意識朦朧の選手を大写しにする箱根駅伝に「お茶の間残酷ショー」との批判 「日本に過労死が多い理由が分かる」という声も
今年も有力大学の選手が襷を渡すために、ボロボロになりながら走る場面が見られた。特に7区では、最後方の上武大学の選手が、首を大きく振りながら意識朦朧状態になり、地面に手をつくシーンも。
中央学院大学の9区の選手も、胸を押さえてよろめきながら走り、襷を渡すとそのまま倒れこんでしまった。そのため、ネットでは「連帯責任の権化みたいなスポーツだよね。熱くなるのも気持ち悪いと感じるのもわかるな」という意見も相次いだ。
「駅伝、甲子園、AKB総選挙はお茶の間の三大残酷ショー」
「快調に走っている人はともかく、なんか倒れそうな感じでよろよろ走ってる人ってこっちまでつらくなって見てられないんだけど、あれは映す必要あるのかな・・・」
ほかには「これは本質的に邪悪だと思った。アナウンサーがまたひどかったんだ」という指摘もある。前述の上武大学の選手に関しても、アナウンサーがドラマチックに実況していた。
「首が揺れています! ああっ!もう一度胸の辺りを押さえた! なんとか踏ん張ってこらえました! 堪えられるか! 意識はないかも知れません、視点は定かではありません。ただ伝統の襷を平塚に運んでいきたい、という思いが突き動かしています」
「好きでやってるんだからいいだろ」との指摘もあるが
この選手は、幸いにも最後まで走り切ることができたが、ときにはドクターストップが必要な場合もある。確かに、これを感動的なものとして楽しむのは危険かも知れない。
もちろん、匿名ダイアリーへの反論もある。小中学校の組体操のように全員強制参加でやらされているならともかく「部活なんだし、大学生だし、好きでやってるんだからいいだろ」というのだ。そもそも「長距離自体が限界に挑むスポーツ」という見方もある。
しかし冬空の下で大学生が限界に挑む様子をコタツに入って楽しむ行為は、高校球児が炎天下で汗だくになっている様子をエアコンで涼みながら見ている姿と同様、グロテスクといえるかもしれない。
また、悪いのは箱根駅伝ではなく、あくまでも民放の過剰な演出、という指摘も少なくない。こうした見方は以前からあり、識者からも「テレビが選手を潰している」と声が出ている。
早大時代、1978年から4年連続で箱根駅伝に出場した時事通信社の滝川哲也氏は、時事ドットコムの箱根駅伝特集コラムの中で、近年、ブレーキする選手が増加している要因として「テレビで完全生中継化されていることが挙げられる」と語っている。
テレビの「完全中継」のせいでブレーキ起こす選手が増えた?
かつては技術的に、最終区間だけしか生放送できなかったが、完全中継されるようになり、箱根駅伝に出場すれば、テレビに出られるようになった。そのため、走りたいがゆえに本番前日に風邪や小さな故障があっても、監督やコーチに申告しない選手が増えているというのだ。
「その程度であれば指導者も見抜くことは極めて困難である。無理を押して本番に臨んだがために、ブレーキという惨劇を生んでしまう」
滝川氏は、完全中継によって箱根駅伝は国民的イベントにまで高められた、としながらも「一方で『テレビの魔力』に押しつぶされてしまう選手が毎回生まれてしまうのも現実なのだ」と結んでいる。
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