日誌は、イラクの首都バグダッドや主要都市バスラの自衛隊の様子を伝えるもの。それぞれ「バグダッド日誌」「バスラ日誌」という名前が付いている。日報の他の部分は、業務内容の正確な記録と伝達を目的に書かれているとみられるが、日誌部分は、派遣隊員らの日常生活の記録という印象で、仕事とは直接関係のないエピソードも満載だ。
たとえば、2005年11月3日のバグダッド日誌には、他国の隊員らに文化の日を祝われ困惑してしまった隊員のエピソードが書かれている。「文化の日って何するの?」「寿司と酒でお祝い?」と聞かれ、「『別に何もしないけど…』と言いつつ、祝祭日は家で寝るだけの自分の生活を反省」したと言う。
2006年6月2日には、暑気払いに素麺を楽しんだようだ。連日50度を超える気候の中、食事はハンバーガーやステーキなど「米軍仕様」。隊員らの体調も万全ではなくなっていたため、
「素麺は4次隊が残してくれていた最高級の『揖保の糸』。食堂から沢山の水を調達して、冷たい喉ごしの素麺を心ゆくまで楽しんだ」
と、記載されている。「5人で24人前の素麺を一気に平らげ」たため、「食後は身動きが取れなかった」とも記されていた。
バスラ日誌のほのぼの度も負けていない。2006年5月9日のバスラ日誌は、
「英軍の人たちがテレビを見て、一喜一憂しているクリケットについて、英軍の人たちに聞いたりインターネットで調べたりした内容を紹介したい」
と、ほぼ丸々クリケットの紹介に充てられている。フィールドやポジションについて書かれた図まで付いていた。
「近隣で爆発音が聞こえ、警報が鳴った」など緊迫した内容のものも
ネットでは、「ことごとく短くまとめてオチまで付けてるのなんなんだよ」「バグダッド日誌文学」「出版してほしい」などと絶賛されているが、もちろん、すべての日誌がほのぼのしているわけではない。2006年4月5日のバスラ日誌には、蛙やトンボなど、イラクの自然に心を巡らせていた日に不穏な動きがあった様子が記録されている。
「寝ようとしていたら、ドンという音がしてキーンという飛翔音らしきものが聞こえた。続けて爆発音が2回、●●を起こして、アーマーを着させていると0328警報が鳴った。0330別部屋の●●の無事を確認、ロケット弾3発、攻撃10回目、23発目。0358警報は解除された」
防衛省は今後、イラクの日報が新たに確認された場合には「改めて、適切に対応させて頂きます」としている。