「風俗嬢の見えない孤立」に共感――誰もが生きやすい「自己紹介で所属先をいわなくてもいい社会」
『風俗嬢の見えない孤立』(光文社新書)は、「どん底にある女性たち」の悲惨なエピソードを紹介するルポではない。むしろ、そうしたネガティブ一辺倒のイメージを取り払い、「性風俗」という強烈な爆煙の後ろに隠れている人々の実情を明らかにし、日本社会全体の課題を説く新書である。
著者の角間惇一郎氏は、風俗嬢のセカンドキャリアを支援する一般社団法人「GrowAsPeople」の代表理事。2010年に起きた大阪の二児置き去り死事件をきっかけに、それまで勤めていた大手ゼネコンを辞め、夜の世界の課題解決に身を投じた稀有な人物だ。
経験とデータを元にした文章はわかりやすく、なにより問題に対する考え方について視野を広げてくれる本だった。(文:okei)
見落とされがちな出口、「辞める時」を支援することの重要性
角間氏が5000人以上の風俗嬢と関わるなかで見えてきたのは、メディアでよく見る「貧困で風俗に落ちた女性」は、実は少数派(2割ほど)だということ。調査によって多数派と分かったのは、「収入は困らない程度にあるが、職業意識は低い」「普通の女の子でありたいと思っていて、”夜の世界”は黒歴史と考えている層」で、6割にも及ぶ。
彼女たちは、普段はそれほど困っていないが、立場の開示を求められる場面に遭遇するとたちまち困窮してしまう。妊娠や出産、介護で病院を受診しなければならないとき、「バレたくない」がゆえに行政にも周囲にも助けを求められず、孤立を深めて生活が破たんしてしまう。問題が悪化しきって悲惨な事件なってしまう恐れもある。
40歳を過ぎて風俗嬢を辞めたいと思ったときにもまた困難が立ちはだかる。転職しようとしてもキャリアがなく、「職歴を明かすことができない」という大きな壁がそびえている。そんな人たちを、余力があるうちに支援していくのがGAPというわけだ。
正直、筆者はこの本を読むまで「風俗嬢の行く末」を具体的に考えたことがなかった。貧困女子を描いた書籍や記事を読んで暗然とし、ただ漠然と「大変だなあ」と感じていただけだ。筆者も含め世間は、ともすれば「なぜ風俗嬢になったのか」や「ここまで落ちてしまった悲惨さ」にばかり注目しがちである。
しかし角間氏は、そんな「貧困コンテンツ」に辟易しているようで、そこばかり取り上げては問題の一面しか見えず、別次元で困窮している多くの人を見落としてしまうと警鐘を鳴らす。
過去を責めたり「自業自得」とジャッジしても意味がない
だから支援のあり方は、「入口より出口が大事」だという。つまり、自分の意志で「なんとなく」始めたような人も「自業自得だ」などと責めず、分け隔てなく円滑に辞めるための手助けをしているのだ。
「自業自得の人には支援なんてしなくていいのでは」との批判もあるが、角間氏の言い分はこうだ。
「納得のいく相手だけを選り抜いて助けるという行為は、どんなにもっともらしい理屈を並べ立てようと、結局は自分の『スッキリ』や『ざまあみろ』のためでしかありません」
この言葉は、他人の行動を勝手にジャッジして批判する風潮のある昨今、痛切に胸に響いた。批判や同情よりも、問題を抱えた人に必要なのは、「個別のニーズに沿って淡々と行う支援」なのだ。
「身分を開示しなくてもいい社会」閉塞感の打開を目指す
加えて角田氏は、夜の世界の課題は「昼の世界の価値観の写し鏡」とも指摘する。バレたくない風俗嬢が困窮・孤立していくのは、「この社会において、人の立場は開示されるのが当たり前」という価値観があるからだという。
これも目から鱗だった。これまで「昼の世界」は、「会社や学校、どこか真っ当な世界に属していて当たり前」という強固な価値観で人々を縛りつけ、相当息苦しい社会にしていたのだ。
そこでGAPが目指すのは、「自己紹介で所属先をいわなくてもいい社会」だという。確かに、風俗嬢だけでなく「自分の過去のせいで未来に進めない」という人は、今の世の中大勢いる。ニートや鬱で長期休職した人、長年専業主婦だった人にも当てはまるのではないだろうか。
「履歴を問わない」は、求人において難しい事柄だとは思うが、まずはこうした価値観の提示自体に意味があり、実際に協力企業もあるようで、希望を感じる内容だった。
「自分は風俗なんて関係ない」という人や、ボランティアや就業アドバイザーにも読んで欲しい。それぞれの胸にぐっと刺さる言葉に出会える一冊だと思う。
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