パナソニックのDNAをアップデート、ゲームチェンジャー・カタパルトの現在と未来
パナソニック アプライアンス社の企業内アクセラレーターとして「未来の『カデン』をカタチにする」をビジョンに据えて活動しているGame Changer Catapult。今日のビジネス環境の変化に適応すべく設立され、2019年で4年目を迎えました。この組織の未来に込めた想いを代表の深田昌則が語ります。【talentbookで読む】
「21世紀型の働き方」を目指して。GCカタパルト始動から3年
Game Changer Catapult(以下、GCカタパルト)は、人々の暮らしの中の課題に対して、従来の「電機メーカー」とは違った枠組みで向き合うべく、2016年にスタートしました。
一つひとつの新しい家電製品の創出ではなく、暮らしにまつわる新たな価値を生活者へ届けることが私たちのミッションです。私たちは、これを従来の家電と分ける意味で「未来の『カデン』」と呼び、健康・美容ソリューション、食のソリューション、メディア&エンターテインメントをはじめ、生活に密接した5つの領域を軸に日夜事業アイデアを磨いています。
私たちが未来の「カデン」を検討している背景には、100年に一度といわれる社会・産業構造の劇的な変化があります。GCカタパルトを立ち上げる前の時期に、アメリカのパロアルト研究所で所長を務めたジョン・シーリー・ブラウン博士とディスカッションをする機会がありました。そこで印象的だった話のひとつが、「20世紀型の企業活動」と「21世紀型の企業活動」の違いです。
20世紀型は、大量生産・販売、高効率・改善重視、目標管理による成果マネジメントなど、現在まで主流となってきた組織のあり方です。それに対して、マス・カスタム化、モノよりユーザー体験重視など新しい価値提供の志向、情熱やモチベーションによる成果マネジメントといった考え方が21世紀型の組織のあり方と言われています。
業種や規模の大小を問わず、これまでの考え方が成り立たない経営環境で生き残るためには、21世紀型のスタイルへの変革が必要だと考えています。みなさんも「破壊的イノベーション」という言葉を耳にしたことがあると思いますが、イノベーションによって破壊される側となって防御に忙殺されるばかりではなく、破壊的イノベーションを起こす側になるために、イノベーションを加速する活動を始めました。
そのため、GCカタパルトはこれまでの大企業の新規事業部門とは違ったあり方を目指しています。会社や部署の垣根をできる限りなくして、オープンイノベーションを推進することはもちろん、大企業にいながらも、社員それぞれのモチベーションや情熱を前提に事業創出を実現するために、GCカタパルトにはアイデア段階では本業と兼業するカタチで参画するビジネスコンテストも開催しています。
また、そのビジネスコンテストは社内公募制で、決められた社員だけではなく、誰もがアイデアを出せる環境と風土づくりに取り組んでいます。
その意味で、新しいアイデアによって組織の変革を促すだけではなく、アイデアを生みカタチにする社員の働き方にも変革をもたらすことも、私たちGCカタパルトのチャレンジのひとつです。
ある社員の情熱が覆した「会議室の定説」
実際に、大企業の中にこのような“遊撃隊”をつくることで、企業文化に変化の兆しが見え始めていると思います。
GCカタパルトが目指すのは、新規事業による収益・企業価値の拡大ですが、その過程を通して、社員や経営幹部のマインドセットに変化をもたらすことにチャレンジしているのは、重要なステップだと考えています。
その中でも代表事例が、「ライスレディ」として、20年近く炊飯器の開発を担当している社員です。日本国内の米の需要減少に課題意識を持っていた彼女は、「このままだと日本の伝統文化のお米がなくなってしまう」という危機感から、GCカタパルトに事業アイデアを応募しました。
その後、議論を重ねて「今お米を食べていない人にも、お米を食べてもらおう」というコンセプトにたどり着きます。それが「OniRobot」(オニロボ)という、おにぎり調理ロボットと、店舗経営者向けアプリを組み合わせた海外市場向け事業アイデアに変化していきました。
実は過去には別の検討で「おにぎりなんて欧米では受けない」と一蹴されたことがあります。しかし、彼女たちのチームはあえてその答えを市場に問うことにしました。
舞台は米国で毎年行われる、エンターテインメントとテクノロジーの一大イベントSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)。OniRobotを持ち込み、来場者におにぎりを提供しました。すると、試食をした人の中には「こんなにおいしいものは食べたことがない」といった反応をするアメリカ人も出てくるほど、予想以上におにぎりが会場で受け入れられました。
昨今は、商品やサービスを通じた「体験」による価値の重要性が叫ばれています。OniRobotは、海外ではまだ目新しいおにぎりを紹介したから評価されたわけではありません。おにぎりは、健康食として注目される日本食のひとつで、パンと同じようにおいしくて手軽に食べられるのに、小麦のグルテンやバターの油分を含んでいないヘルシーさがあります。そうした文脈を踏まえて、「おにぎりで食生活をより健康的にする」体験や、具などを自由に組み合わせられる楽しさを価値にできたからこその成功と考えられます。
また、OniRobotはそうした戦略的な発想だけでは生まれませんでした。ライスレディの「日本のお米を救いたい」という強い想いは、まさに21世紀型の組織に求められる情熱やモチベーションによる成果マネジメントの成功例です。個人の想いや課題意識があったからこそ、今までのように「炊飯器がどうしたら売れるか」を議論していただけでは得られない、生の顧客の声を日本に持ち帰ることができたのです。
こうした事例が増えることで、社内ではチャンスに対して手を挙げる人が増えてきました。結果として3年間で120以上の事業アイデアが生まれ、採択されたアイデアに関わった100人以上の社員が、GCカタパルトでの事業創造プロセスを経験した「カタパリスト」となっています。
そして、その社員が自身の部署に戻ってさらに活躍するというサイクルが生まれ、人材育成・意識変革を通した「既存事業変革への貢献」も実現できつつあります。
働き方改革への葛藤と挑戦──情熱を傾けるからこそ生じる、線引きの難しさ
このようにGCカタパルトと既存の事業部で人が行き来することのメリットがある反面、組織として解決すべき課題にも直面しています。それは、仕事と生活のバランスに関する悩みです。
新規事業部門には会社によってさまざまな考え方がありますが、当社では「片道切符」でGCカタパルトに異動させず、兼務のように勤務時間の一部を充てるとする方針をとっています。新規事業専任にするにはまだ事業アイデアが未熟なことも多く、また、ライスレディの例のように経験を自分の事業部に持ち帰ることのメリットも大いにあると理解してのことでした。
2019年現在、アイデアを採択された社員が自分の業務時間の一定の割合をGCカタパルトに割けるようになっています。こうすることで、「GCカタパルトのプロジェクトに割く時間をいかにつくるか」を考えて本業の生産性を高めるといったポジティブな方向で、働き方改革が促された面が大いにあります。
しかし、GCカタパルトのプロジェクトが社員個人のやりたいことと直結している場合が多いため、結果としてトータルの労働時間が増える社員もいるなど、働き方にはまだ課題があります。
たとえば家電メーカー社員の場合であれば、つい休日も家電量販店に他社製品を見に行ってしまったり、自動車メーカーのエンジニアが帰宅するやモータースポーツの中継にかじりついたりといった、熱中するからこそ仕事と生活の境界があいまいになることは、それ自体が問題ということではありません。
また、特に新規事業や社会課題の解決には、こうしたパッションが不可欠なのも事実です。だからこそ、GCカタパルトのような組織が実験台となって、ワーク・ライフ・インテグレーションの時代において仕事と生活の新しいあり方をこれからも議論していきたいと思っています。
GCカタパルトが実現する、“21世紀型”のパナソニック
そして事業、収益基盤という面でも、チームとしても会社としても本気度が求められます。会社の変革は、スイッチを押せば簡単に起きるようなものではありません。時間が必要なだけでなく、変化の仕方も急ではなくゆるやかです。
現段階では、ロジャースのイノベーター理論でいう「イノベーター」や「アーリーアダプター」が現れ、社内に新しい風が吹き始めている状態です。
ここからさらに多くの社員に風土が根付くにはまだまだ先がありますが、ひとりでも多く賛同者や理解者を増やしていくことが大切だと実感しています。そのために、新規事業には欠かせないユーザー起点の発想やUX・体験価値重視の発想を社内セミナーや講演会、勉強会などを通じて広めていく活動を行っています。
地道ではありますが、GCカタパルトが目指す新しい働き方や、考え方に共感してくれる人が少しずつですが着実に増えています。文化や風土といった、人が集まることによって生み出されるものは、共感からすべてが始まります。だからこそ、大きな絵を描きつつ、こうした地道な活動が欠かせません。私たちも、「21世紀型の会社に変わりましょう」と言う前に、その手前の「そもそも、21世紀型の組織のあり方とは何か」を議論し、考え、伝えていくことから始めて3年が経ちました。
社内で議論が起き、「私もやりたい」という声が増え、さらにはアプライアンス社以外のカンパニーでも手を挙げる人材が現れ、また同様に新しい活動を始める、いわば同志のような人々も社内のさまざまな部門から生まれています。
当社の創業者・松下幸之助は「事業は人なり」と語りました。新しい事業そのものと合わせ、まずは人・働き方の変革も促す。その変革がビジネスや組織におけるイノベーションにつながると実感しています。