「会社の理念」を重視するZ世代に、採用広報は何を発信すべきか
理念とは、会社の経営活動に関する基本的な考え方や価値観などを指す用語です。ただ、何についての理念なのかで混乱しがちなので、「ビジョン」「ミッション」「バリュー」の3階層に大まかに分けて説明します。
ただし、以下に述べる定義はあくまでよく使われる定義というだけで、会社毎に定義が異なるのでご注意ください。特に、ビジョンとミッションの定義が逆になっている会社が結構多くありますが、本稿と逆だからダメということは全くありません。
「ビジョン」とは目指す世界観
ビジョンとは、直訳すれば視覚、つまり見えているものです。会社が見ているものとは、社会・市場・顧客ですから、ビジョンとは「会社が、社会や市場、顧客にこうなって欲しい」と思っている「目指す世界観」のことを言います。
一つ例を挙げますと、リクルートホールディングスはビジョンを「一人ひとりが、自分に素直に、自分で決める、自分らしい人生。本当に大切なことに夢中になれるとき、人や組織は、より良い未来を生み出せると信じています」としています。要は「みんなが自分らしく生きることができる社会になって欲しい」ということでしょう。
「ミッション」とは会社の使命や任務
ミッションとは、直訳すれば使命や任務です。つまり、与えられた命(会社でいえばヒト・モノ・カネといったリソースか)を使って何をするかということ。要はビジネスモデルやビジョンを、どのようなビジネスで実現するのかということだと言ってもよいでしょう。
先のリクルートの例で続けると、ミッションは「選択肢を提供」、そして「最適な選択肢を提案」することで「まだ、ここにない出会い」を実現することとしています。マッチングビジネスを通じてやるのだと言っています。
「バリュー」とは価値観、行動規範
バリューとは、直訳すれば価値です。米ゼネラル・エレクトリックの「GEバリュー」など多くの会社では、バリューの定義を「自社のビジネスモデル(≒ミッション)を遂行する上で、大切にしているスタンスや考え方、価値観」≒「行動規範」としています。
リクルートで言うと、現在ではフォーマルなものではなくなってしまいましたが、「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」(昔の社訓)に当たります。つまり、トップダウンで言われたことを行っているだけではなく、自発的にどんどん動けということです。
求める人材によって「訴求ポイント」は変わる
まとめると、理念とはフルスペックで言えば「こんなビジョン(目指す世界観)を実現するために、こんなミッション(ビジネスモデル)を行い、その際にはこんなバリュー(行動規範)を大切にして仕事を遂行する」ということです。
ここで重要なのは、この3つの要素はどれかが「欠けている」もしくは「不足している」という状態でも構わないということです。なぜなら、
「こんな面白いビジネスモデルをやりたいけども、その結果、世界がどうなるとかは別に気にしていない」
「こんな世界にしたいが、それを何か特定のビジネスモデルを通してやらないといけないとは思っていない」
「ビジョンさえ実現できれば、日々の仕事のやり方については特に注文はない」
というような企業はもちろんあるからです。
しかし、採用において求める人物像がどのようなものかによっては、この3つのうちどの理念を打ち出していかねばならないかは決まります。
「社会的意義」を重視するタイプを狙うなら、ビジョンを構築し訴求しなければなりません。「仕事の面白さ」を追求する知的好奇心の強いタイプを狙うなら、ミッションは重要でしょう。「会社の雰囲気や文化」を重要する職場型モチベーションの強いタイプであれば、バリューに最も関心があるかもしれません。
「理念」自体を広報することがベストではない
このように、狙うタイプ別に訴求するポイントを変えなくてはいけません。それを十把一絡げに「理念」としてしまうと、せっかくの努力も効果がなく、相手には刺さりません。ちなみに、冒頭でも言った「Z世代」であれば、ビジョンやバリュー重視派が多く、ミッションは比較的興味が薄い傾向があるように思います。
訴求することが決まったら、最後はどうやって伝えるかです。理念自体は基本的には大変抽象度の高いもので、シンプルな文言で表されています。ある意味、とても分かりやすいと言えば分かりやすいのですが、相手の心を動かして興味関心を持ってもらおうとすれば、シンプルで分かりやすいということが最上ではありません。
むしろ、抽象的過ぎると、意味は分かるのですがイメージができない。人の心を動かそうとするならば、相手の心の中に手触り感のあるイメージが生じなくてはなりません。ですから、自社の理念が「具体的に現れているもの」をもって伝えなくてはならないのです。
「象徴的な事実」を伝えて理念に気づかせる
まずは、理念が如実に現れている「象徴的な事実」を具体的に伝えていくことです。
例えば「年齢にかかわらず遠慮することなく活躍してもらう」というバリューを伝えたいのであれば、「あのビッグプロジェクトを回しているプロジェクトマネジャーは、27歳の社員だよ」と教える、といった具合です。
コツとしては、最終的に伝えたい「理念」はむしろ言わなくてもよいということです。なぜなら、象徴的な事実を伝えれば、優秀な人であればあるほど、自分からこちらが伝えたい理念に気づいてくれるからです。
また、理念を伝えてから具体的事例を伝えると、「それは例外中の例外ではないのか」とか「たまたま偶然ではないのか」などと、不思議なことに批判精神が働き素直に受け取ってくれない場合があります。理念自体は特段必要ない、むしろ不要であり、事実だけ伝えて相手に解釈させる。これがベストです。
「社内の会話あるある」で理念の浸透度を伝える
他には、社内で交わされている「よくある会話」で例示することも考えられます。例えば「うちはボトムアップで物事を進めていく会社です」と言っても、分かったような、分からないような感じではないかと思います。
そうではなく「うちはマネジャーに『どうしたらいいですか?』と聞くと怒られる。『こうしてもいいですか?』と聞いてくれと言われる」などと言えば、なんとなくそのシーンが想像できないでしょうか。
あるいは「うちは目標に対する執着心を大切にしています」ではなく、「『最も恥ずかしい達成率は99%だ』と言われている」と聞けば、雰囲気がイメージできるのではないかと思います。
このように、会社の理念は浸透していればいるほど、社内の「会話あるある」に必ず現れるはずですから、それをもって説明することをお勧めします。
浸透していない「理念」をアピールしても意味はない
上述の方法の共通点は、両方とも「事実ベース」であるということです。
理念を伝えるということは、そもそも抽象的なものを、いつまでも理屈の世界で延々と説明していくことではありません。もともと理念はシンプルでわかりやすい言葉で表現されているわけですから、意味自体、くどくど説明する必要はないはずです。
結局、候補者が気にしているのは、「表面的に掲げている理念」などではなく「実際に浸透している理念」です。理念が浸透しているのかどうかを見ているのです。ですから採用担当者は、浸透している「事実」を示すことが必要になるということなのです。
【筆者プロフィール】曽和利光
組織人事コンサルタント。京都大学教育学部教育心理学科卒。リクルート人事部ゼネラルマネジャーを経てライフネット生命、オープンハウスと一貫として人事畑を進み、2011年に株式会社人材研究所を設立。近著に『人事と採用のセオリー』(ソシム)、『コミュ障のための面接戦略』(星海社新書)。
■株式会社人材研究所ウェブサイト
http://jinzai-kenkyusho.co.jp/