーケティングオートメーションのMarketoを買収し、機能を強化しています。
――ニューノーマル時代に求められるアドビ従業員の人材像、人物像は、どういう形になっていくと感じますか。
先ほどからたびたび出てきている「フレキシブル」という言葉は、人を見ていく中でも重要なキーワードになっていくと思います。お客様の状況が変わって、今までのやり方では受け入れてもらえなくなったときにどうするか、ということを考えて実行していく場面が、これまで以上に増えてきます。
過去の例がない状況になったときに、どう立ち回っていけるのか。経験値やスキルセットに加え、各業務において「フレキシブルとはどういう意味か」と考えられる力も含めて、これからの人材の要件になると考えています。
「社内異動」によるキャリアチェンジを支援
――従来のメンバーシップ型からジョブ型に移行すべきといわれる中で、「フレキシブル」という考え方は、役割や責任範囲の厳密化と逆方向にも思えるのですが。
これまで外資系企業は、当社に限らず、詳細なジョブ・ディスクリプションと、必要なスキルセットやリクワイアメント(必要条件)を設け、それらをすべてクリアしないことには採用されない傾向にありました。どんなに頭がよくて、変容に応えられそうな人でも、過去に特定の経験がなければNGとされてしまう。
しかし、今後は先ほど言ったような理由から、現時点のスキルセットだけで判断することはやめて、伸びしろも含めて、変容のポテンシャルも見ていこう、ということになっています。
もともとアドビは「すべての人に『つくる力』を」というビジョンを掲げ、クリエイティビティが変革を促すと考える会社です。「ポテンシャル採用」は、日系企業の第二新卒などではよく聞く言葉ですが、外資系企業ではあまり聞かないかもしれません。でもいまアドビでは、あえてそこに立ち向かい、変わっていく状況に対応していけるか、という基準で人を見るようにしています。
――外資系と日系企業のいい部分を、うまく組み合わせていく感じでしょうか。
そうですね。入り口こそジョブ型採用だけど、中に入ったらメンバーシップ雇用、という感じでしょうか。従業員から社内で別の仕事に就きたいとか、キャリアの変更をしたいという希望があるときにも、それをサポートするスタンスで従業員と向き合っています。
退職者に話を聞くと、社内の上の方が詰まってしまって昇格が難しくなっているとか、やりたい仕事をやらせてもらえなさそうだとか、そういうキャリアに関する制限が退職理由のひとつを占めている状況がありました。
一方で、社内の別の部署では、退職者がやってみたいと言っていた仕事で、社外に求人を出している状況もあったのです。もっと社内に情報提供をして、アドビに在籍しながらキャリアチェンジしていけることを伝えていかなければならないと思っています。
今年の3月下旬には、従業員がキャリア形成していくサポートとして、1週間ほど「キャリア・フェスティバル」という社内イベントを開催しました。例えば「EQとは何か? どうやって高めるのか?」といったテーマのオンラインセッションを行ったり、どんなふうにアドビでキャリアを築いてきたかの従業員座談会をしたりしました。
また、「チェックイン」と呼ばれる人事評価制度を導入しており、マネジャーとメンバーが定期的にキャリアについて話し合う場を設けています。
私たち人事部門も「エンプロイー(従業員)ファースト」ということを念頭に置き、オープンポジションの求人の一定割合を社内の従業員で埋めるといった取り組みを考えています。
「差別のない会社」を目指す取り組み
――アドビではウェブサイトに「機会均等雇用者」という言葉を掲げていますが、これはどういう意味ですか。
人種や宗教、出身国、性別や性的指向、年齢、障がいなどの特性で、雇用者を差別しないということです。昇給率や昇格率も米国人だけが優遇されることのないよう、実態を数字で比較して発表しています。このような実を伴った取り組みを行い、情報公開している会社は数少ないのではないでしょうか。
この取り組みが評価され、Forbesの「最も多様性を尊重している企業」(2021
年)にランクインしていますし、JUST Capitalの「公正な企業100社」ランキング(同)では第10位となっています。
ダイバーシティ&インクルージョンについて、当社は「Adobe for All」というビジョンを掲げて取り組んでおり、毎年9月に「Adobe for All Week」といったイベントや、他にも不定期でジェンダーや障がい、LGBTQなどに関する外部のスピーカーを招いたり、従業員が自分のストーリーを10分ほどでプレゼンしたりするイベントを開催しています。
コロナ禍ではオンラインでの実施となりますが、このような機会をグローバルかつ同じタイミングで持つことで、社内に多様な人がいることや、会社が従業員に対し働く環境を平等に提供していることについての理解を深めてもらう機会にしています。
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