「コミュ障」を克服する必要はあるのか 「上手くやれない事をやるより、1人で生きる人間になるほうが建設的」

色んな生き方があっていいじゃない

色んな生き方があっていいじゃない

僕は他人と会話をするのが本当に、本当に苦手だ。知らない番号からの着信は出ない。回覧板を回すにも、深夜にこっそり外に出て、次に見る人の家のドアノブに引っ掛けておく。そもそも人と話すのがめんどうで在宅の仕事を何年もしているわけだし、今更この生活を脱却するつもりもない。

が、こういう生き方をしばしば、「コミュ障みたい」と揶揄してくる人もいる。言いたい人には言わせておけばいいけど、一方でこっちとしては「馬鹿みたいに無駄な会議だの会社の飲み会で徳利の注ぎ方マナーだの言ってるお前らよりマシ」という気もしている。コミュ障呼ばわりおおいに結構、といった具合だ。(文:松本ミゾレ)

「友達も家族も断捨離したけど快適。自分の連絡先を知っているのは恋人だけ」