上から押さえつける教育が上手くいかない理由 スパルタ式と自主性尊重の教育の違いから考える

上から押さえつける教育が上手くいかない理由

上から押さえつける教育が上手くいかない理由

昨今、夏の甲子園大会では、どこが強い、あの選手はどうという話題と合わせて「炎天下での連投」など昔では当たり前だった光景が問題視されることが増えました。

もちろんそれは「選手のことを思って」の警鐘であることには間違いないですが、ではあの上から押さえ込み、囲い込みまくってたスパルタ教育は選手のことを思っていなかったのか?と思うと何かが引っかかるのです。

金八先生やスクールウォーズの滝沢監督が選手のことを思っていなかったのなら、もうあの時から「それっておかしいんじゃないの?」という論調はあったはず。ではなぜ、今この時代にあの熱苦しい愛のスパルタ教育が受け入れられなくなってきたのか?そしてその教育がどうしてうまくいかなくなってきたのか?を考えてみたいと思います。(文:ちばつかさ)

スパルタ式で育てられると「罰が怖いから行動する」になる