しかし、関西……特に大阪と神戸周辺ではそうはいかない。冷蔵庫には常に複数のソースが揃っているのが当たり前で、トンカツ用、お好み焼き用、たこ焼き用といった用途別のソースが常備されている。逆に、オールマイティに使える中濃ソースは使わないことが多いのだ。
なお、あまり知られていないが、ソースは地域ごとに強いメーカーが異なり、関東で高いシェアを誇るブルドックソースも関西ではマイナーな存在だ。関西ではイカリソースやオリバーソースといったメーカーが強く、そのほか中小のソースメーカーが乱立している。
一口に「ソース」と言っても、その種類は様々だ。JAS規格では、ソースは粘度によって3種類に分類される。粘度が低い順に並べると以下のようになる。
・ウスターソース(粘度0.2pa・s未満)
・中濃ソース(粘度0.2pa・s以上2.0pa・s未満)
・濃厚ソース(粘度2.0pa・s以上)
粘度の違いは原材料の量による。ウスターソースは繊維質が少なめで、濃厚ソースは多めだ。そして中濃ソースはその間、というわけだ。この結果、口当たりも味も違ってくる。この違いに関西の人たちはこだわる。
背景には日本のソース普及の歴史がある。ソースの起源はイギリスのウスターシャ地方とされ、日本には江戸末期から明治初頭にかけて伝わった。最初に普及したのは神戸で、現存する最古のソース製造会社「阪神ソース」も神戸市に位置している。神戸は開港地として外国人が多く生活しており、そこで日本人は海外から輸入されてきたウスターソースと出会った。これを日本人の口に合わせるよう改良し、さまざまなソースの製造が始まった。
その結果、日本人好みのソースが製造されるようになり、早い段階で普及した。中でも、ソースの定着を象徴するのが「ソーライス」だ。これは「ソースライス」の略で、昭和初期に阪急百貨店梅田本店で生まれた食べ物。不況が相まって人々が貧しい時代だったため、百貨店の食堂では5銭のライスだけを注文し、卓上のウスターソースと福神漬けだけで食べる客が増えた。それで当時の社長の小林一三はこれを歓迎し、「ライスだけのお客様を歓迎します」という貼り紙まで出させた。
このエピソードが示すのは、ソースが既に定着していたが、使われていたのはウスターソースだったということだ。現在のような多種多様なソースが生まれるのは戦後になってからだ。
とんかつソース、お好み焼きソースの登場
そのきっかけになったのは、1948年に誕生したオリバーソース(当時は道満食品工業)の「オリバーとんかつソース」だ。ウスターソースをコーンスターチで濃厚にしたもので、神戸市兵庫区の川池公園には「とんかつソースが生まれた場所」の解説板が立つ。
お好み焼き用ソースの登場も大きかった。もともと、お好み焼きにはウスターソースと醤油が用いられていた。しかし、これでは表面に塗っても流れてしまうため、原材料を変えて濃厚なソースの開発が行われた。関西では1968年にオリバーソースが「お好み焼きソース」を発売し、一般家庭でも様々な料理に合わせてソースを使い分ける文化が広まっていった。
また、関西の料理店では既存のソースをそのまま用いるのではなく、様々な調味料を加えて独自の配合にする店が今も多い。
現在のソース文化の広がりをみると古くから、様々な種類のソースが販売されていて使い分けていたのかと思いきや「とんかつソース」の誕生が戦後とは、意外である。
ソースへの思いが強い関西では他の地域では驚くような使い方もされる。天ぷらにもソースをかけ、肉まんにもソースをかける。そして誰もが「これが一番美味い」と確信している。
本当に美味しいのか疑問に思うなら、一度試してみるのもいいだろう。関西のソース文化は、歴史、地域性、そして食の多様性を反映したもの。美味しいからこそ、なんでもソースをかけ何種類も常備しているのだから。