「ウメッシュ」で知られるチョーヤ梅酒株式会社。その新規事業から2021年に誕生したCHOYA shops株式会社(以下、CHOYA shops)は、梅体験専門店「蝶矢」(以下、蝶矢)を京都、鎌倉の梅文化発祥の地2拠点で展開をしている。梅酒や梅シロップ作りなど、古来から伝わる日本独自の「梅仕事」を体験できる店とあって、若い世代に大人気、予約は数か月先まで埋まっているという。今回はこの事業を立ち上げたCHOYA shopsの菅健太郎社長に話を伺った。(以下、敬称略)
「蝶矢」オリジナル梅酒を提供
――今日は、梅体験専門店「蝶矢」について、いろいろ教えていただければと考えています。「蝶矢」に今回はじめて伺いました。いかにも鎌倉らしい路地裏の料亭のような門構え。その向こうには、まるで研究室のような白が基調の予想もしない空間が広がっていて非常に驚きました。そして、たくさんのお客さんが梅酒や梅シロップづくりを楽しんでいらっしゃっています。大盛況ですね。
菅 そうですね、こちらの店に来られるお客様は、梅酒を作ったりするいわゆる「梅仕事」の経験がほとんどない方です。年齢は20代から30代の若い世代が中心で、チョーヤ梅酒の消費者層とかなり異なった層の方々です。せっかく初めての梅仕事を体験していただくのですから、思い出作りになるような「非日常的空間」で楽しんでいただきたいと考え、工夫を凝らした店づくりをしています。
――チョーヤさんの漢字のお名前を「蝶矢」と書くというのを、今回初めて知りました。
菅 みなさん「知らなかった!」と驚かれます。しかし、「ウメッシュ」などのチョーヤ梅酒のお酒はここには一切おいていないんです。それについてご案内すると2度驚かれます。こちらの店では、私たちCHOYA shops独自の商品・サービスを提供しています。もちろん、梅に対する思いは、チョーヤ梅酒とまったく共通しています。
――こちらのお店の立ち上げの経緯について、また、菅社長のご経歴も含めてお聞かせください。
菅 この事業は、チョーヤ梅酒の新事業としてスタートアップしました。そこから2021年4月に分社化され、CHOYA shops株式会社となりました。
私は、チョーヤ梅酒に入社後、3年間営業を経験しまして、その後は製造工場での業務に15年携わってきました。そして、30代後半になってから、この事業を立ち上げました。そんなこともあり、店舗運営やマーケティングなどは未経験のところからのスタートです。
――事業を立ち上げする時のモデルケースはありましたか。
菅 たとえば、大手ビール会社のブリュワリーなどには、ヒアリング協力をお願いしました。その他にも体験型のお茶の店をされていた会社にもヒアリングをしています。オンラインショップ関連では、北欧系グッズのネットショップに影響を受けています。他社の成功事例を聞くことはとても大切だと思います。
――スタートアップとなると、社長もプレイングマネージャーの立ち位置で現場の仕事をされていると思うのですが、ご苦労された点や課題はありますか。
菅 店舗の立ち上げに関しては、すべて難しかったと振り返ります。最初に事業を立ち上げた時には、全部の領域を私が1人でやっていました。しかし、一緒に運営してくれる社員が増え、今では少しずつ他の社員に業務を引き継いでもらっています。課題としては、経営人材の育成がまだ手つかずで、残っていますので、長期的な課題として取り組んでいきたいと考えています。
一番大変だったのは、最初の京都店を立ち上げた時です。その時は、事業計画の何倍ものお客様がいらっしゃって、その対応に昼夜追われ、閉店後に事務処理や施策を検討したりしていました。お客様がたくさんいらっしゃるのはうれしいことですが、スタッフたちには大きな負荷がかかり、自分も店に出てオペレーションしないと回りませんでしたので、ずっと店の仕事をしていました。
肉体的にも精神的にも大変でしたが、とても貴重な体験で今では懐かしい思い出になっています。寝ても覚めても店のことばかりを考えていました。もう一生あんな大変なことは体験しないだろうなと思っているぐらいです。
今では現場のことは、ほとんどアルバイトスタッフに任せることができ、同じように新店舗を出すにしても、頼りになる社員が複数いますので、もう1人でやることはありません。
社長自らが社員を育成
――経営知識はどこで習得されたのでしょうか。
菅 経営知識については、私自身はまず本で学んでいます。そしてもっとく詳しい方に話を聞きに行く。最後は自分でやってみるようにしています。自分では自然にそれを実践していましたが、今では社員たちにも共有する必要がありますので、それを体系的にまとめ直して、自分が講師となりマーケティングの研修や勉強会を行っています。
――研修も社長がご担当されていらっしゃるんですね。人材育成はどのように行われているのでしょうか。
人材育成は最重要課題ですので、社員の研修や評価、フォローアップなどすべて、私が担当しています。半年に1回、社員1人ひとりと個人目標を決め、評価をしていくのですが、目標を達成できるように助言役になりサポートしていきます。
ただ、机上で設定するだけでは、なかなか大きな目標は達成できないと思っています。そんなことから、2か月に1回進捗を確認しながら、一緒に施策を練り、目標達成を目指しています。
店長には店舗の管理以外にも、近隣ホテルなど外部の取引先への営業も担当してもらっていますので、自分の営業ナレッジなども共有し、バックアップしています。
――アルバイトでも梅酒の知識などは人によって差があるかと思いますが、みなさん専門知識をどのように身につけていますか。
菅 アルバイトの場合も梅の専門知識は必要ですので、職能ランクを付け、それぞれのレベルに必要な知識を段階的に教育していくシステムを作っています。そして、上級者になると、カスタマーサポートも担当してもらいます。
具体的には、メールやLINEからお客様からのお問い合わせをいただき、お返事を返します。分からないことは、分かる社員に教えてもらってから返信しています。そういった積み重ねが知識の蓄積にもなり、スキルアップに非常に役立っていると実感しています。
――インスタも拝見しましたが、すごく雰囲気がいいですね。若いアルバイトスタッフさんと一緒に作っているのでしょうか。
菅 そうですね。インスタなどの撮影などの仕事は、すべて店舗のアルバイトスタッフが担当しています。記事をアップするだけでなく、写真の構図を考えたり記事を書いたりもしてくれます。
社内インターシップ制度やサイドワーク制度を利用して仕事をやりたい人を募っています。店舗の時給以外で働く成果報酬の仕事を複数作っており、希望者に取り組んでもらっています。
インスタ以外にもドリンクのレシピ開発やメニュー表のイラストの作成などにも、スタッフが関わってくれています。それぞれの得意な分野を生かして働いていただける、そんな会社になっています。
――梅体験専門店「蝶矢」は、1号店は京都、2号店は鎌倉ですが、店舗ごとに個性はありますか。課題や雰囲気は異なるのでしょうか。
菅 私自身は「蝶矢」のブランディングには、相当こだわりましたが、京都店と鎌倉店の区別をしようと意識をしたことは一度もありません。しかしながら、実際は店舗によってかなり色が違います。それは、それぞれの店のスタッフたちが作った文化だと思っています。
――京都、鎌倉に出店した理由をお聞きしてもよろしいでしょうか。
菅 京都も鎌倉も梅文化にとても関係の深い土地です。
梅は弥生時代に中国から入りました。しかしながら、ひと手間加えて加工する文化は、日本独自のものです。平安時代には、平安京を中心に薬として使われていたということを知り、1号店は梅仕事発祥の地の京都にしました。
また、梅が食文化として発展したのは、鎌倉時代の神社仏閣からでしたので、2号店は鎌倉にしました。
――梅にゆかりがある土地なのですね。
菅 そうですね。そこが狙いでした。梅の文化にとって重要な場所に店をかまえて、さらにその文化を次世代に繋いでいくというブランドストーリーがあります。
この店の人気とは裏腹に、ここ数年間で梅農家さんの高齢化問題や後継者問題はかなり深刻になっています。ですから、梅の新たな魅力を1人でも多くの人に知ってもらい、梅の需要を増やしていきたいと考えています。
梅農家の後継者問題に取り組む
――梅農家の後継者が減っている背景を教えてください。
菅 大きな理由は、人工的な梅風味の食品が作られるようになったことで、梅の需要が減少し、価格が下がってしまったためです。梅農業が魅力のある仕事にならなければ、次世代を担う梅づくりの後継者は育ちません。
――なるほど。農業全体で大きな課題として農家の後継者問題がありますね。この事業の中で、具体的にどのような取り組みをしていらっしゃいますか。
菅 梅の話についていえば、「南高梅」はブランドものの梅の品種として、知っていらっしゃる方も多いと思います。しかし、梅の季節にスーパーの売り場を見ていただくと、「青梅」とただ書いてある梅がたくさんあります。日本には食べることができる種類の梅は全部で100品種ありますが、南高梅以外は全部一括りに青梅と呼ばれている状況です。
私たちはいつも産地の方々のために何か力になりたいと思っていていましたので、梅の産地と品種名を必ず明記し、梅のブランディングを支援しています。
現在店では、毎月1回「今月の梅」として、数量限定で様々な産地の様々な品種の梅を販売していますが、それぞれ梅の産地のストーリーや背景をお客様にお伝えしています。また、梅酒などを漬けた後の梅の実を使ったレシピも提供して、梅酒を飲んだ後の梅も最後までおいしく食べていただきます。残った梅の食べ方もしっかりとお伝えすることを心がけています。
――ぶどうは種類もたくさんあり、いろんな銘柄のワインがあります。梅もワインのようにいろいろなテイストが楽しめるのですね。
菅 その通りです。まさに、同じ南高梅でも産地が違えば味も違いますし、収穫のタイミングでも味は変わってきます。また、「5年物」「10年物」といった、ビンテージ的なおいしい梅酒もあります。ですから、つきつめていくとワインと同様に深くなります。
――梅酒は1年から3年ぐらい漬けて、ようやくアルコールとなじんでくるかと思いますが、お店では1か月でできるとお話を伺いました。製造過程でどのような工夫をされているのでしょうか。
菅 まず、使っている梅ですが、収穫してから急速冷凍をかけています。一度冷凍をすると、抽出する時に早く仕上げることができます。もう一つは梅酒にはつきものとされているホワイトリカー以外のお酒を使っているという2点がポイントです。
店にいらっしゃるお客様は若い方が多いので、この1年が待てないんですね。すぐに飲みたくなってしまう――。そんなことから「1か月」という時間にすごくこだわりました。そのため、ジンやウォッカなどホワイトリカー以外のお酒で少しまろやかな味わいになるようなものをセレクトし、1か月でおいしくできる配合で提供しています。
――ホワイトリカー以外のお酒を使うのは画期的だと思います。実際レシピ開発も社長自らが手掛けられたのでしょうか。
菅 そうですね。製造工場時代は品質管理で毎日20種類ぐらいはテイスティングするのが仕事でしたので、今でも清酒、ワインも含めて、自分でテイスティングの記録をつけています。そういった経験を活かしベースリカーを選定していきました。その他にも工場時代には、原価計算から全工程の商品設計を担当していましたので、店舗をやりはじめてからも、かなり経験が役に立っています。
梅文化を未来に繋ぐ
――今後の事業展開についてお話ください。
菅 次の出店先を探しています。今は日本人のお客様が中心ですが、次の出店場所は外国人のお客様にも来てもらいやすいロケーションにしたいと考えています。また、将来的には海外にも出店するという夢もあります。
――次の出店が楽しみです! ちなみに次はどこに出店されるご予定ですか。
菅 それは、まだヒミツです。ぜひ、今後のCHOYA shopsを楽しみにしてください!
梅体験専門店「蝶矢」は、全国各地の個性豊かな梅を現代のライフスタイルに合わせて提供していきます。1人でも多くの人が梅仕事の楽しさや梅シロップや梅酒のおいしさを知っていただき、梅の需要の拡大を目指し、生産者が安心して後継者に継承できるようにすることが、私たちCHOYA shopsのパーパスです。そういう視点から、新しい形で日本独自の梅文化を繋いでいけたらと思います。京都、鎌倉の地から日本に限らず世界中へ、梅シロップ・梅酒のおいしさや、梅仕事の楽しさを発信していきたいと考えています。
――本日は貴重なお話をありがとうございます。