取引先との飲み会後に嘔吐して死亡 これは「労災」と認められるのか? | キャリコネニュース
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取引先との飲み会後に嘔吐して死亡 これは「労災」と認められるのか?

商社で国際物流を担当するAさんは、部下のBさんとともに取引先開拓のために中国に出張した。先方の中国企業は、懇親を深めるために豪華な宴会を開いてくれた。

0908bengoshi通訳によると、中国の伝統的な宴会では、口上を述べながらアルコール度数の非常に高い白酒を一気に飲み干しあう「乾杯」という慣習があるが、取引先に信頼されるためにはこれを決して拒否してはいけないという。

ベテランのAさんは、水を飲みながら何とか乗り切ったが、若いBさんはすっかり雰囲気に巻き込まれてしまい、アルコール50度以上の白酒を10杯以上飲まされてしまった。

意識朦朧となりながらホテルに帰り、Aさんはトイレで嘔吐してから床についたが、翌朝になってBさんの部屋から応答がない。フロントにカギを開けてもらうと、Bさんが嘔吐物をのどにつまらせて亡くなっていたという。

「遊興の場」として会社は責任否定

会社は「飲み会は遊興の場なんだから労災じゃない」と主張。同席したAさんが無事だったことも、会社の責任ではない理由とされた。しかも労基署も、労災を認めない判断をした。しかしBさんの遺族は、

「飲み会とはいえども仕事の一環。労災と認めるべきだ」

と真っ向から対立。労基署の判断に不服がある場合は裁判所に判断してもらうこともできるが、取引先との飲み会後の事故が「労災」となることがあるのか。職場の法律問題に詳しいアディーレ法律事務所の岩沙好幸弁護士に聞いてみた。

――外国の文化とはいえ、アルコール50度以上を一気に飲み干しあうのは、アルコールが苦手な人から言えば、仕事とはいえ負担が大きそうですね。部下のBさんはお酒が得意な方だったのでしょうか。取引先に信頼されるためには拒絶ができない、とまで言われては、苦手でもなんとかして応えなければ、となってしまうと思います。

また、上司であるAさんがこの取引先の慣習どおりに、アルコール度数の強いお酒を一気飲みして応えたことで、部下としては断れない雰囲気になってしまいます。

もしも「俺も飲んだのだから、お前も飲め!」なんて一言があったのだとしたら、それはハラスメントです。飲み会での何気ない言動がアルコールハラスメントを招くこともありますので、皆さん気を付けましょうね。

「業務遂行性」と「業務起因性」で判断される

さて、今回の取引先との飲み会後の事故が「労災」になるか、とのことですが、労災とは労働災害のことをいい、労働者の業務上の負傷、疾病、障害、死亡を指します。

一般に、使用者は労働者に対し、生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をする義務を負っています。使用者がこの義務に反して労働災害が発生し労働者の生命や身体の安全が脅かされた場合、労働者は使用者に対して損害賠償請求をすることが可能です。

もっとも、この請求をするには労働者の側で、使用者の義務違反の事実などを証明しなければならないですし、この証明に成功したとしても、使用者に資力がない場合には労働者は使用者から損害賠償金を支払ってもらうことができないのです。

そこで、労働災害に遭った労働者を救済するために、法律により労災保険制度が設けられたのです。この制度では業務上の負傷、死亡などがあれば、労働者は国から一定の給付を受けられます。

さて、Bさんの死亡が労災と認められ、遺族が労災保険からの給付を受けるためには、労働基準監督署長により、これが「業務上」の死亡であると認定される必要があります。この点が認定されず不支給処分がされた場合は、その取消しを求めて不服申立てや行政訴訟をすることになります。死亡等の災害が「業務上」のものであるかどうかは、

(1)その災害が業務の遂行中のものであるか(業務遂行性)
(2)その災害が業務に起因するものであるか(業務起因性)

の2点によって判断されます。

裁判で「労基署長の不支給処分」が取り消される場合も

今回のケースでは、宴会中の飲酒がきっかけで起こった死亡事故ですから、会社の主張するとおり、(1)業務遂行性が問題とはなります。しかし、宴会であっても、参加が事実上強制されている場合には、業務遂行性が認められると考えられています。Bさんは、会社に取引先の信頼を得させるために、宴会に参加せざるを得なかったのでしょうから、業務起因性は認められると思われます。

また、裁判例の中には、

「労働者が宿泊を伴う出張をしている場合は、出張中の労働者は事業者の管理を離れてはいるが、その用務の成否、遂行方法などについて包括的に事業主に対して責任を負っているものであるから、出張の全過程について事業主の支配下にあるということができる」

と述べたものがあります。この点からも、業務起因性は認められると考えられます。

そして、飲酒をすること自体が「業務」とされる以上、嘔吐物をのどに詰まらせて発生した死亡の結果には、(2)業務起因性が認められるでしょう。裁判所で争った場合、Bさんの死亡は労災と認められ、労基署長の不支給処分は取り消されるものと思われます。

取引先などの相手と関係性をつくるために、話が弾むお酒の場は、いいきっかけだと私は思います。けれどもこういった事故が増えてしまうと、企業としても酒席を禁じたりなどコミュニケーションの場が少なくなってしまいかねません。業務に必要な飲み会の場では、楽しく事故なく過ごせるよう自己管理はもちろんのこと、上司は部下のために注意を払っていただきたいですね。

【取材協力弁護士 プロフィール】

岩沙 好幸(いわさ よしゆき)
弁護士(東京弁護士会所属)。慶應義塾大学経済学部卒業、首都大学東京法科大学院修了。弁護士法人アディーレ法律事務所。パワハラ・不当解雇・残業代未払いなどのいわゆる「労働問題」を主に扱う。動物好きでフクロウを飼育中。近著に『ブラック企業に倍返しだ! 弁護士が教える正しい闘い方』(ファミマドットコム)。『弁護士 岩沙好幸の白黒つける労働ブログ』も更新中。頼れる労働トラブル解決なら≪http://www.adire-roudou.jp/

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