事業戦略達成に強くコミットする人材確保を進める三井化学 スキルマッチ以上に重要視するポイントとは
国内有数の総合化学メーカーである三井化学株式会社は、2021年に長期経営計画「VISION 2030」を発表し、2030年に向けた新たな成長戦略を打ち立てた。各事業の社会課題視点の展開や事業領域の拡大に向けた取り組みを進める中で、新たな知見や技術を持つ人材が必要とされている。
転換期を迎えている三井化学にとって次世代を担う人材とはどのような人物か。また、コロナ禍において求める人材を獲得するために、どのような採用活動を実施してきたのか。人事部人材グループ採用チームの櫨山 義裕さんに伺った。(聞き手・文 千葉郁美)
「化学じゃない人」の獲得に多種多様な採用方法を駆使
――まず、御社の採用体制について伺います。コロナ禍を前後して採用体制や戦略には影響があったのでしょうか。
新卒採用人数は例年80名から100名ほどで、コロナ禍を前後しても特に変わりありません。新卒は安定的に採用していくことが非常に重要だと考えています。過去にはバブル崩壊やリーマンショックといった世界情勢の変化により採用を抑えたこともありましたが、それによって現在の会社の人口ピラミッドはいびつな形になってしまいました。そういった経緯から今回のコロナ禍を理由に新卒採用数を減らすという選択はしませんでした。
一方で、即戦力採用はここ1年で増員しています。直近数年は大体40名前後だったのが2021年は92名、2022年度については100名を超す採用が確定していて、過去最高となる見通しです。人員増加の背景は、団塊ジュニア世代の大量退職による世代交代を見据えた動きであることと、先に述べましたように「いびつな人口ピラミッド」を解消するべく、特に手薄となっている30代、40代を補強しようという狙いがあります。また、2021年に発表した長期経営計画の実現に向けて積極的に技術力を伸ばし、事業を拡大していくという明確な方針が示されましたので、それに必要な人材の確保に鋭意取り組んでいます。
――既存ビジネスの強化、そして新たな領域での事業拡大に向けた即戦力を必要とされているのですね。具体的にどのような人材を必要とされているのでしょうか。
たとえば、新たにICT領域に注力していこうとする上で、製品開発のために必要としているのは半導体関係の知識を持つ人材です。半導体を使うような電気電子メーカーで装置を作っていた経験があるような方や、我々の事業よりも川下の領域に知見を持った方を必要としています。事業の拡大にあたりモビリティに対するソリューションを提供していこうという動きの中では、自動車や自動車部品のメーカーで設計やマーケティングに携わった経験のある方を実際に採用しています。
またM&Aやアライアンスに対して積極的に取り組む姿勢になったこともありまして、推進する企画系の人材というのも当社にはない知見として求められています。各事業部の採用ニーズを取りまとめる立場としては、これまでに比べると「化学じゃない人」のニーズが増えているという印象があります。
――たしかに、御社に対する世間的なイメージとは繋がりにくい技術や知見を持つ人材ですね。そういった別分野の人材を御社に引き入れるには、どのような工夫をされているのでしょうか。
当社は化学メーカーとして比較的知名度が高いので、化学専攻の採用ではしっかりとした母集団形成ができています。しかし他分野となればそういった知名度は活かせませんし、そもそも認知されていないというケースもあります。そのため、ただ漠然と求人広告を出したり人材紹介を活用したりしても、求める人材の質と量を確保するのは難しいと感じています。
採用手法としては、直近ではスカウトやダイレクトリクルーティングが成果を上げています。また、2022年度からはリファラルを正式に制度化したことで、ビジネスの付き合いがある方ですとか大学時代の同窓で、違う分野を歩まれている方に当社を薦めてもらうという道もできました。人事のみで採用をすすめるのではなく、人材を欲しがっている職場自体がリクルート活動していくことが、人材の採用確度を向上させて今よりマッチした採用につながるのではないかと期待しています。現場を巻き込んだ採用活動に今まさに取り組みを始めています。
スキルセットを見ているだけではミスマッチが起こる
――コロナ禍、こと緊急事態宣言が発令された2020年度は、従来の採用活動がほとんど実施できない状況だったかと思います。そんな環境下でも御社は新卒100名前後、即戦力90名前後の採用を実現しました。採用活動にはどのような工夫をされたのでしょうか。
2020年3月以降はフルオンラインで、新卒・即戦力ともに一度も対面で会わずに選考を完結させるスタイルに切り替えました。コロナ禍の勢いが収まってきたタイミングに今後どうするかを検討してきましたが、面接そのものをオンラインで実施することに大きな不都合はなく、その後配属となる現場からもオンラインでは人物を見極められないといった声は特に聞かれません。
それはあくまで我々の視点であって、候補者の側も「この会社でモチベーションを持って働けるかどうか」を判断する必要があるわけですから、情報提供の観点で考えるとオンラインよりも一度は会って会社や人の雰囲気を直接感じてもらい、自分に合うか合わないかを判断して入社を検討していただく方がいいのではと考えています。実際に、候補者も会社の雰囲気を知りたい、会いたいとおっしゃる方が新卒も即戦力候補者も多いですね。
そうして今現在は、選考の中で1回は直接お会いする機会を設けることを基本的な方針として状況に合わせて使い分けている形です。
――オンラインだけでは会社の雰囲気や魅力を伝えることは難しい側面がありますね。選考後、採用決定から入社までの期間も内定者とのコミュニケーションにおいてはいかがですか。
内定を出した後には先輩社員との座談会や内定者同士の懇親会オンライン実施や、ワークショップを実施してチームビルディングを行うなど工夫してきましたが、やはり対面を超えるところまでのイノベーションは起きていないな、というのが正直なところですね。
全てが対面であればいいわけではなく、オンラインでできることはもちろんあると思いますが、お互いを知る、つながりを持つという部分において、会う機会があるのとないのとでは大きな違いがあります。オンラインの飲み会も一時流行しましたが結構早く下火になったのも記憶に新しいところです。やはりリアルな懇親に代わるようなテクノロジーは出てきていないと思っています。
――オンライン下での採用活動の中では従来の採用活動に比べて企業と候補者の双方にミスマッチが起こる可能性も高くなっているように感じます。ミスマッチを起こさないような工夫というのもされているのでしょうか。
当社は8年ほど前から中途採用を増やしてきまして、当初はミスマッチの事例もあったことからそれに対して試行錯誤をしてきた歴史が2016年度以降の年平均離職率1.5%の今につながっています。
施策の一つは面接の時の情報提供やコミュニケーションです。中途採用に関しては、配属された場合に実際に上司になる者が面接に同席して、職務内容や期待する役割、ミッションや仕事の進め方などは可能な限り説明して質疑を受けることを徹底しています。
また、研究職では、同業他社で活躍されていてスキルセットはバッチリ、即戦力として入社していただいたけれどミスマッチになったケースがありました。それはなぜかを調べていくと、「同じ研究」といっても、やり方が違います。たとえば1人1テーマで取り組んでいる企業もあれば、3人4人のチームで複数のテーマを同時進行し役割分担をして取り組んでいる企業もあります。研究は自分で実験まで行うのか、実験は専門部隊がいるのかとか。そういった求人票には現れない実際の仕事のプロセスの違いがミスマッチの理由にもなり得るわけです。
技術職ですと、どうしてもスキルセットにばかり目が行きがちなのですが、コミュニケーションや仕事の進め方のスタイルがフィットしているのか。そういったスキルではなく人物面をよく確認することで、ミスマッチを起こす可能性は減っていくのではないかなと思います。
また、入社後もすぐにオンボードして活躍していただけるように、2日間の研修を実施しています。研修では各部門の戦略をはじめとした会社の説明などをインプットすることと、社内のネットワーキングを図ります。中途入社ですと社内ネットワークの形成が非常に難しいものですので、同時期に入社した者同士は同期のようなかたちでつながりを持てるようにしています。
コロナ禍以前はリアルで実施していまして、懇親会には役員を呼んだりしてネットワーク形成を促していたのですが、コロナ禍以降はオンラインで行なっています。インプットすることはオンラインでも問題ありませんが、社員間ネットワーク形成においては思うような効果が期待できない状況で、今後の在り方を検討しています。
――なるほど、特に中途採用ですと、プロセスの違い一つがミスマッチの要因になりますね。また、入社後のネットワーク形成をサポートしていただけるのは心強いですね。そうした細かな部分に丁寧に対応することが、1.5%という大変低い離職率につながっているのですね。
採用からオンボーディングまで現場と人事が手を携えあう
――御社は長期経営計画を実現していく上で、これまでにはなかった新たな分野への取り組みが進められているところかと思います。多様な技術や知見を備えた人材を獲得していくために、どのような採用戦略で挑まれるのでしょうか。
長期経営計画の中には事業戦略を達成するための人材戦略を設定しています。その一つとして採用領域はキーポイントであり、間接部門として短期的なニーズだけではなく中長期的な人員バランスや、人材のポートフォリオがどうあるべきかをタイムリーに採用要件に反映させて対応していく必要があると考えています。
採用の現場としては採用体制そのものの強化や、多様な採用手法をもって現場のニーズにいち早く応えていくことが重要ですね。また、採用して終わりではなく、採用した方を速やかにボーディングしていくことが今後ますます求められていくと思っています。今当社には「化学じゃない人」がどんどん増えてきているわけですが、今後は働き方も、価値観や働く目的も多様な人たちが我々と一つの船をともにしていきます。その中でどうオンボードさせていくのか。そこは採用の担当部署としてしっかりと見ていきます。
――最後に、これからの御社にとって事業の成長に必要となる人材像はどのような人でしょうか。
全社の人材の方針として「自主・自律・協働」を掲げています。自主自律した人たちが協働するから組織として大きな成果が出せる、という考え方に基づいて人事施策を実行していますので、採用要件にも当然この方針が入ってきます。
当社は比較的、担当者が裁量権を持って仕事を回していくという文化がある会社で、上から1から100まで指示されてそれをやっていればいいということではなく、ゴールに至るプロセスや進め方は担当が考えて、上司を説得して仕事を進めていくスタイルが伝統的にあります。こういった形が「楽しい」と思える人でないと難しいところがあると思います。
自分でやりたいと思っていることや「こうしたい」という強い気持ちがある、そういったメンタリティがフィットしていると、楽しく働いていただけるのではないのでしょうか。
【プロフィール】
櫨山 義裕(はぜやま・よしひろ)
2008年三井化学入社。工場で生産管理を経験した後、樹脂原料の営業、開発、マーケティングに従事。
2017年より人事部に所属。新卒採用担当を経て、現在は採用チームリーダーとして新卒、及びキャリア採用を統括。