長時間労働が過労死・過労自殺のリスクを跳ね上げることは知られているが、明石氏は「残業代がブレーキになる」と説く。残業代がきちんと払われれば、企業はコストのかかる長時間労働を嫌うからだ。残業代は”金の問題ではなく、命の問題”だという。
ところが、まず驚かされるのは、労働者を守るはずの労働基準法が恐ろしく緩いこと。著者は「甘すぎる罰則」や「そもそも罰則すらない」「取り締まりがゆるい」ことを厳しく批判している。
例えば、企業が時間外労働の規定を破った場合の罰則は「懲役6ヶ月または罰金30万円(労基法119条)」だ。懲役刑が科されることはまずないので、事実上は罰金のみ。それすら、めったに適用されることはないという。
この罰則の異常な軽さを分かりやすくするため「著作権法」「特許法」「金融商品取引法」という3つの法律と比べている。いずれも個人に対しては「10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金」、法人に対しては最高で「3億円」、金融商品取引法の場合は最高「7億円」にも達する。
「これらと比較すれば、30万円など無に等しい。これら3つの法律に共通するのは、このように罰則を重くしないと、企業の営業活動に大きな支障が出る点であると思われる。他方、その企業を支える労働者に対する保護は、恐ろしいほどに軽く見られている。『企業優先、人命軽視』というこの国の姿勢が透けて見える」
と著者は激しく糾弾している。
国際比較で浮き彫りになる、日本の低迷
問題はこれだけに留まらない。「みなし・固定残業代」「管理監督者」「裁量労働制」など、挙げればきりがないほど様々な「ウソ」を用いて、企業は残業代をカットしようとしている。
この結果、多くの人が長時間労働、低賃金にあえいでいる。国際比較のデータでこの20年日本だけが賃金が伸びていないこと、日本の購買能力が、韓国やスロベニア、マルタ島よりも低いという現実には、怒りを禁じ得ない。
労基法が守られなければ労働者の地位は安定せず、消費も伸びず、企業の売上に響く。結婚や出産も遠のき少子化が加速、さらなる需要の縮小をもたらす。「いま日本で起きていることそのもの」という指摘に、目の前が暗くなりつつ納得してしまう。
元凶は「目先の利益を優先する財界」「自民党の癒着」
つまり、本書の肝は、単なるブラック企業批判ではない。こうした「日本の低迷の元凶は、目先の利益を優先する財界と自民党の癒着である」と著者は言い切る。
長きに渡る自民党政権下で、労働者派遣法の施行や高度プロフェッショナル制度など、企業側だけが得をする法改正が次々に行なわれてきたと指摘。経団連が政府に求め続けた通り、法人税がピーク時は43.3%だったものが23.2%まで引き下げられた一方で、消費税は上がり続けた。著者は
「『人間を安くこき使いたい。いらなくなったらすぐ切りたい。税金は払いたくない』という経済界の要望が着々と実現されてきたのである」
と説いている。本書を読むことで、なぜ政府がここまで財界の要望をかなえ続けるのか、知ることができるとともに激しい怒りも湧いてくる。結局、強いものが弱いものを搾取するという構図ができあがっているのだ。
ただし、本書は問題を指摘するだけで終わらない。「残業代の割増率を2倍に引き上げ」「過労死致死傷罪の創設」など、労働者を守るための法律強化をはじめとする、26もの改善策を訴えているのだ。これらが少しずつでも実現できなければ、日本はもはや沈み行く泥船ではないだろうかとすら思う。私たちは、知ること、闘うこと、自分を含め大切な人を守ることを諦めてはならないと、強く感じる一冊だ。