前職、映画監督。次に選んだ舞台はITエンジニアの世界 | キャリコネニュース
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前職、映画監督。次に選んだ舞台はITエンジニアの世界

▲映画づくりは監督や撮影よりも、資金集めや営業が大変でした

映画監督からITエンジニアへ、異色の転身を果たした角田 龍一(ツノダ・リュウイチ)。どちらの仕事も未経験スタートでしたが、「新しいことへの挑戦はワクワクする」「挑戦するなら全力を尽くす」という姿勢で自らの道を切り拓いてきました。いまも全力の努力を重ね、エンジニアとしてのさらなる高みをめざしています。【talentbookで読む】

「なんかカッコいい」で始めた映画づくり

映画監督と聞くと大袈裟ですが、最初はかなり軽い気持ちで制作を始めました。もともと小説や映画が好きで、大学生のときミニシアターでバイトしながらミニシアター発行の月刊誌で映画紹介の文章を書いていました。映画館でいろいろな監督とお会いする機会もあり、話しているうちに自分も何か撮りたいなと思ったのが映画をつくるきっかけでした。自己紹介で「映画監督やっています」ってなんかカッコよさそうな感じもありましたし(笑)。

実は私自身、生まれは中国東北部の「延吉」という地域なんです。今は帰化していますが、幼少期は中国に住んでいて、朝鮮族という少数民族出身で第一言語は韓国語でした。生活していた場所は今でいう“ダイバーシティ”そのもので、漢民族文化やロシア文化、韓国文化が入り混じるような場所でした。マルチリンガルが多く、僕も韓国、中国、英語、日本語の順で勉強しています。いまは日本語以外はほとんど忘れていますが(笑)。

母親の仕事がきっかけで日本に10歳のとき移住し日本人として生活していましたが、20歳のときに「人生の分岐点だ」 とふと思い立って(思い返すと、多分大学生で暇だっただけですが)、カメラを購入して実際に回し始めました。

完成した映画は大学の卒論として提出するつもりでした。大学の卒論が「映画におけるリアリティ」で、書いた方法論に基づいて自分にルーツのある韓国、中国を舞台にリアルな映画を作ってみました、というオチにしようとしたわけです。

実際に完成が近づくと、(自分でいうのもなんですが)非常に可能性のある素晴らしい作品だと予感できました。一般ウケはあまりしないかもしれませんが、個人を越えてもっと普遍的に届けるべき作品だと思ったんです。

でも、さらに映画をブラッシュアップさせていくためにはお金が必要でした。資金集めというとかっこいいですが、実際は手当たり次第に、親はもちろんのこと、友人、知り合いすべてに“資金集め”をしました。「最高の作品なので必ず完成させたいです」と。

そこからがもう大変。家からは勘当されるわ、恋人とは別れるわ、家がなくて公園で野宿するわで……。朝、野球少年のキャッチボールの声で目覚めたりして(笑)。誰にも理解されていないような孤独を感じましたが、それでも自分の直観にはゆるぎない自信がありました。少しずつ熱意が伝わり、クラウドファンディングが成功したり、とある社長さんから突然100万円を支援してもらったり、「行動を起こせばなんとかなるんだな」と思ってた矢先、映画祭でグランプリを受賞し、とんとん拍子で全国劇場公開まで決まりました。

まさに夢のようでした。少数の理解者だった状況から、ある日突然多くの人から賞賛をもらう状況に戸惑いました。

映画の公開で自分の「芯」となる価値観ができました

▲映画の成功よりも、その過程で学んだことのほうが財産になっています

作った映画のタイトルは『血筋』です。18年間離れ離れなっていた親子の再会物語です。画家だった父と18年ぶりに再会するのですが、父は日雇い労働者で十分なお金や生活環境が整っていない状況でした。それでも息子を前になけなしのお金でもって愛情表現をしようとするけど、やっぱりボロが出る……。その姿が切ないながらもどこかコミカル。そんな映画です(続きはぜひAmazonプライムで!)。

借金までして全国劇場公開と大風呂敷を広げたので、必ず資金を回収したい。意気込んで臨んだ劇場公開でしたが、時期がちょうどコロナ蔓延の初期のころでした。現在において映画館はコロナ感染元にはなりにくいと言われていますが、当時は劇場に人を集めるなんて「何を考えているんだ!」と、身近な人から言われたりしました。これは結構ショックでしたね。僕の映画は「賞賛」対象から今度は「社会悪」になったわけです。

この時、なんだか世の常を見た気がしました。移ろいゆく四季を前に人が価値を置いているものなんて一時のまやかしに過ぎないと思いました。

そんな時に、頑張る意味は何か、ひいては生きる意味は何か、大げさかもしれませんがそんな自問自答を繰り返すうちに、実はこの過程そのものが楽しいんだということに気づいたんです。大変な想いもたくさんしましたが、そのぶんジェットコースターみたいな人生でスリル満点。本気で生きる一瞬のなかに永遠を見た気がしました。そう思うと、他愛もない日々や人びとの営みそのものが実に美しく、かけがえのないものだったんだなと気づきました。

今まで大切に育てた映画でしたので自ら劇場に中止を申し出ました。わずかばかりのギャラもすべて劇場に寄付。一度映画から離れたかったんです。心機一転居住地も変えて、知る人のいない街に住み着き、生活を立て直しのためアルバイトで借金返済していきました。完済したころには映画を作り始めてから9年が経ち29歳。誰よりも長い卒論制作になってしまいました。

エンジニアという新たな舞台への挑戦にワクワク

▲新しいチャンスをくれたスタッフサービス・エンジニアリングには本当に感謝です

30歳を目前に、新たなチャレンジとして就職活動をやってみようと思いました。100年の歴史ある映画業界から一転、絶え間なく変化し続けるIT業界を選んで就活しました。IT業界を選んだ理由は、実力主義であること、独学でも学べる技術が豊富であること、常に革新的であることです。たとえば、ラリー・ウォールが提唱した“エンジニアの三大美徳(怠惰、短気、傲慢)”を初めて聞いたときは「めっちゃかっこいい!」と思いました。

身一つで切り開いていく感じが映画製作と似ていたし、またトレンドが入れ替わるということは努力次第で自分にも最前線に立てるチャンスがあると思ったんです。

とはいえ、IT知識ゼロでいざ挑戦しても、履歴書にはせいぜい「バイトリーダー経験あり」くらいしか書けません(笑)。「映画監督をやっていました」っていう29歳がいかに労働市場で自分の価値を伝えるのが難しいか、痛感しました。30社ほど受けて、受かったのは2社。その中で出会ったのがスタッフサービス・エンジニアリング(SSE)でした。内定が出たときは嬉しさというより「僕みたいな人でもいいんですか?」という感じでしたね(笑)。

実は「talentbook」は入社前から読んでいました。未経験から半導体エンジニアになった方の記事を読んで自分と重ね「未経験の方も磨いて育てる会社」「成長意欲があれば、そこを伸ばしてくれる会社」という印象も持ちました。そこに、入社して一年後、エンジニアとして自分が載るというのは感慨深いものがありますね。

入社後は営業担当、コーディネーターやキャリアカウンセラーの方が一生懸命に自分に合う仕事を探してくれました。それがいまの就業先、大手電機系のエンジアリング会社です。もちろん最初は不安もありましたが、ワクワク感のほうが大きかったですね。

努力すればなんとかなる、すればするほど未来が広がる

▲これからも「やれることはなんでもトライする」という姿勢で最先端をめざします

SSEの素晴らしいところは「エンジニアに投資してくれる」ことです。生活できる収入を担保した上で、資格取得奨励金やサポーターシステムなど、さまざまな角度でエンジニアに常にチャンスを与えてくれています。

中でも資格取得奨励金はとくにありがたかったです。IT業界とひと言で言っても、バックエンド、フロントエンド、オンプレミス、クラウドなど多種多様で、最初は何もわからない状態でしたので、月一個ペースの取得を目標に(というか奨励金欲しさに)とりあえず片っ端から受けていきました。

入社して2週間で「IT パスポート」取得から始まり、3カ月で「基本情報技術者」、4カ月でMOS Excel、 Word、半年経過したときクラウドのスタンダードといわれる「AWS Certified Cloud Practitioner」を英語原文で受験し合格、TOEICスコア815点取得など、就業先では「資格コレクター」というあだ名を付けられています(笑)。もちろん、落ちてしまった資格もたくさんあります。ネットワークスペシャリスト試験が不合格だったときはとくに悔しかったですね。来年度リベンジします。

今思えば、手当たり次第受験したことが結果的に良かったと思います。資格勉強を通じて見識を広げることで、自分と相性の良い分野を峻別することができました。幅広い資格奨励金対象のおかげで自分の進路をしっかりと決めることができたと感じています。現在、就業先ではクラウド関連で、データなどを自社サーバからクラウドに移行させたり、社内でのクラウド活用を促進したりということをやっています。

世の常であるように、私はIT業界でも独占→寡占→民主化ということが起きるだろうと予想しています。それを見越して、今後はマルチクラウドやKubernates(※)の領域に目を向けようと思っています。

※ Kubernetes:コンテナ化したアプリケーションのデプロイ、スケーリング、および管理を行うための、オープンソースのコンテナオーケストレーションシステム

もし私と同じように、未経験でこれからエンジニアをめざす人がいたら「全力で楽しんでください」と伝えたいです。IT業界は年齢に関係なく、実力次第で誰でもチャンスはあります。遅咲きのエンジニアへ風当たりがやや冷たいこともあるかもしれません。

しかし、平穏無事な物語がおもしろくないように、葛藤している自分を俯瞰してみるとまるで映画の主人公になった気分になれるはずです。もしも迷ったり壁に直面したりしても、SSEがディレクション(監督)してくれるし、成長すれば必ずそれに見合った仕事や就業先(ストーリー)を用意してくれると思います。SSEという舞台で、ぜひ自分だけの作品を描いてみてください。

※ 記載内容は2023年12月時点のものです

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