「木こりのジレンマ」という寓話がある。刃のこぼれた斧で木を伐る木こりに、ある人が「斧を研いだら仕事が早く進むのではないですか?」と声をかけた。すると、木こりは「木を伐るのに忙しくて、そんな暇はないよ」と答えたという。「目の前の仕事に追われ、業務効率化を怠ってはいけない」と戒めるため、ビジネスの現場で引き合いに出される寓話だ。
2021年6月、森林ベンチャーの百森はまさに業務効率化の必要に迫られていた。みんな自分たちの仕事の全体像が掴めていない。作業内容は“口承文学”として伝えられ、知っている人・知らない人で情報格差が生じている。特定の人に作業が集中し、他の人には突然作業が降ってくる――。
百森のある岡山県・西粟倉村は人口1300人ほどの小さな村だ。面積の95%が森林で、うち84%を手入れが必要な人工林が占める。西粟倉村が掲げるのが「百年の森林構想」だ。これまで約50年間守られてきた人工林を次の50年も育てていこうというプロジェクトで、同村の森林管理を手掛ける百森はここから誕生した。
西粟倉村役場と森林組合から急いで業務を引き継いだこともあり、設立当初は「細部については担当者がわかっていればOK」というスタイルだった。ところが、その後メンバーも3人から7人に増え、いよいよ情報共有が重要なフェーズになってきた。書類の記入事項や外注先に頼む作業範囲といった細かな点も、認識がバラバラだと、トラブルに繋がりかねないからだ。
カギを握るのは「業務の棚卸し」
最初に取り組んだのは、業務全体の「見える化」だ。ITベンチャー出身で、業務プロセスの分析・効率化をする「プロセスマネジメント」を手掛けてきた田畑さんは「現状がわからなければ、改善はできない」と考えた。
その第一歩として、田畑さんはトップダウンで号令をかけ、社員に業務の棚卸しをさせた。業務効率化では、ここが意外と難しい。担当業務をバッチリ理解していても、いざ「リストアップしろ」と言われると面倒だし、「業務の棚卸し」をしている時間は、どうしても通常業務の手が止まってしまうからだ。
「業務の棚卸しでは、みんなが安心して取り組める環境作りが何よりも大切です。社員には、こう話しました。『いま優先してやるべきことは、これ。それで通常業務が回らなくなったとしても、仕方ないよ』と」
次のステップは、そうして各担当者が棚卸ししたものを、情報共有することだった。
情報は、「シゴトのやり方(作業手順)」と「いま取り組んでいるシゴトの状況(作業状況)」に分け、ITツールで見える化した。
作業手順については、いわゆる社内Wikiで管理することにした。利用したのは「Docbase」というツールだ。
一方、誰が・どんな仕事を・どんな目的で・いつするか、進捗はどうなっているかといった「作業状況」については、プロジェクト管理ツールの「Redmine」に書き込むことにした。これによって一人ひとりが、すべての関連タスクを、一目瞭然で理解できるようになった。
森林管理をRedmineで行うまで
先々の見通しが立てば、業務の流れもスムーズにしていける。それには、Redmineによるプロジェクト管理がとくに重要だ。
ここで百森が手掛ける、森林管理業務について説明しておこう。
メイン業務は、成長の悪い木を伐倒し、間引く「間伐」だ。それには、次のようなフェーズがある。
間伐に向けた調査・設計
業者さんに施業を発注
業者さんの施業状況を監督
業者さんの施業結果を検査
いずれのフェーズも「現場」という場所ありきだ。そこで、Redmineでは「現場」を1つのプロジェクト単位とし、作業フェーズごとにタスクを洗い出して登録することにした(Redmineではタスクを「チケット」と呼ぶ)。
さらに、現場の地図や写真を確認できるようにし、紙でも出力可能にした。電波の届かない現場で、業者さんとやりとりする時のためだ。
Redmineからは、適宜Docbaseにリンクを張り、作業手順の詳細がすぐに確認できるようにしている。
タスク管理のキモ、「言語化」のトレーニング方法
業務の棚卸しをし、こうした管理体制を整えるまで、2か月を要した。その後は「森林管理の各フェーズに限らず、タスクは何でもRedmineでチケット化する」という目標を社内で立てた。ただし、抱えているタスクすべてを言語化するのは、それほど簡単ではない。そこで言語化のトレーニングのため、「アドベントカレンダー」を使って持ち回りで記事を書いた。
社員が新しいルールに慣れるまで、半年ほどかかったという。
“見える化”のもたらした変化
こうした“見える化改革”で、どのような変化が起きたのだろうか。まず、減ったのは「作業のやり直し」と「残業」だ。
「やり直し」が減ったのは、成果物の品質基準や必要書類、作業手順などが、すぐに確認できるようになったからだ。
「残業」が減った理由は、業務の見通しがつくため、アルバイトの手配がしやすくなったことと、情報格差が減ったので「特定の担当者」にシゴトが集中しなくなったことが大きい。
いま、百森は「Redmineをもっとうまく使う」ための取り組みをすすめている。 “Redmine警察”的なポジションを作り、「チケットがうまく書けていないよ」「このあたりはどうなっているの?」と週1回パトロールしてもらう。加えて、グループごとの打ち合わせを2週間に1回設定し、チケットの内容や書くべきチケットについても話し合っているという。
最近は、作業時間の予想と実態もRedmineで管理するようになった。「この作業にはこれぐらいの時間がかかりそうだ」という予測力が上がれば、先々の見通しがさらに正確になってくるからだ。
ITツールの導入で森林管理の見える化に成功し、ネットで注目を浴びた百森。その事実をどう捉えているか田畑さんに聞くと、次のような答えが返ってきた。
「うちの課題は多くの組織と共通していて、林業だから特別ということはないと思います。業務効率化は大変で、きれいな話ばかりではありません。だから情報公開に積極的なIT業界以外からは、あまり話が出てこない。けれど、やっている組織は他にもあるはずです。そういう事例が、これからたくさん出てくるとうれしいですね」
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