父親が就活妨害、内定ゲットしても「趣味を仕事にするな」「親不孝」と全否定 「大失敗だった」と嘆く男性【前編】 | キャリコネニュース - Page 2
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父親が就活妨害、内定ゲットしても「趣味を仕事にするな」「親不孝」と全否定 「大失敗だった」と嘆く男性【前編】

男性が一浪して地元の中堅私立大学に合格したのは1992年のこと。「第二次ベビーブーム世代」で、今では考えられないほど競争が激しい時代だった。男性は「関関同立」と呼ばれる関西の上位私立大学群のうち1校にも補欠合格したが、「貧乏だし浪人したからと私1人の判断で地元に入学」することにした。

こうして地元大学に入学し、写真部サークルに入った。そこで4年生の先輩から「写真に詳しい」という理由でアルバイトを2つも引き継ぎ、卒業するまで続けた。

「1つは某カメラメーカーの店頭販売ヘルパー、土日は量販店でカメラの販売接客をしてました。もう1つはスポーツ紙のカメラマンアシスタント。プロ野球の写真を撮ったり現像したりデスクへ写真を伝送したり。ホームゲーム全試合担当しました」

とバイトに勤しんでいた様子。そんな男性も大学3年生の後半になり就活を意識するが、サークルの部長の後を継いで「『学友会の役員になってくれ』と先輩から三顧の礼を受け、仕方なく4年は書記長というナンバー2の職務をやった」という。

その頃、同級生は就活に励んでおり、「100社応募した」「ぜんぜん募集がない」と厳しい就活状況を耳にした男性は、焦りを覚えたのだろう。コネ入社を期待して父親に「どこか応募できないか」と聞いてみたものの、「それはできない」と断られてしまった。

結局、男性は学友会の役員とバイトが忙しく、「普通に応募したのはほんの数社」と就活に専念できなかった。数少ない応募先からは、全く音沙汰がなかったという。しかし、捨てる神あれば拾う神ありと言える出来事がこのあと起きた。

「アルバイト先の2社から『辞めずに続けてくれてるから応募しなよ』とお言葉をいただき、カメラも作る有名メーカーとスポーツ新聞カメラマンの2つを応募した」

長年勤めたアルバイト先の2社とも応募を促してくれたことが、男性はうれしかったのだろう。父親にも報告した。ところが父親は「地元の家はお前が継がないと困る」と言い、地元企業への就職を勧めてきたようだ。

男性は「地元の企業は募集がない」と説明するも、父親は「それでもダメだ」と話が通じない。男性は再び「なら地元の企業にコネはないか」と聞いたが、やはり父親は「それはできない」と。そうこうしているうちに、アルバイト先の2社から受験会場と面接の連絡が届いた。父親の理解は得られなかったが、「バイト先でお世話になっていてどんな仕事もある程度わかっていているので2社受けた。収入は必要だし」と男性は当時の心境を書いている。

するとアルバイトでの働きぶりが評価されたようで、「カメラマンの選考はどんどん進み、認められて内定をもらった」という。しかし父親の反応は男性の想像を超えるものだった。

「そうしたら父が『趣味を仕事にするな』とか、親戚中に『カメラマンになる親不孝』とか言ったらしい」

父親の言葉に男性は深く傷ついたことだろう。このあと、もう1社の有名カメラメーカーからも一次試験と面接の連絡が来たが……。

「メーカー本社から電話を待っていたら、父が出てしまい、なんと『失礼なやつだ』と言って私に電話を取り次がなかった」

男性が父親のしたことを知ったのは2、3日後のことだった。カメラメーカー本社の人事に直接お詫びをするため、男性は新幹線に飛び乗った。【後編へ続く】

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