国内最大級のユーザー数を誇る中小企業向けビジネスチャットを擁するChatwork(チャットワーク) が、2024年7月に社名をkubell(クベル)に変更しました。あわせて、2026年までに「中小企業No.1 BPaaSカンパニー」を目指す中期経営計画を発表しています。
さらなる成長を目指す裏には、どのようなねらいがあるのか。実現に向けて、現在どのようなポジションで、どのようなキャリア採用に注力しているのか。同社ピープル&ブランド本部の吉成大祐さんに話を聞きました。(構成・文:水野香央里)
「働く人を支援するプラットフォーム」実現に向けて
――御社の近況を教えていただけますか。
2004年の設立から、今年(2024年)で20周年を迎えました。2011年3月にクラウド型ビジネスチャットツール「Chatwork」をリリースし、2019年9月に東証マザーズ(現グロース)への上場を果たしましたが、大きな転機となったのがコロナ禍です。
2020年4月の緊急事態宣言により、多くの人が在宅勤務を経験しましたが、これをきっかけにオンライン会議やビジネスチャットでのコミュニケーションが身近なものとなり、企業のDX推進へのニーズも急速に高まりました。
このような環境変化を追い風に、2024年6月末時点で「Chatwork」 はおよそ59万社、705万を超えるユーザーに利用される国内最大級のビジネスチャットに成長しました。連結売上高は大幅成長を続け、従業員数は上場時の約 100人から、グループ全体で520人あまりに増えています。
「Chatwork」のユーザー数も705万を超え、有料ユーザーの97.2%は従業員数300人未満の中小企業が占めています。このような圧倒的なシェアを背景に、長期的には新しいサービスを組み合わせ、あらゆるビジネスの起点となる「ビジネス版スーパーアプリ」としてプラットフォーム化していくことを目指しています。
――新しい社名の「kubell」にはどういう思いが込められているのでしょうか。
新社名には「働く人の心に宿る火に、薪(まき)をくべるような存在でありたい」という思いを込めています。この背景には、当社が以前から掲げているミッション、ビジョンが強く関係しています。
私たちはもともとビジネスチャットだけの会社を作ろうとしていたのではなく、事業のすべては「働くをもっと楽しく、創造的に」というミッション、「すべての人に、一歩先の働き方を」というビジョンを実現する価値を提供するために行っていることです。
人生の大半を過ごす「働く」という時間を、もっと楽しく、創造的なものにすることで、人生を充実感のあるものにし、より社会を豊かにすることを目指しています。そのためにも、一部の先進的な人だけでなく、世界中で働くあらゆる人が、自分自身の働き方を常に一歩先へと進めていけるプラットフォームを提供したいと考えています。
このような考え方に基づき、ビジネスチャットという強力でダイレクトなタッチポイントを通じて顧客課題を解決するアプローチやサービスを提供すべく、「BPaaS(ビーパース)を中心とした『働く』を変えるプラットフォームを提供する会社」へ変わろうとする姿勢を打ち出すために社名を変更したという経緯があります。
効率化した業務をソリューションとして提供
――今後展開を強化していく「BPaaS」とはどんな事業なのでしょうか。
BPaaSは「Business Process as a Service」の略で、ソフトウェアの提供ではなく業務プロセスそのものを提供するクラウドサービスのことで、クラウド経由で業務アウトソーシング(BPO)が可能となるものです。
当社のBPaaS事業は、「Chatwork」を起点に中小企業の総務や経理、労務などの業務プロセスを提供するクラウドサービスです。もともと社内には、「Chatwork」を中心として勤怠システムやカレンダーなどをSaaS(Software as a Service)的に連携し、様々なDXサービスを提供していく構想がありました。
しかし、中小企業のお客様の課題や現状に向き合えば向き合うほど、そのようなサービスだけでは解決できそうにないことが分かってきました。中小企業のマジョリティの方々には、大企業のようにITツールへの投資資金や運営担当者の余裕が豊富になく、社内にITツールを使えるユーザー人材も少ない、という悩みがあるからです。
それならば、当社がお客様の業務をプロセスごと巻き取って、お客様の代わりにSaaSなど複数のITツールを活用して業務を効率化し、効率化した業務そのものをソリューションとして提供できれば、お客様が抱える課題を解決できるのではないか、という考えに至りました。
――お客様の業務プロセスを代行することで、結果的に 業務のDXが実現し、生産性が向上するということですね。
日本の高齢化率(65歳人口が総人口に占める割合)は現在約3割と、世界で最も高くなっていますが、この傾向は今後も進み、労働人口のさらなる減少が予想されます。そのような中で日本社会を発展させるためには、労働生産性の向上が必要です。
日本の労働生産性の伸び悩みは特に中小企業で顕著で、大企業との差は拡大し続けています。この課題を解決するためには、日本の労働人口の7割、事業者数の99.7%を占める中小企業をDXで支援し、生産性を上げていくことが欠かせません。
3つの戦略で「中小企業No.1 BPaaSカンパニー」目指す
――「中小企業No.1 BPaaSカンパニー」は非常に高い目標ですが、どのような道筋で実現していこうとしているのでしょうか。
大きく3つの戦略を掲げています。1つ目は「コミュニケーションプラットフォーム戦略」で、製品主導によるPLG(Product-Led Growth) によって「Chatwork」のユーザー数と売上高を拡大し、プラットフォームとして成長させることを目指しています。
「Chatwork」は非常に多くの方にご活用いただいていますが、ビジネスチャットの国内普及率は現状19%ほどで、まだまだ拡大の余地があるマーケットと認識しています。
2つ目は、先ほどから説明している「BPaaS戦略」で、「Chatwork」が持つ強力でダイレクトなタッチポイントを活用し、中小企業から業務プロセスごと巻き込み、経営における幅広い領域での本質的なDX実現を目指します。
3つ目は「インキュベーション戦略」で、これまで獲得してきた独自の資産やポジショニングを活かした新規事業や、AIを活用した研究開発、顧客属性が 重なる会社への投資やM&Aなどを行っていくことで、さらなるコア事業の創出や非連続な成長の柱となる付加価値を創造していきます。
――そのような戦略を推進する中で、現在どのような中途採用に注力していますか。
年間採用人数は公表しておりませんが、エンジニアからセールスやマーケティング、事業開発、コーポレート部門まで、全方位的に幅広く採用活動を行っています。「Chatwork」を製品主導で拡大する一方で、BPaaS事業は 組織成長と事業成長が連動するため、採用人数のボリュームは一番大きくなっています。
――BPaaS事業の課題はどんなところにありそうですか。
事業を始めたばかりなので、現時点ではさまざまな中小企業のお客様のビジネスプロセスを理解し、どのようにDXを進めていくのが一番効果的なのか、お客様と個別に相談しながら進めているところです。
人手の余裕がない中小企業では業務が属人化しがちで、マニュアルが作成されていない場合が少なくありません。業務の実態を把握し、分析整理することで、不要な工程を見つけたり、効率的な方法を見つけたりしています。一方、個別対応やイレギュラーが増えるほど運営コストがかかる面もあり、業務を「型化」し、効率化を図ることが課題となっています。
答えのない問いを「面白そう」と思える人に
――求める人材像のようなものはありますか。
これまでBPaaS事業について説明してきましたが、事業の柱としてはまだまだ確立途上です。「Chatwork」は中小企業をクライアントとして多くのユーザーを集めていますが、SaaSやBPOは現状大手企業への導入が多く、中小企業のお客様に対するDX支援で成功している事例は、まだほとんどありません。
したがって、さまざまな仮説を立てて検証し、評価を行い、また次の問いを立てることを繰り返しているところです。大企業でうまくいったからといって、中小企業でそれが通用するとは限らない。答えがない問いに対して、より正解に近いものを探せる能力や思考を持っている人、「難しそうだからこそ面白そう」と思える人に集まって欲しいと思っています。
――必要となる前職の経験などはありますか。
エンジニアやマーケティング、セールスなどそれぞれの専門性は必要ですが、採用の際にそれ以上に大切にしているのは、当社のミッションやビジョン、行動指針(バリュー)を理解し共感していただいたうえ、実際に体現していただけるかどうかです。
さらに、ミッションやビジョンの実現に向けた4つのバリューとして、「Take Ownership(自分ごとでやりきる)」「Playful Challenge(遊び心を持ってチャレンジ)」「Beyond Boundaries(越境し共に高めあう)」「Integrity Driven(チーム・顧客・社会に対して誠実に)」を共通の価値観として非常に大事にしています。
これらのミッション、ビジョン、バリューが、社内でさまざまな意思決定をしたり、行動を賞賛したり、お客様に価値を提供したりする際の基準になっていますので、これらを体現する人たちと一緒に働きたいと考えています。
東京・乃木坂のオフィスでハイブリッド勤務
――働く人から注目されることの多い「柔軟な働き方」についてはどうですか。
ワークルールにはかなり柔軟性を持たせています。年次有給休暇のほかに、フレキシブル休暇を1日分(1時間単位の取得が可能)、リフレッシュ休暇を5日分(同1日単位)付与しています。
すべての社員がリモートワーク可能で、社内でメインタイムと呼ぶ勤務推奨時間が10時から16時まで設けていますが、フレックスタイム制を採用しています。私も子どもがいますので、夕方は保育園のお迎えに行って、その代わりに朝早く働くようにしています。
そのような仕組みを整える一方で、事業としての価値を生み出すために会社集団をどう作っていくかを考えることも非常に大切で、対面で会って関係構築する大切さも感じています。このため現在は、出社とリモートを組み合わせた出社方針を定め、トライしています。
――出社のメリットを感じているということですね。
オフィスに出社してメンバーとより近い距離で仕事をすることは、組織の生産性を高めるために大切だと考えています。2024年7月にはWeWork 乃木坂(東京・港区)にオフィスを移転し、以前の2倍ほどの広さに拡張しました。オフラインとオンラインをうまく使い分けながら、組織としての団結力や強さを作っていきたいと考えています。
また、当社独自の福利厚生パッケージ「BENTO」では、業務環境のサポートとともに、育児と「働く」を両立するサポートや、自身の健康維持をサポートするメニューを提供しています。加えて、バリューを体現するサポートとして、書籍や有料Webサービス購入、スキル取得への補助や、社内勉強会の開催などをしています。
「ピアボーナス制度」では、バリューを体現した行動への賞賛を従業員同士で送り合い、受け取ったピアボーナスは手当として支給されるようになっています。このような取り組みを通じて「働くをもっと楽しく、創造的に」「すべての人に、一歩先の働き方を」といったミッション、ビジョン の実現を、社内でも大事にしていきたいと考えています。