政労使会議で首相が宣言 「年功序列解消」は国が口出しすべきことなのか?
戦後の日本企業を支えてきた「年功序列賃金制」が揺れている。9月末に行われた政労使会議で、安倍首相は「年功序列の賃金体系の見直し」を明確に目標設定した。
しかし「年功序列」という雇用慣行は、法律で決まっているわけではない。労働者側と経営者側で交渉を積み重ね、現在の姿になっているという見方もできる。それに対して「国が口出し」することがどうなのか、という意見も出ているようだ。
中高年の給与高止まりが「少子化」や「格差」に悪影響
安倍首相は政労使会議で、具体的な目標についてこう話した。
「子育て世代の処遇を改善するためにも、年功序列の賃金体系を見なおして、労働生産性に見合った賃金体系に移行することが大切である」
会議に参加した日本総研の高橋進氏(日本総研理事長)が提出した資料によると、日本では男性の賃金に「年功序列」の色合いが濃いという。しかも賃金のピークは年々「高齢にシフト」しており、逆に20~30代前半の賃金は「相対的に低下」していることが見て取れる。
低成長時代となり、給料の原資が増えないにもかかわらず、中高年の賃金は上がっている。そのしわ寄せが若手世代に来ているということだ。
東証1部・2部上場企業の人事労務担当者へのアンケート結果では、「業務や成果・貢献度に比べて賃金水準が見合っていない社員」として「50代」(39.5%)、「40代」(30.5%)がやり玉に挙がっている。
中高年の給料の高止まりが、少子化や経済格差の遠因にもなっている。高橋氏も政労使会議で、次のように発言している。
「賃金体系については、戦後に形成された年功序列型賃金体系を見なおして、職務内容、役割、成果に応じた賃金体系に移行することが必要である。これによって子育て世代の処遇が改善され、また非正規労働者の正規労働者への転換にもつながっていく」
解雇や賃下げ禁じる判例で「国の介入」あった?
まさに今、大企業で甘い蜜を吸い続けている中高年世代にとっては、戦々恐々とする内容だ。そうした年齢層の高い読者が多いとみられる地方新聞では、高知新聞が「政府が口を挟むことか」と題した社説で、政労使会議の内容を批判している。
「賃金制度は長年の労使交渉を経て維持されてきた。労使交渉を飛び越し、政府が賃金体系の見直しに口を挟むのはおかしい」
年功序列の解消は「労使で解決すべき問題」であり、国は口を出すなというスタンスだ。
一方、人事コンサルタントの城繁幸氏はブログで、年功序列見直しに国が介入する意義を説いている。そもそも年功序列賃金は高度成長期を通じて、解雇や賃下げを禁じるような判例が積み上がって成立してきた経緯がある。それは政府の「強制」であり、その年功序列の強制を「清算」するのがこの「介入」であるというわけだ。
「労使が納得の上で年功序列を作ったんではなく、政府が事実上の強制をしたわけで、それを無視して『政府が口を出すな』はないだろう。あれこれ口を出しすぎた過去を清算するのが今回の改革の肝である」
とはいえ、首相が「年功序列廃止」と宣言すれば、問題が簡単に解決するものでもない。毎日新聞も10月6日の社説で「年功序列見直し 政府が口を出すことか」と高知新聞に似た記事を掲載しているが、その内容は単純な口出し批判から一歩踏み込んでいる。
連動する「慣行・制度」をどう変えていくか
毎日の指摘は、年功序列制に連動する「慣行・制度」について、どのように落とし所を付けるのかという議論が不十分という点を突く。
「職務内容で賃金が決まる制度では、知識や技術の水準が低い新規学卒者より即戦力の労働者が有利になる。実際、欧米諸国では若年層の失業率が著しく高い」
「(若年者の雇用や人材育成といった)連動する慣行・制度をどう変えるかを示さず、政府が年功賃金の見直しを要求しても雇用現場は混乱するだけではないか」
そのうえで国が介入せず、「個々の雇用現場の実情に基づいた労使の自主的取り組みを尊重すべき」であり、「公共職業訓練や職業紹介、非正規雇用の改善など」を、もっと積極的に推し進めるべきだとしている。
ヨーロッパの労働政策に詳しい濱口桂一郎氏はブログでこの社説に言及し、内容について一定の評価をしている。雇用や社会は「システム」であり、「連動する慣行・制度」も一緒に改善していくべきだとする。
ただ濱口氏の結論としては、「政府が口を出すこと」を是としている。毎日新聞のいう「公共職業訓練や職業紹介、非正規雇用の改善など」もそれなりに進んでおり、そのうえでの口出しは「政府の役割としておかしなことではない」としている。
「ただし、口以外は出せません。あとは労使がその方向に安心して進めていけるように、ちゃんと政策をやっているかどうかを論ずべきでしょう」
年功序列といった日本型雇用システムを変えると、新卒一括採用といった「慣行」や、人材派遣などの「制度」にまで多岐に影響が及ぶことは確かだ。年功序列制の変更は労使間で変えるほかないが、国がそう導きたいのなら、その方向に安心して行けるように政策を打ち出しているかどうかも監視すべきだろう。