出向起業でめざす変革への道筋。富士通と自身の可能性にかけるアントレプレナーの本気
1992年の入社後、アカウント営業を経て、現在はシニアマネージャーを務める野正 竜太郎。富士通に在籍する一方、経済産業省の「出向起業」を活用し、経営者として2021年と2022年に立て続けにスタートアップを立ち上げました。新事業の創造に取り組む野正の挑戦の背景に迫ります。【talentbookで読む】
自らリスクを背負って挑戦することで、変革への新たな道筋が開かれる
2021年に設立され、フォークリフトIoTサービスを手がけるeyeForklift株式会社(フォークリフトIot)。そして2022年に生まれた、フェムテックヘルスケアサービスを手がけるLasiina株式会社(フェムテックサービス)。事業領域がまったく異なるこの2つのスタートアップの代表取締役を務めるのが、野正です。
経済産業省が推進する「令和3年度大企業人材等新規事業創造支援事業(出向起業等による新規事業創造の実践)」を活用し、富士通の現役社員でもありながら2つの会社を立ち上げ、「2足の草鞋」ならぬ「3足の草鞋」で事業に取り組んでいます。
「私が富士通に入社したのは1992年のこと。アカウント営業として大手製造業や流通業、エネルギー業界など幅広いクライアントを支援してきましたが、2015年に製紙営業部に異動したことが転機となりました。
製紙業界のお客様からさまざまなお話しを伺う中で、業界に共通する課題──人手不足や高齢化など──を知り、これを解決するにはどうすべきかを考えるようになったんです。2018年ごろからは営業担当という枠を越え、お客様と一緒に新プロジェクトに取り組むこととなり、2021年に出向起業というかたちでフォークリフトIoTサービスの会社立ち上げに至りました」
決断をした背景には、野正が以前から抱えていた課題感がありました。
「富士通は、クラウド基盤やICTに詳しい社員を多く抱えた技術力のある会社であり、日本を代表する名だたる企業を顧客としています。富士通が本来の力を発揮できれば、お客様のDX推進をリードできるのではないか。私が思うにその理由は、『ビジネスはお客様自身が実行するものであり、われわれはあくまでITサービスを提供し、お客様を支援する立場』だと捉えていること。そこを打ち破ってさらなる変革を起こすには、発想の転換が必要だと考えたんです。
富士通社内で新規事業を立ち上げるためには、内容が事業戦略と合致しているなど、さまざまな観点からチェックが入ります。また、社員が本来持つ能?を解放するためには、会社と個人がフェアな関係でなくてはいけないし、そのためには社員も守られるだけの立場ではなくそれなりのリスクを負う必要がある。
そんなとき出向起業という方法があることを知り、新たな挑戦にはうってつけの制度だなと感じました。リスクはベンチャーキャピタル(VC)と社員個人が持つことになる一方、富士通社内のリソースにアクセスできたり、給与の一部を出向元に負担してもらえたりというメリットもあります。
私は実際に数千万円の借り入れを自ら行って事業に注ぎ込んでいるので、社内の新規事業開発と比べると格段のリスクがあるのは事実。チャレンジするには事業に対する強い想いと覚悟が必要ですが、その分自分がやりたいことに注力でき、やりがいも大きいですね」
製紙業界の長年の課題──熟練作業者頼りの煩雑な業務の自動化によってDXを推進
野正が立ち上げたeyeForklift株式会社は、製紙業界の慢性的な課題とされる熟練作業者の後継者不足に着目して生まれました。
「製紙工場の巨大な倉庫では、紙の原料である『原紙』を管理しています。原紙にはさまざまな種類があり、倉庫で働く熟練作業者がフォークリフトで動かしながら所在情報を手書きでメモするのが慣例。私が営業時代に担当した企業の倉庫には約5000本の原紙が保管されていて、作業員は必要な原紙がどこにあるかをチェックするのに作業時間の7割ほどを費やしていました。
かなり煩雑な上、長年経験を積んだ熟練作業者にしかできない仕事なので、業務の効率化や標準化のためには、この問題の解決が急務だと判断したんです」
そこで野正が考案したのが、製品在庫の見える化を実現するIoTサービス。これは、フォークリフトに目(eye)となるセンサーやカメラを、天井には位置座標を把握するためのマーカーを付けることにより、いつも通りの作業をするだけで自動的に座標がプロットされるという仕組み。位置情報データが簡単に取得できることから、「倉庫内のどこに何があるか」をすぐに知ることができます。
実用化に向けて開発する段階では、技術的な課題にも直面しました。
「フォークリフトの動きが速いためにセンサーの識別が追い付かず、位置座標のプロットが実際の位置から最大で数メートルもズレてしまうことも……。これを正すためには、コンマ数秒単位で処理プロセスを制御しなくてはなりません。正直に言えば、当初ここまでの精度が必要だとは想定していなかったため、とても苦労しました」
フェムテック領域で事業を展開。前例のないビジネスゆえの難しさの克服に向けて
一方、フェムテック領域で事業を進めるLasiina株式会社では、大手消費財メーカーと協業。「軽失禁向けフェムテックサービス」の提供をめざしてきました。当事業は、2023年の経済産業省フェムテックの補助事業にも採択されています。
「女性が使う日用品にセンサーを付与し、商品の価値をアップデートするためのサービスを開発するという切り口の事業です。開発中の製品は、大手製紙会社の女性用吸水ケア専用品にセンサーを搭載し、Lasiinaが開発した検知デバイスを装着することで、尿漏れの発生と交換のタイミングをAIが利用者に通知するというもの。40代以上の女性の4割以上が軽失禁を経験しているという調査データもあり、ニーズが見込めるのではないかと考えています」
Lasiinaが開発する軽失禁向けの検知デバイスは、薄手のボトムスでもアウターに響かないよう配慮されたデザインが特徴。デバイスの着脱が容易で、尿漏れ検知の応答が速いところに強みがあります。
この事業に取り組む上で野正がいままさに直面しているのが、前例のないビジネスゆえの壁。eyeForkliftとはまた別の難しさを感じていると言います。
「この商品を開発する前に『おむつセンサー』の市場調査をしたところ、特許取得済みの技術は約500件。それだけたくさん研究されているにもかかわらず、ビジネスとして成立させるのが難しいことに驚きました。
事業成功の鍵を握るのは、これまで存在しなかったサービスの魅力やメリットを広く伝え、浸透させていけるかどうか。これからが正念場ですね」
また、2社を起業し、ベンチャー経営者として事業を進める過程で、日本の大企業が抱える問題に気づいたとも言います。
「イノベーションを起こすためには、ある程度のものができたらまず使って試してみた上で改良点を見つけ、少しずつ改善していく、という工程を素早く繰り返すのが近道。ところが、日本企業はスペックにとても厳しく完璧でないと使わないところがあり、なかなか製品化や実用化に至らない事例が多いように感じます。
また、大企業になくてベンチャーにあるのは、スピード感。たとえば取引先と打ち合わせすることになった場合、ベンチャーでは『今日の午後はどうですか?』という提案ができるのに対し、大企業だと『来週のいつにします?』となることが多い。
私は長く富士通にいるので、大企業ならではの意思決定ロジックがあり、それに時間がかかることも理解しています。どちらの立場もわかる者として、双方の良い面を経営に生かせればと思っています」
社内にある素晴らしい技術を活用し、新規事業に挑む仲間同士でノウハウを共有できれば
2020年10月から全社DXプロジェクト「フジトラ」が始動するなど、富士通では組織や事業変革に向けた動きを加速させてきました。
「『フジトラ』が始まって3年。いま富士通は新しい事業創造に取り組むべき段階に来ています。誰かが事業を成功させて、どんな取り組みで成功に至ることができたのか共有できれば、優秀な富士通の社員たちが後に続いてくれるはず。私はeyeForkliftとLasiinaの両事業で、2025年までに目に見える成果を出したいと思っています。
私がやりたいのは、まったく何もないところからお客様と共に事業を創り上げていく0→1や、土台を固める1→10のフェーズです。いま取り組んでいる事業がもし10→100のフェーズに到達したなら、後のことは得意な方に任せてまた別の新しい0→1に挑戦したいと考えています」
それが実現できるのは、最先端の技術や優れた技術者が集う富士通にいるからこそ。マインドを変革し、社内のリソースを解放することができれば、富士通が社会課題解決につながる新たなサービスをまだまだ生み出せるはずと野正は信じています。
「かつてのコンピュータ黎明期に富士通が発展できたのは、お客様のニーズに対応してきたからではなく、まだニーズがない中で、自分たちが信じるものや実現したい社会に向けて事業を前進させてきたからこそ。お客様に言われたことをお客様の予算を預かって実行するのではなく、自分がやりたいことを自分でリスクを負ってでも実行する覚悟が求められていると思います。
『言うは易く行うは難し』ではないですが、実際に起業に挑戦してみて想像以上の大変さや苦労を味わっています。VCから資金調達をする際にも、本やYouTubeを参考にして臨んだくらいで(笑)、正解がわからない中いまも模索する日々ですね。
だからこそ、今後たくさんの人が新しい事業に挑戦し、富士通の仲間として互いに経験やノウハウを共有し合えるようになればと願っています」
※取材内容は2023年10月時点のものです
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