電力会社も自社のDX化を推進 東京電力HDが取り組む「TEPCO DX」の人材戦略とは?
DX(デジタルトランスフォーメーション)推進の流れは、企業ではもはや当たり前となっているが、電力会社も例外ではない。 東京電力グループでは、顧客情報や設備等を基軸としたデジタル化と、企業価値を高める業務変革に向けて、「TEPCO DX」を推進している。持ち株会社である東京電力ホールディングスは「2025年度に、DXを担う人材を6,000人(全社員の約2割)に増やす」方針を示した。
電力会社におけるDXとは、具体的にはどういったものなのだろうか。また、多くの企業がDX人材の獲得に奔走する中、同社ではどのような活動を行っているのだろう。東京電力ホールディングス DXプロジェクト推進室 副室長の笹川竜太郎さんにお話を伺った。(聞き手・文:藤間紗花)
トヨタの「カイゼン」とデータ分析やデジタル技術を掛け合わせた「カイゼン×デジタル」へ
――昨今、製造業や小売業をはじめさまざまな企業がDX化を進めていますが、電力会社である御社におけるDXとは、いったいどういったものなのでしょう。
東京電力グループでは、福島第一原子力発電所事故への責任を果たすためにも、「稼ぐ力」と「企業価値」を高めることが最重要であると考えています。そのために、経営理念に掲げる「安心で快適なくらしのためエネルギーの未来を切り拓く」ために、カーボンニュートラルや防災、安定供給を軸とした新たな価値創造を目指し、DX活動を進めています。
具体的には、お客様や電力設備等の経営基盤を軸としたデジタル化を進め、データ駆動に基づくビジネス変革を実現する「TEPCO DX」を進めています。以前からトヨタ自動車出身の方を当社の特任顧問として招き、生産性を向上する「カイゼン活動」を全社員が取り組んでおり、当社の企業文化としても根付き始めています。これからは、データ分析やデジタル技術を掛け合わせパワーアップさせた「カイゼン×デジタル」によって、皆様に新たな価値をお届けできるよう邁進しています。
――「カイゼン×デジタル」では、具体的にどのような取り組みをしているのでしょうか。
例えば、水力発電におけるダム水中部のワイヤーロープ点検があります。これまではダムの水を抜くか、潜水士が潜って点検を行っていましたが、水中ドローンを活用することで、安全性と効率性の向上とコスト削減を実現させることができました。
同じように、送配電部門において、お客様情報や設備情報、巡視状況を地図上に一元的に可視化することで安定供給の確保や災害対応を実現する取り組みや、建築部門におけるBIM(※)を活用した現場の3Dデジタル化による設計検討業務のカイゼンにも取り組んでおり、東京電力グループ全体で「カイゼン×デジタル」を推進しております。
※BIM:Building Information Modelingの略。コンピューター上に現実と同じ建物の立体モデルを再現し活用する仕組み。
――DX化を進める中で、現在課題となっていることはありますか?
DXを推進するためには、データ基盤の整備やデジタル技術の活用がポイントになります。当社は約2700万軒のお客様情報や、約600万本の電柱などの膨大な設備を管理していますが、単純なデータ化、デジタル化ではなく、有益な情報として扱えるようなデジタル化が必要で、これが現在の課題だと考えています。AIやセンサー、3Dスキャナー、ドローン等を組み合わせながら、価値創造に繋がるデジタル化を目指して試行錯誤しています。
変革マインド醸成は全社員が対象。新たな人材のスキルと掛け合わせ加速化へ
――「TEPCO DX」の取り組みの1つとして、DX人材の育成に注力されているそうですが、具体的にはどのように取り組まれているのでしょうか?
我々が所属する「DXプロジェクト推進室」をはじめとするDX関連組織が設置され、DX人材の育成を開始してから3年が経過しました。
初めの2年間は、データやデジタル技術に興味を持つ社員を対象としたマインド醸成と、データ分析人材の育成に注力しました。素養があり、かつ熱のあるアーリーアダプターを発掘して、机上研修や講座等を継続的に提供するとともに、実践の場としてデータ分析のコンペを開催しました。コンペには約420名が参加し、今でもそのコミュニティは継続しており、有益な情報交換の場になっています。
昨年度からは、DX活動の中核を担う人材戦略を策定するとともに、DXを全社員参加側の変革活動へ拡大する取り組みを進めています。約3万人の全社員を対象に「DXの考え方を学ぶといった基礎研修」を実施することで、一部の社員が取り組んでいたDX活動を全社員が自分事として取り組める風土醸成も行っています。さらに、新入社員や役職任用等の機会をとらえた階層別研修に、DXカリキュラムを追加する工夫も進めました。
今年度、社員1人1人がより自律的にリスキリングする環境を構築するために、オンライン学習プラットフォームの整備や、より実践に近い形での体験型教育カリキュラムを整備し、2025年度までにDXを推進する人材を6,000人(全社員の約2割)育成することを目標としています。
――現在DX関連組織に所属されている皆さんは、もともとはどのような部署でご活躍されていたのでしょうか。
現在、私が所属しているDXプロジェクト推進室には20名弱のメンバーが在籍していますが、経歴はさまざまです。
私自身を例に挙げますと、入社は変電設備の運用・保守を行う現場でしたが、人財公募制度を利用して社外に出向し、インターネット上のコンテンツビジネス関連業務を経験しました。その後、電力制御系のシステム開発・導入対応や人事部門における技術系採用担当を経た後、現在のDXプロジェクト推進室に配属されました。
――新たなDX人材の確保に関しては、どのように取り組まれていますか?
より専門能力の高いキャリア採用の拡大や、新卒採用のチャネルの拡大、入社後の配置・育成に関する新たな取り組みを実施しています。
キャリア採用では、データサイエンティストや、ITシステム系の業務経験がある方、もしくは、会社の中で大きなプロジェクトのマネージャーの経験者などを求めています。しかし、当社としては多様性を重要視しており、特定の業種や職種に偏ることなく応募いただいています。
また、当社は電気の供給エリアが首都圏に限定された企業というイメージを世間的に持たれているかと思うのですが、近年では、事業の場も拡大しており、海外事業の展開や他国籍の方の採用枠の拡大など、広く外に打って出るような取り組みもしています。
DXの人材確保に向けた新たな戦略へ
――さまざまな企業がDX化を進める中で、優秀なデータサイエンティストやエンジニアなどの確保にあたっては、競争率が高くなっているのではないかと思います。採用活動において工夫されていることはありますか?
当社と採用市場で処遇水準の差が生まれてしまうのは、応募者の方にとってネックになると思いますので、特に高度な専門性を有している方については、その成果に応じたダイナミックな処遇制度を適用するなど、人材確保に向けた制度見直しを継続的に進めています。
また、採用チャネルの拡大も意識しています。5年ほど前には、エージェント様を通じての募集しか行っていなかったのですが、近年ではリファラル採用も拡大しています。
――新卒採用に関しては、インターンシッププログラムにDXコースを新しく設けられたそうですね。
こちらのコースは、多くの学生さんに興味を持っていただき、文系・理系問わず、たくさんの応募をいただきました。「東京電力において、どのようにDXを推進すればいいか」をテーマに、グループごとに検討して企画を立ち上げるというワーク型のプログラムを行ったのですが、参加者からとても好評で「DXについて理解を深められた」「参加型のインターンで良い経験になった」「社員とふれ合えてよかった」というお声をいただきました。
そのほかに、当社のDXに関するPR動画の公開など、当社の取り組みを知っていただくことに力を入れております。
――御社の認知度が高い分、新たな取り組みについて知ってもらうということは、人材採用においてかなり重要になりそうですね。
その通りです。当社では、実際に入社していただく、いただかないにかかわらず、面談の場で当社のいいところと悪いところをきちんとお伝えするようにしています。せっかくエントリーいただいたご縁ですし、採用の場も、当社について知っていただけるまたとない機会です。企業が応募者の選考をするというだけでなく、応募者にも当社を理解したうえで、入社判断していただきたいと思っています。
また、DX人材確保の必要性は高まっていますが、DXが意味する範囲は広いため、まずは当社の中で「DX人材とはどのようなものなのか」をしっかり定義付けて、それに沿った戦略を立てることが重要だと考えています。
さらに、DX人材においては、その人の持つスキルだけではなく、変革マインドも重要視しています。資格や経験などスペックだけではなく、実際にお話しして変革に対する気持ちや考えを確認させていただくということも大切にしています。当社は長期間での人材育成を想定しており、マインドのすり合わせは疎かにしてはいけないと考えています。
【プロフィール】 笹川竜太郎(ささがわ・りょうたろう) 2000年入社。変電設備の保守・運用を経て、社内人財公募制度でインターネット上のコンテンツビジネスを経験。その後、電力システムの開発・導入業務、人事部門における採用業務、賠償業務、グループ会社における海外ビジネス業務を経て、2023年7月より現職。