路線図で調べると、湘南海岸公園駅は観光地で知られる江ノ島駅のすぐ隣だった。JRと接続する藤沢駅からは三つ目となる。江ノ島には何度もいったことがあるが、この駅の記憶はない。湘南というと季節にかかわらずサーファーが集まるエリア。もしかして、リア充サーファーが集まるイケイケなエリアなのか……。場違いな文化系ライターとしてはちょっと恐れおののきながら、湘南海岸公園駅に降り立った。
さて、駅前には、とにかくなにもなかった。
駅名だけ見ると、渚に駅舎が建っているようなイメージもある。しかし実際に海までは徒歩10分程度かかる。駅周辺には、レストランやコーヒー屋が数軒ある程度で、ちょっと拍子抜けしてしまった。
駅を出て南にまっすぐ10分程度歩けば、海岸に出る。そこには駅名の由来となっている「湘南海岸公園」がある。そちら方面には小田急の片瀬江ノ島駅もあり、明らかに観光地だ。そうなると、メインの住宅街はおそらく北側、県道467号線を渡ったあたりのエリアではないか。
そう思ってまずは県道を目指して歩く。クリニックを通り過ぎて2車線の県道へ出ると、ちょっと先にコンビニとピザ屋が見えた。県道を渡ったエリアは想像通り住宅地だ。パステルカラーの湘南っぽい家もあるが、マンションも目立つ。一方で廃墟や鄙びた家屋も多い。人口の減りつづけている「地方都市のはずれにある街」という雰囲気すらある。
え、どういうことなんだ? これはもう誰か人を見つけて聞いてみるしかない。
そう思って歩いていると、「片瀬諏訪神社」に出た。長野県の諏訪神社を分祀した神社は数え切れないぐらいあるが、総本山と同様「上社」と「下社」に分かれているのは、全国ここだけらしい。ここまでは話しかけられるような人がほとんどいなかったのだが、ようやく社務所の人にちょっと話を聞くことができた。
聞けば、近年はマンションも建ち人口も増えているが、それに伴って氏子が増えているという。近年では、マンション住人で地域の神社の氏子になる人は少ないというが通例だが、この町では違うらしい。なるほど「この地域に根を下ろしたい」と思って住む人が多いというわけか。
しかし、暮らすとなると重要なのがスーパー。このあたりにスーパーはあるのだろうか。聞いてみると……。
「あっちもこっちも(右左を指で指す)あるし、自転車でいけるから問題ないですよ」
という。
このあたりのエリアだと、日常のちょっとした買い物は自転車らしい。たしかに言われてみれば坂も少なく、自転車が使いやすそうだ。
商店街を発見か?
さて、その後もウロウロと歩いていると、街灯に「片瀬中央商交会」と記された小さな看板が連なる通りに出た。
「おお! 商店街か!」と心が踊ったのだが、あいにく開いている店はほとんどなかった。表現としては「元商店街」というのが正確かと思う。
ただ、中には営業中の店もあった。しかし、米屋の看板が掛かっているのに、売っているのは、どら焼きや栗羊羹などの和菓子だ。
最中が美味しそうだったので、入って「最中は栗と餡子とどっちが美味しいでしょうか?」と訊ねると、奥で作業していたご主人が「今は栗が入っているから」と全力で推してくる。
栗最中を買うついでに「いつからお店をされているのですか?」と訊ねると、
「3年ほど前です」
という返答。
おや、もともと米屋だった人が、時代の流れで廃業し、和菓子屋になったのかと想像したのだが、どうやら違うらしい。
「じゃ、前はこの店は……」と聞けば
「前はお肉屋さんだったんですよ」
という返答。え、肉?
なんでも元々は米屋で、その後は肉屋が米屋の看板のままで営業。店主は肉屋が閉店した後に移ってきて、今のお店を始めたという。向かいにはちょっと洒落た感じのハンバーガー屋もあったが、そちらも近年新しくできたお店とのこと。
どうやら、いままさに空き店舗に新しい店が入り始めているタイミングらしい。
エリアの暮らしについて話を聞いたところ、
「(もし引っ越してくるなら)県道よりも北側にしたほうがいいです。向こう側は観光客も多くてうるさいですから」
というアドバイスをもらった。
確かに、江ノ島周辺は店も多いが、多くは観光客向けだ。逆に県道を渡ったあたりは、静かで住みやすいという。
「ただ、このあたりは物件がほとんど出ないんですよ」
なるほど、本当に住みたい人しか住まない、住めないことがランキング上位の原因か。
ちなみに、ここでもスーパーについて聞いたところ「近所にありますよ」という返答。おお、と思って見に行ったら、スーパーといっても個人商店な感じだった。確かに便利そうではあったけど。
この後、海沿いも回ってみたが、やはり海沿いのエリアはいかにも観光地の騒がしいエリアで「住みごこち」云々という感じではなかった。駅名の由来にもなっている湘南海岸公園付近には、小田急系列のスーパーと病院の入るビルがあった。しかし海側は平日でもサーファーが跋扈していたので、休日となるとかなり騒がしそうだ。自分もサーファーだったり、サーファー相手に商売をしている人だったりすれば話は違ってくるのだろうが……。
まあ、あえてこのエリアに移住してくる人は、サーフィンやサーファー文化が好きな人たちだろうから、それでも問題ないかもしれない。逆にサーファー以外の人たちにとっては、町名に「海岸」が入っていない、最初に行った山側のエリアのほうが住みやすそうだ。鄙びた街にはなにもないが、首都圏なのに田舎町の風情があるのは嬉しいし、出会った人たちもみんな親切だった。このあたりの余裕が、「すみ続けたい」と思える秘密なのかもしれない。