手話通訳者が描く未来地図。聴覚障がい者がスキルを発揮するために必要な就労環境とは | キャリコネニュース - Page 2
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手話通訳者が描く未来地図。聴覚障がい者がスキルを発揮するために必要な就労環境とは

▲事業所での面談風景

atGPジョブトレ大手町で就労移行の支援員を務める藤本 美樹は手話通訳者としても活躍しています。「聴覚障がいの方たちは、自分の第一言語で話せる環境があればクオリティーの高い仕事ができる」そう語る藤本の就労支援にかける想いや、これまでのあゆみを紐解きます。【talentbookで読む】

就労の第一歩は自分を知り、相手に伝えること──「第一言語」で学べる環境

私は現在、atGPジョブトレ大手町で支援員をしています。ここでは、聴覚障がいの方と発達障がいの方向けのコースを併設しており、コース別に就労移行支援サービスを提供しています。スタッフは総勢8名、利用者さんは常時約20名です。

スタッフはどちらのコースも支援していますが、私が主に携わっているのは2つ。聴覚障がいのある利用者さんたちの上司役として職業トレーニングの中で報連相を受けることと、ビジネスマナーとセルフマネジメントの研修講師です。

聴覚障がいのある方たちの中には日本語の読み書きが苦手だという方もいるので、職業トレーニングや研修を進めるにあたっては、いかに理解しやすいような形にアレンジするか、という点に気を配っています。使い慣れない言葉や見慣れない言葉が多いと、内容がさほど難しくなくても高度なものに感じてしまったり、理解にずれが生じたりしてしまいます。

また、ビジネスマナー研修においては、利用者さんの第一言語に合わせて、手話で学ぶかチャットで学ぶかをご自身で選択できるようにしています。第一言語とはその人が幼少期から自然に取得した言語のことで、聴覚障がい者の中には日本手話が第一言語の方もいます。日本手話は、音声言語である日本語とは異なる独自の文法体系を持った言語として、法的にも認知されています。

atGPジョブトレ大手町では、手話が第一言語である人、口話や筆談がいい人など、様々です。それぞれ自分に合った言語を選択して研修を受けることができるのが特徴です。

なぜビジネスマナー研修のみ第一言語を選べるようにしているのか……その理由は、ビジネスマナーは社会人として仕事をする上で核となる必須項目であり、どこに就職するにも必要になる知識です。それをしっかり身につけるためには、第一言語で学び、しっかりと理解することがとても重要だからです。

私も、上司役を務めるようになってから第一言語の大切さをさらに感じるようになりました。本当ならすべての研修がその人にとっての第一言語で受けられることが理想ですが、まだそこまでは至っていません。

聴覚障がい者には彼ら独特の文化があり、私たち健聴者の文化とは異なった文化の中で生きています。意外に思われるかもしれませんが、聴覚障がい当事者の方が、通所するまで自分たちの文化についてあまり知らなかった(または意識していなかった)ということも多いんです。そのため、その違いを知ることがビジネスマナー研修の核になると私は考えています。

つまり、聞こえない人たちが聞こえる文化を知ることと、自分たちの文化と違うことを相手に伝えられるようになることがとても重要なのです。

もちろんどちらが正しいという話ではなくて、両者の間にずれが生じていることを知り、そのずれを埋めるためにはどうすればいいかを考え、相手にもそれを知ってもらう必要があります。お互いのずれを知らないからこそ起きる摩擦や、無礼だと思われてしまう出来事の中には、「自分とあなたは違う」ということを上手に説明できれば理解してもらえることも多いと思っています。

atGPジョブトレ大手町は、和気あいあいとしていて、どの職員とも話しやすい雰囲気だと思います。安心安全の場を作るのが就労移行のひとつのミッションでもありますし、信頼関係を築くことはとても大事だと思っています。そのためにも、対話を重ねることが必要です。

支援する側はどうしても「こうしたらいいんだよ」と前のめりに発言したくなるのですが、そうではなくて、その人自身にも見えていない課題の背景には何があるのかを注視していくことが大切です。課題はご本人自身が自分で気付いていただくことが重要なので、そのためにどのようなアプローチが必要か、複数の職員が「こうかもしれない、ああかもしれない」「じゃあこういう取り組みが有効かも」と相談しながら支援を進めています。

職員自身も支援をしていく中で悩み、苦しむことは多いです。支援はひとりでは到底できないということを日々強く感じています。仲間の職員の存在はとても大きな心の支えです。

手話通訳士としての使命感と厳しい現実

▲大学卒業時。未知の世界に進む期待と不安でいっぱいだったころ

そもそも私が手話と出会ったのは大学4年生の就職活動の時。「何か他人と違ったスキルを身につけたい」と思い、手話通訳士という資格に興味を持ったことがきっかけです。大学では日本語学科で言語の勉強をしていて、アナウンサーになりたいと思っていたので、もともと話すことや言語そのものについては関心が高かったんです。

それまで手話はまったくの未経験でしたが、偶然、手話通訳士という資格を知ったときに、直感的に「自分に向いている!」と感じました。当時は手話通訳者養成課程を学べる場所が全国にも数えるほどしかなく、短期間で資格が取れる唯一の国立学校を見つけて受験を決めました。幸運にも、定員15名という枠に入ることができたんです。

でも、実際に学校で手話を学び始めてからは、何度も挫折しそうになりました。学生同士は健聴者なので、声で話すことはもちろんできるのですが、学科のフロアにいる間は音声会話禁止というルールがありました。

また、4人いる教官のうち3人がろう者なので手話でないと話ができないという環境で、久しぶりに実家に帰省した時には「手話で寝言を言ってたよ」といわれるくらい頭の中は手話漬けでした(笑)。上京して初めてのひとり暮らしだったことも重なり、1日中誰とも声で話さないという日々をつらく感じた時期もありました。

そんな中でも、少しずつ手話が通じていく楽しさも味わいました。同時に「手話通訳」と言っても、ろう者の手話が読めなかったり、ろう者の方になかなか通じなかったりするケースもある、といった厳しい現実も知りました。そのうちに、「ろう者の手話が読める、ろう者に伝わる手話ができる通訳者にならなくては」という使命感も湧きましたね。

卒業後は、結婚・出産を経て、手話通訳者として現場に立ちながら、同時に手話通訳者派遣事業のコーディネーターも担当していました。しかし、手話通訳の仕事だけで生計を立てるのは簡単なことではありませんでした。

そこで、安定的に手話通訳として働けるところを探していたときにゼネラルパートナーズ(以下、GP)の存在を知りました。当時は子どもが小さくフルタイム勤務は難しかったので応募には至りませんでしたが、数年後に再び応募の機会が巡ってきました。

「就労移行支援」という仕事に対してのイメージがつかなかったので、入社直後は少し戸惑いました。ですが、私自身も就職先を探すのに苦労した経験があったので、同じ悩みを持つ聴覚障がいの方に寄り添った仕事ができるのではないかと思いました。

皆さんやりたいことはあるけれど仕事に就くための術がなかったり、周囲の理解がなかったりと、私が悩んできた経験も活かせるかもしれない。そんな小さな想いが出発点でしたが、段々と仕事のやりがいや楽しさを感じるようになりました。

クオリティーの高い仕事をするためには、聴覚障がい者への正しい認知が必要

▲職業トレーニングで利用者さんが作成したコミュニケーションボード

聴覚障がい者の就労については、なかなか積極的に採用を進めている会社自体が少なく課題も多いです。コミュニケーションにハードルの高さを感じていたり、手話で会話をする人を採用するなら会社側にも手話ができる人がいないとダメだ、と思われていたりします。

一方で「同じ日本語を母国語としているので何とかなる」と思われることも多くあります。手話も筆談も、すべての聴覚障がい者とのコミュニケーションを解決する手法ではないことは知ってもらいたいです。

聴覚障がい者の仕事について、「全体の業務から切り出した一部のことしかできない」と思われがちであることはもったいないなと思います。アニメーションを駆使した非常にクオリティーの高いスライド発表ができたり、内容さえ理解すれば素早く正確なデータ処理ができたり、ルーティンワークに収まらない仕事ができる人たちもたくさんいるのです。

実際にatGPジョブトレ大手町に見学に来られた企業でも、利用者さんのプレゼンなどのクオリティーに対して「すごいですね!」と驚かれる方も多いのですが、残念ながらまだまだ聴覚障がい者を雇用する上での先入観やハードルが高いと感じる方がいるのも現実です。それも、第一言語でコミュニケーションが取れる環境がなかなか整わないことが影響していると思います。

聴覚障がい者のなかには日本語が苦手な方、書くのが苦手な方が結構いらっしゃいます。その理由として、果物の「いちご」を例に紹介します。

私たちは、「いちご」のことを誰かに教わらなくても、自然に覚えることができます。現物を見て、音として聞くことで覚えて文字につながっていきますが、聴覚障がい者の方は音の部分がないので、目に見えているものをいきなり文字に変えなくてはいけません。音として知らないものを文字にしなくてはいけなくて、文字の「い」がどんな発音になるのか知らないまま発声訓練をしなくてはいけない。

音による情報が得られない中で、いかに無理やり私たちの聞こえる文化に合わせる努力をしているか、という大変さに気づかない健聴者が多いのです。

また、聞こえないことが認知の遅れにつながることも多く、なかなか高度な話がしづらいケースもあります。情報量として言語量が追い付くまで2~3年の遅れがあると言われ、たとえば同じ30歳の人でも持っている情報量が違う、知識量が足りない、というふうに見られてしまいます。

土台となる情報量を得るところまでに時間がかかるので、結果として日本語が苦手、書くのも苦手という人が多い傾向があります。GP社内でもこのことを理解している人は少ないかもしれません。また、日本のろう学校でさえも手話で学習するカリキュラムが未整備で、ろう者の第一言語である手話で学習ができる環境がないという問題点もあると思います。

聴覚障がい者と手話通訳者、企業がWin-Winになる社会を目指して

▲新しい出会いと学びの日々。支援員としても通訳者としても

GPで就労移行支援の仕事に携わるようになって、聴覚障がいのある方が就労する難しさをより感じるようになりました。就労するためには、聴覚障がい当事者と社会が聴覚障がいについて正しく理解することが重要であることもわかりました。

聞こえない人がひとりで頑張るには限界がありますし、受け入れ側があらかじめわかっていればスムーズにいくこともたくさんあります。たとえば、筆談ボードさえあればいい、電話業務さえなければ大丈夫、と誤った前提で採用に至るケースもありますが、後から「全然日本語が通じない」とか「予想していた以外の問題がいっぱいあった」などミスマッチが起こることも。こういった認識の違いによるミスマッチを防ぎたいです。

プライベートでは、手話通訳者として現場に立つ機会もあります。手話通訳で一番魅力的だと感じるのは、「勉強を継続する必要のある仕事」だということ。私は学ぶこと、新しく知ることが好きなので、それを続けられるのは嬉しいことです。もうひとつ、手話通訳者としていろんな場所へ出かけるので、さまざまな人に会い、新しい世界を知ることができることも大きな魅力です。

半面、課題だと思うこともあります。特に、手話通訳者の社会的な立場の弱さや、それだけでは食べていけないという給与等の条件面です。現在、手話通訳者として中心的に活躍しているのは30~50歳代の女性であり、キャリアとしてではなくボランティア的な側面が大きく、後進も十分には育っていない。

聴覚障がいのある方が少なくなるわけでもありませんし、「自分の第一言語で学ぶ」という選択肢が狭い状況も昔から改善されていないので、社会的需要がある手話通訳者の立場を社会的に確立することが必要だと思います。

さらに、クオリティーの高い仕事ができるのに「手話しかできないからダメ」といった理由でなかなか就職が決まらない聴覚障がいのある方を、何とかそれぞれの能力が活かせる仕事につなげられないかという想いをずっと持ち続けています。

最近では手話通訳にも光が当たり、これまでとはちょっと違った追い風が吹き始めているように感じますし、社会が動き出すきっかけになればいいなと思っています。

また、コロナ禍の影響でひとつ変わったことがあります。在宅勤務やオンラインへの移行が進む中で、どうしてもチャットやメールだけで対応しなければいけない状況が出てきたため、手話を第一言語としていた方たちが文章でやり取りをする機会が多くなったんです。

これまでは避けてきた部分に直面することとなり、時代に合わせた働き方に迫られることで皆さん一生懸命頑張っています。こうした新しい一歩を踏み出すことで、また次の新たな可能性が開けることにもつながるはずです。

手話通訳は聴覚障がい者がいるからこそ輝ける仕事です。手話通訳者と聴覚障がい者、そして企業もWin-Winになるような事業をGPで実現できるよう自分にできることを積み上げていきたいです。

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