ボクらはみんな「発達障がい」? こんなにも似ている「働きやすい職場・上司」の理想像
マッチョな男性サラリーマンが幅を利かせた高度成長期の日本企業。しかし時代は低成長時代に移り、少子高齢化やグローバル化によって多様な人々が職場に流入し始めた。女性や外国人、草食系男子に「ゆとり教育」を受けた新世代などなど。
これを軟弱と嘆く中高年もいるが、変わった流れを戻すことはできない。ならば「働きやすい職場」に対する私たちの意識を変える必要がある。多様な能力や価値観を持つ人たちが同じ目的に向かって協働するために、これからの職場はどうあるべきなのか。
このことを考えるうえで、いわゆるハンディキャップを持った人たちが日本の職場をどう感じているのか知ることは有益ではないか――。そう考えて伝手をたどっていったところ、最近「発達障がい」と診断されたという若い男性の話を聞くことができた。
ADHDとの診断に「正直ホッとしました」と答えた理由
Cさんは現在26歳。黒縁のメガネをかけた笑顔のさわやかな好青年だ。勤務していた会社を半年前に辞め、現在は都内の発達障がい者向け就労移行支援事業所で、再就職に向けたトレーニングを受けているという。
都内の私立大学を卒業後、23歳で専門商社に就職し、営業部で貿易事務に配属された。それまで障がいに対する自覚はなかったが、働き始めると書類上のミスが頻発し、上司からたびたび注意を受けるようになった。
「私の場合、注意力が散漫で、特に長文や項目の多い記入欄でミスをしがちです。記憶力にも乏しく、メモを取らないと覚えられないのですが、それでも漏れが出てしまう。周囲の高圧的な態度にも弱く、精神的に追い詰められていきました」
なぜそんなにミスが続くのか自分でも理解できず、自己嫌悪から抑うつ状態に。結局1年足らずで会社を辞めてしまった。その後もライターや事務など4つの仕事に就いたものの、やはり不注意によるミスが起こるため、続けることができなかったという。
そんな中、うつの治療に通っていた心療内科の医師から発達障がいの可能性を指摘され、検査の結果「ADHD(注意欠陥・多動性障がい)」と診断。さぞかしショックを受けただろうと尋ねると、「いや、正直ホッとしました」と意外な答えが返ってきた。
「やっぱり、何が原因なのか分からないのが一番不安でしたから。原因が分かれば対策も取れます。いまは障がいを受け入れて、新しい仕事に就きたいと考えています」
「社会に出てから初めて発覚」という人も少なくない
Cさんの場合、新しい職場での対策として「ダブルチェックの時間を用意してもらう、あるいは第三者目線で他の人にチェックしてもらう」ことを希望している。
「それから、繰り返し同じ質問をすることがあっても、そういうこと(障がいが原因)であると理解していただければありがたいです。あと、なるべく温和に接していただくと。温和で穏やかな職場で、興味のある分野を仕事にして取り組んでみたいです」
Cさんが通う就労移行支援事業所「LinkBe(リンクビー)」は、発達障がいと診断された人が常時10人ほど通っている。診断名はCさんのようなADHDのほか、「自閉症スペクトラム」や「広汎性発達障がい」「アスペルガー症候群」「LD(学習障がい)」などさまざまだ。
他の通所者にも話を聞くと、「社会に出てから初めて発達障がいと診断された」というケースが多い。学生時代は一定の学力さえあれば、その他の能力に多少のバラつきがあっても「個性」として受け入れられる。
ところが会社で働く場合には、社員間のコミュニケーションや事務処理などが円滑に進まないと業務上の問題に発展する。そして上司から指導や注意を受け、休職や退職に至り、医師の診断でようやく発覚するという流れだ。
その一方で同じ発達障がいでも、症状の中身は複数の要素が絡み合って十人十色だ。職場の雑談が苦痛な人もいれば、雑談のない職場はギスギスしていて耐えられない人もいる。Cさんのように面談に全く問題ない人のほか、社会不安障がい(対人恐怖症)のため面接がうまくいかずに落ち続けたり、不本意な職場にしか就職できなかったりした人もいた。
環境づくりに欠かせない「指示の明確化」と「雰囲気づくり」
一人ひとりの症状が異なる中、発達障がいの人たちが共通して職場に要望するものが2つあった。ひとつめは「業務上の指示を明確にして欲しい」ということ。「空気を読んで判断する」ことが苦手なので、指示の内容があいまいだと誤った方向で業務に邁進してしまったり、考え込むあまり仕事が手につかないまま抱え込んでしまったりする。
業務の指示を「口頭ではなく文面でして欲しい」「図を用いて丁寧に説明して欲しい」という人も複数いた。耳で聞いた情報を理解する能力が低いと明かす人も。この場合にはメモを取らせるやり方は難しいが、障がいのない人でも指示を文面で明確にもらえれば仕事がやりやすくなる人もいるに違いない。
ふたつめは「報告・連絡・相談をしやすい雰囲気づくりをして欲しい」ということ。職場がピリピリした雰囲気だったり上司が高圧的な態度だったりすると、余計にコミュニケーションがしにくくなり、業務上の軌道修正が遅れて問題が大きくなってしまいがちだ。
なお「報・連・相(ほうれんそう)」を提唱した山崎富治氏によれば、このスローガンは部下から上司への配慮ではなく「風通しの良い会社」をつくる手段として呼びかけたもの。つまり相談しやすい環境づくりは、最初から上司の側に責任があったわけだ。
従来のサラリーマン社会では「空気を読め!」「いちいち指示を仰ぐな!」「報告を怠るな!」といった調子で仕事が進んで行ったが、この流儀を外国人に押し付けても反発を受けるばかりだろう。女性や「ゆとり世代」の若者だって同じことだ。発達障がいの人からの訴えは、どのような職場においても重要なこととは言えないだろうか。
「忘れっぽい」「熱中しすぎ」など人間的なエピソードに共感
今回取材を行った人たちは、穏やかに話をすれば普通の人と変わりない印象を受けた。「忘れっぽい」「つい熱中しすぎる」「複数のことを同時にできない」「大人数が集まる場所が苦手」といったエピソードは、思わず「自分にもあるある!」とうなずきたくなる人間的なものばかり。程度の違いこそあれ、もしかすると「ボクらはみんな発達障がいなのかもしれない」という思いが高まったほどだ。
LinkBe(リンクビー)の野田明子氏によると、通所者は施設でコミュニケーション研修などを受けた後、就職アドバイザーの個別支援の下で就職を目指すという。利用期間は最大2年で、通所者の9割以上が地方自治体の補助を受け無料で利用している。
障害者手帳を持った人が企業の障がい者雇用で働くときには、LinkBe(リンクビー)がプロフィールシートを発行する。しかし通所者の中には手帳を持たない人が、通常のルートで就職を果たす場合もある。大学や大学院で専門的な知識やスキルを身に付けている人も少なくなく、環境さえ整えば発揮できる高い能力を持っているのである。
障がいのある人たちも「自分にできる仕事に携わりたい」と考えており、働いて得た収入を好きなことに使うことが「生きていく上での欠かせない楽しみ」と語る人もいた。障がいと診断されても持てる能力を生かせる職場や仕事は、もっと増えてもいいはずだ。日本の企業は、彼らを受け入れるように変わっていくべきなのではないだろうか。
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