徳利の謎マナー、業界団体は「積極的に広めなくて良い」 「注ぎ口を使わないほうが良い」ネットで拡散
注ぎ口のついた徳利から酒を注ぐ時は、注ぎ口から注ぐのはマナー違反――そんな噂がネットで広がっている。
このマナーは今年8月16日放送の「くりーむしちゅーのハナタカ!優越館」(テレビ朝日系)で紹介された。日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会の日置晴之専務理事がVTR出演し、徳利の注ぎ口から注ぐのは「縁を切る」という意味になるため縁起が悪い、冠婚葬祭時には避けたほうが良いと話していた。
「この部分は注ぎやすさで付けていますが、丸の切れ目、すなわち円(縁)の切れ目、また、角が立つという意味になります。縁起の良し悪しの観点から言うと悪いです。冠婚葬祭など、厳粛な場ではやめたほうが良いでしょう」
11月下旬にネットでこのマナーが注目され、物議を醸している。その多くは「聞いたことがない」「本当にあるのか」と、懐疑的な内容だ。
徳利メーカー「まことしやかに語り継がれている。実際にやっている人は知らない」
ツイッターでは実際に、注ぎ口から酒を注がれ不愉快な思いをした、という人もいる。また、「高知では普通だと聞いた」、「島根県で聞いた」、「北海道で聞いた」など、一部地域でマナーになっていると指摘する声があった。
ヤフー知恵袋でも2008年、「注ぎ口から注いだら上司に注意された」という質問が寄せられている。2004年には、同様の質問に対し「尖っている注ぎ口は送別会以外は相手の盃の方に向けてはいけないと教わりました。何故なら尖っている方は『切れる』に通じるからだそうです」と回答している人がいた。
あたかも昔からあるマナーのようになっているが、酒蔵にとってはメジャーな文化ではないらしい。獺祭などを製造する旭酒造(山口県)の担当者はキャリコネニュースの取材に「聞いたことがない」と答えた。
一方、徳利製造企業からは「聞いたことがある」という声が出ている。「カネコ小兵製陶所」(岐阜県)の営業担当者は、「20年以上前に聞き、まことしやかに語り継がれているが、本当かどうかはわからない」という。
「酒の席で『こういうエチケットなんだぜ』としたり顔で話したり、『徳利はお殿様だったか神様だったかのために作られたものだから、一般の人間がそこから注ぐのは厚かましい』みたいな話をするのは聞きました。でも、そもそも最近は口のすぼまった形の徳利に出会うシーンが少ないこともあり、実際にそういう注ぎ方をしている人を見たことはありません」
企業としても、「こういう飲み方をします」と勧めるつもりはないという。
岐阜県の陶器メーカー、山淳製陶所の担当者は、「戦国時代などには注ぎ口に毒をもられていた可能性があるから、くぼんでいない部分から注ぐのが良い、とされていた時代があったという話をどこかで見た」という。いつ頃知ったかは定かでなく、「飲み仲間と、そんな話もあるんだと話題にすることはありますが、実際に注いだりはしません」とも話していた。
「徳利の製造メーカーとしては、どっちから使うべきなどと言うつもりもありません。楽しくお酒が飲めればそれで良いと思います」
「知っていれば、この注ぎ方をする人に会っても相手を変わった人扱いせずに済む」
日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会のフェイスブックではこの「注ぎ口から注ぐのはマナー違反」という言説を補足している。番組で紹介していた「縁起の悪さ」以外にも、注ぎ口から注ぐことは「角が立つ」を連想させるため望ましくないという説、「その昔、武将等を暗殺する際、注ぎ口に毒を塗られることが多かったから」説、「注ぎ口が、仏教等の『宝珠』の形に見えるよう、あえて尖った部分を上にして注ぐ」説など、由来は複数あるとしている。いずれにしても、注ぎ口以外から注ぐことが正しい、という前提ではあるようだ。
ただ、同団体の担当者に取材したところ、団体としては、こうしたマナーは「やらなくても失礼ではない」という。
「マナーを知っていれば、こういう注ぎ方をする人に会った時に相手の方を変わった人扱いしないで済みますね、という話です。セミナーや講義の中で小噺としてお伝えすることはあっても、積極的に広めていく必要は無いように思います。テーブルマナーなどもそうですが、あまりマナーやルールを意識しすぎるとぎこちなくなり、楽しい食卓が台無しになりますから。他の人が嫌な思いをすることだけは避けていただければと思います」
ちなみに、月桂冠のHPには、徳利から直接盃に酒を注ぐようになったのは江戸時代後期からと記載されている。これが正しければ、少なくとも「武将の時代に注ぎ口に毒を塗られることが多かったから」説は成り立たない。
マナーが存在するかどうかは結局謎のままだ。他人に迷惑をかけず楽しく飲めればそれで良いのではないだろうか。