日本の地方が「娘婿」を大事にすべき理由 ヨソ者の視点を持ちながら地域に根を下ろす人材に活躍してもらおう――秋山進氏が考える「地方創生」成功のカギ
地域創生を考えるうえで、隠れた問題になるのが「地方組織の閉鎖性」だ。権威主義的なヒエラルヒーの秩序が最優先され、それを越えた発言は許されない。議論は停滞し、若者たちが風通しのよい大都市に流出する理由にもなっている。
地方の閉鎖型組織を、いかに開放型に変えていくか――。この課題について編集部は、経営・組織コンサルタントの秋山進氏に話を聞いた。秋山氏は日本企業のイノベーションを阻害する要因について、「組織の病気~成長を止める真犯人~」(ダイヤモンド・オンライン)などで分析し、処方箋を提示している。
「いままでの産業構造」が全部ひっくり返る時代
――日本の地方の現状について、秋山さんはどう捉えていますか。
秋山 地方にとって「2016年とはどういう年なのか」ということを考えてみました。もうどうしようもなくて、このままダメになっていくピンチの年なのか。それとも「すごいチャンスやで」という文脈で捉えるべきなのか。
古典的な景気循環論では、企業の設備投資に起因する約10年周期の「ジュグラー循環」や、建設需要に起因する約20年周期の「クズネッツ循環」などの説が提唱されています。これらが日本にも当てはまるならば、やがて好景気の波が来るはずです。
しかしこれからの地方において、この波を期待することは難しい。最終消費地に近い海外に移った工場が、少子化で内需が縮小した日本に戻ることはない。人口減や財政悪化が進む中で、老朽化したインフラ投資も見込めません。そういう点から見ると、地方の未来は「ピンチ以外の何物でもないやろ?」という状況かと思うのです。
――やはり、お先真っ暗なのでしょうかね。
秋山 しかしながらもうひとつ、技術革新に起因する約50年の「コンドラチェフの波」という説があります。この視点から見ると、これは大変な話になる。それも50年に一度どころではない、18世紀末の産業革命以来の大変革が起こりうるのです。
デジタル化からインターネット、AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、3Dプリント、自動運転、自動翻訳、シェア経済のしくみなど、いままでの産業構造が例外なくひっくり返ります。ありとあらゆるものが、大きく変わるわけですから。
世の中は新しい時代の「実験ニーズ」に満ちている
――そのような新しい波は、地方にとってチャンスとなりうるのでしょうか。
秋山 もちろん、この流れの影響は地方にもあって、大きな工場をドカンと建てることはもうなくなるのかもしれない。そういうマイナス面もありながら、一方で大きな可能性も秘めているのではないか。それはものづくりだけなく、サービス産業においても同じです。
要するに産業が「総替え」になるわけですが、じゃあ、それを東京や大阪でやるのかというと、これまでの時代の既得権者である大都市で大胆な変革をすることは、そう簡単にできない。そのとき地方は「非都市」の世界の中で、自分たちの特質を踏まえて新しいチャレンジをやっていかなくてはならないのではないでしょうか。
――確かにイノベーションには実験が必要だし、その中で偶然生まれるものもある。
秋山 本当にいろんな意味で実験しないとダメで、ありとあらゆる「実験ニーズ」に満ち満ちているはずです。たとえばIoTのしくみを導入する前には、誤作動しないかとか、社会的に大きな影響がでないかとかの実証実験が必要です。
その意味で、鳥取県の八頭町が自動運転やドローンなど新しいテクノロジーの実証実験に手を挙げていることは、立派だなあと思いますね。地方にだって優秀な人と資金が入っていけば、そこを中心にしてある領域におけるコミュニティができてくる。それをどれだけ拾えるかということが大事です。
そういう時代に何に賭けていいのか、何で勝負するのか迷います。しかし、ある意味でこれからは「ゴールドラッシュ」ですから、一攫千金が狙えるかもしれないし、金が採れなくてもジーパンやツルハシで儲けられるかもしれない(笑)。これはチャンスと考えた方がいいやろな、と思います。
地方が変化できないのは「閉鎖型組織」が原因だ
――ただ、そのような新しい取り組みを行ううえで、これまでの地方の文化が妨げになるところがあるのではないでしょうか。例えば大都市との比較では、地方は確かに既得権益者ではないけれど、地方の現場に行けば「地方の既得権益者」がいます。
秋山 それはそうなのです。地方の企業や組織では、小さな既得権益を汲々として守っているという現実がある。本来は都市対地方の話ではないのですが、これは組織論でいえば「閉鎖型組織」であって、「開放型組織」の対極にあるものです。
閉鎖型組織はいつものメンバーの中で力関係が決まっており、話題も代わり映えせず、変化にも対応しないという特徴があります。こういう集団では、米国でトランプ氏が大統領になったニュースを聞いても「海の向こうの訳の分からない話」で終わりますが、現実にこのような組織は地方に多いわけです。
一方で開放型組織というのは、特に意思決定に携わる集団の中に多様な情報ルートを持つ人たちが入っており、そういう人たちがフェアな議論をしながら「変化する外部環境に自らを適応させていこう」とするものです。トランプ氏が大統領になり、東アジアの軍事バランスが変わって米国がTPP交渉から離脱すると、自分の組織にどんな影響が出るのかを考えようとする。競争や変化の激しい大都市の企業は、こうならないと生き残っていけません。
――2つの組織が最も異なるのは、どの点でしょうか。
秋山 重要な意思決定や実行に携わる構成メンバーです。閉鎖型組織の地方では、往々にしてその地方出身者だけの固定メンバーで、いちばん偉いのは首長で、その下に地元の中堅企業の経営者がいるといったヒエラルキーがあり、その議論に他の人は割り込めない。とはいえ、地元でそれぞれの役割を演じる中で偉くなった方たちに「今から変われ!」と言っても、難しい話ではあると思うのですね。
東京に「出島」を置くやり方では失敗する
――しかし現実的に、地方が環境の変化に適応していくためには、開放型組織に変わっていくしかありませんが、どうやって変えていけばいいのでしょうか。
秋山 残念ながら、一度固まったものを壊すことは難しいです。地方でよく行われているのは、東京に出張所などの「出島」を設け、経験の浅い若い職員を派遣して情報を集めようとすること。しかし情報を集めるにもスキルがないうえに、情報を受ける地元側にも素養がありませんから、いくら東京のトレンド情報を提供しても採用されない。結局は官公庁情報や他の事例など横並びの情報しか送れず、「ご当地グルメ」や「ゆるキャラ」が乱立して差別化に失敗します。
ですから出島形式ではなく、外部から招聘した「異質なメンバー」を内部に呼び入れる必要があります。地方のイノベーションを考えるとき、よく言われることですが、組織に「ヨソ者、若者、バカ者」を呼び込まなくてはならないという指摘は、かなり正しいと思いますね。
――ただ、いきなり地域に「ヨソ者」が来ても、往々にして受け入れられないものです。たとえば秋山さんは、日本企業において上司がイエスと言わない理由として「そもそもあなたに提案する資格がない」という問題があると指摘しています。
秋山 「半人前の人間がいっちょまえに提案なんかしてくるな」「自分のやるべきこともできていない人間が新規の提案なんかしている場合じゃないだろう」というやつですね。確かに出島の言うことすら聞かないのに、ヨソ者がいきなり受け入れられるわけがない。純粋な提案が「批判」や「文句」と受け取られる場合もあります。これまでの成功例を見ても、ヨソ者の感覚を持ちながら、まずは地域になじむ努力は欠かせないですね。
例えば城崎温泉(兵庫県豊岡市)の老舗旅館「山本屋」のご主人で、京都出身の高宮浩之さんという人がいます。この方はリクルート出身で、娘婿(むすめむこ)としてこの旅館に来たのですが、最初の10年間は危機感を抱きつつも新しいことをせず「雌伏の日々」を過ごしたそうです。地域の方に受け入れられてから、小さな取り組みで成功例を重ね、他の旅館との関係を強化し、いまでは地元旅館の協同組合理事長として世界中から観光客が集まる温泉地へ引き上げることに成功しています。
改革派は「ヨソで活躍するOBやOG」を使おう
――娘婿の方は、地域の一員でありながら「ヨソ者」の視点を持つことが多いです。
秋山 機動戦士ガンダムのモビルスーツをモチーフにした枝豆風味の「ザクとうふ」で有名になった群馬県前橋市の豆腐メーカー、相模屋食料も地方創生の成功例です。この会社はいまでこそ売上200億円超の業界1位ですが、十数年前に売上がまだ30億円足らずのときに、地元の地方銀行や政府系金融機関などから40億円を超える融資を得て大きな工場を建設した。それが見事に当たったわけです。
実はこちらの社長の鳥越淳司さんも、旧雪印乳業出身の娘婿(笑)。ですから地方は、娘婿を大事にするのはアリだと思うのです。それから、融資をしてくれた金融機関の決断も大したものだと思いますね。大都市志向のメガバンクだったら、こんなリスクのある融資は審査を通らない。地元密着で地方のことを考えてくれる地銀だからこそ実現した話です。
――ヨソ者の視点を持った人が、地域に根を下ろして本業で実績を挙げながら、地域の人たちの信頼を得て、大きな成功を収めていくというパターンですね。
秋山 そんな偉人が地域からそうそう出てくるわけがない、と言われるかもしれませんけどね。だからといって地元の事情を知らないコンサルタント会社にお金を払って提案を依頼するよりも、大都市や海外などヨソの地で活躍している地域出身のOBやOGに、ふるさとのために知恵と力を貸してほしいとお願いした方が有益な意見を出してくれますよ。
そういう人たちは土地勘もあるし、外から見たときの地域の魅力もよく知っている。地元高校のつながりなどで閉鎖型組織の有力者との人脈もある。そういう外部人材を、無給の名誉職ではなくて、きちんと謝礼を払って優先順位の高い継続的な仕事にしてもらう。そのつながりを地元の改革派の人たちが、どれだけ上手に使えるかということも大事ですね。それが閉鎖型組織を開放型に変えるための、ひとつの方法論といえるのではないでしょうか。
秋山 進(あきやま・すすむ)1963年奈良県生まれ。87年に京都大学を卒業後、リクルートに入社し事業開発などに従事。98年に独立して経営・組織コンサルタントとして多くの企業・団体の事業構造改革等に従事。現在はプリンシプル・コンサルティング・グループ代表として経営リスク診断、組織設計などに携わる。著書に『「一体感」が会社を潰す 異質と一流を排除する<子ども病>の正体』(PHPビジネス新書)など。