リーンに共創する。限られた時間の中での共創で気づいた、 「それだ!」感のある言葉と覚悟が生まれる瞬間。
株式会社サインコサインの代表として、様々な企業やブランド、個人のアイデンティティとなる言葉の共創を中心に支援する加来 幸樹氏。言葉を考える仕事だが、提供しているのは「覚悟」だという。そのようなビジネスを展開するに至った経緯、そして今こそ企業だけではなく個人も「理念」として言葉を持つべき理由を語ってもらった。
言葉づくりが得意だと思ったことはない。自分の専門性とは?
「かっこいい」「目立ちたい」ー純粋な広告クリエイターへの憧れから、新卒でセプテーニに入社した加来氏。社内ではクリエイティブディレクターとして働いており、自身でセールスコピーなどを書くことはあったたが、コピーライターと名乗ったことはないという。
“死ぬほど企画書を書きまくっていたとき、キャンペーンのタイトルを考えていたら、これまで一度も褒められたことがなかった上司に、「言葉遊びの才能だけはあるな」と言われたんです。”
30分単位で個人の時間を売買できる「タイムチケット」というサービスに出会い、「自分なら何を売りたいかな?」と考えたときに、ふとその言葉を思い出したという。思い返せば、学生時代も芸術系の大学に入学したにもかかわらず、自分には絵心がなくビジュアルで勝負できないという思いから、言葉や文字に重点を置くようにしていた。言葉への関心はそのようなコンプレックスからきているものかもしれない。
「それだ!感のあるネーミングを考えます」というタイムチケットの販売は2014年に個人活動として始めたものだったが、この体験を元に当時所属していた会社において新規事業を提案し、会社を立ち上げるまでになった。
”タイムチケットでは「キャッチコピーやネーミング考えます」と謳っていますが、今でも言葉づくりが得意だと思ったことはないし、専門性もありません。作っているのは言葉なんですけど…”
タイムチケットが好調に売れていく中で、自分でもなぜ「言葉づくり」ができているのか分からない状態が続いた。ネーミングや言葉のスキルは磨きたいが、そのために必要な技術はなんなのか。それに気づいたのは、タイムチケットの販売数が100枚に近づいたときだった。
100枚売れてきたあたりから、いいものができたときの共通点が見えてきました。それは、ネーミングやキャッチコピーを考えている30分間、「自分だけでなく相手も同じように疲れさせることができたとき」だったんです。
30分の中でアイディアを出さなければならないというのは、かなりのプレッシャーがある。もちろん自分は疲れるが、同時に依頼主にも汗をかいてもらったとき、「いい言葉」が生まれるという。
大切なのは、言葉づくりの技術ではなく、“ファシリテーション力” だと気づいた。いかに“共同作業の場” をつくれるか。「自分の専門性はどこにあるのか?」試行錯誤をしながらタイムチケットを売り続けた結果の発見だった。
本当に30分でネーミングは生まれるのか?「リーンな共創」を体験してみた
「言葉のプロではない」という加来氏だが、これまで420枚ものタイムチケットを販売してきた。購入者からは、「最高でした! 魔法にかかったような30分でした!」「自分だけにしかないキャッチコピーになり本当に満足120%です」といったレビューが多く寄せられている。果たして、30分でネーミングを考えるとはどんな技なのか?ぜひその感動を体験したい、ということで、キャリコネ編集部でも新しいサービスのネーミングを依頼してみた。
オンライン会議で簡単に自己紹介を済ませ、今回ネーミングとタグラインを依頼したいサービスの内容を伝える。ちなみに事前に資料などは共有していない。開始から約5分、おもむろに加来氏が「例えばこんな感じでは?」とスライドを映し出す。いったいいつの間に考えていたのだ?というスピード感に一同驚きながら、その案を土台に、このサービスで目指したい世界や競合との差別ポイントなどをつたない言葉で補足していく。
すると、「なるほど。そうであれば…これはどうですか?」とその場で2枚目のスライドにタイピングを始めた。そこに並べられたのは、自分たちの頭の中にはなかったワード。しばしポカンと沈黙が続いた後、「それかも。いや、それでいこう!」と、まさに「それだ!」感のあるネーミングが開始から10分もたたずに決定してしまった。続けて、ダラダラとした単なる説明文になっていたタグラインも、きれいな1行にまとめていただき、その時点で開始から約20分。できてしまえば、とてもシンプルな言葉になった。しかし、そこには我々の「思い」がぴったりと表されていた。
通常の進め方としては、挨拶を含め話を聞きつつ開始から10分程度で1本目を提案し、残り20分で修正をしていく、といったタイム感だという。
料理に例えれば、とりあえず味見をしてもらって、そこから改善していくイメージ。とりあえず出してしまう
もちろん経験によって身についたスピード感や、日頃から意識して増やしている引き出しの多さはある。しかし、多くの人が提案にもっと時間が必要だと思っていのは、伝える勇気がないからだけでは?と指摘する。
第一声で出すアイディアなんて大したことないと思っているので、僕の胸のうちに秘めているより一刻も早く見せてみんなの感想がほしい。そのほうが相手もたどり着きたいところに早く着ける。
まさにそのプロセスはリーンスタートアップに似ている。社内で練って練って、ベストだと思う案を持っていく。結果、クライアントからダメ出しをもらい、持ち帰ってまた考える、という広告代理店における提案の仕方とは異なる。「クライアントに満足してもらうために一方的に提案する」のではなく、「リーン」な「共創」によって、その場で納得できるものを生みだす。
自分がタイムチケットを通して発見した方法は、これまでの広告代理店にはない方法でした。なので、新しい事業として提案してみたんです。
良い“共創”のポイントと、そこに生まれるものとは?
タイムチケットを売り始めて約4年後、在籍していたセプテーニの新規事業コンテストを通じて、「自分の言葉で語るとき、人はいい声で話す」をモットーに、ネーミングや企業理念・個人理念など覚悟の象徴となる言葉を共につくる株式会社サインコサインを設立した。
依頼内容は多岐にわたるが、「会社の規模がそこそこになってきたので、そろそろちゃんとした理念をつくらなければ」「時代背景を受け事業内容を大きく転換することになったので、企業理念を作り直す必要がある」「新しいサービスを立ち上げるとになったのでネーミングを考えてほしい」といったような相談が寄せられるという。
共創のポイントとしては、自分がつくらないこと。本人を当事者として参加させること。そして、覚悟がある人と取り組むこと。
新しいアイディアを考えるとき、“共創”や”ワークショップ”という手法はよく取り入れられる。しかし、結果的にクライアントの意向をうかがったありきたりのアイディアに落ちてしまったり、終わらせることがゴールになってしまったり、「やることに満足」という残念な結果になることが多々ある。それは、依頼主本人が本気で参加できていないからだという。
共創の場の目的を伝えるとき、“言葉をつくる”ということは言わないようにしています。「一緒につくるという過程を通じてみなさんの覚悟が決まるんです。本当の目的は、言葉を決めるのではなく、言葉ができることによってみなさんの覚悟を決めることです」と伝えるようにしています。
そういった気持ちで臨んでもらうと、自分が出したアイディアにも「本当にこれでいいのか」悩んでくれるという。本気で臨んでくれるようになる。
例えば個人の理念づくりにおいても、いい共創ができたときは、「いい言葉をつくってくれてありがとう」ではなく、「生きていく覚悟ができました。ありがとう」と言われるんです。
確かにキャリコネ編集部の依頼においても、加来氏は「これであれば、みなさんの思いもブレないのでは?」と、2つ目のネーミングを提案してくれた。我々も「これでいこう!」と決めたとき、自分たちの心にひとつの覚悟を持った気持ちだった。まさに、言葉によって覚悟が生まれた瞬間であった。
企業の理念を腹落ちさせるためには、個人の理念づくりが必要
共創のプロセスを通じ、意思決定権や覚悟を持った人によって企業の理念が決められたとしても、その理念を社員全体に浸透させるのは、また別の課題となる。
「自分の理念と似ている」と思えたとき、はじめて所属する企業の理念がしっくりくる。100%重なることはなくても、「ここは違うけど、ここは似ている」というところがあれば、あえて自分がここに所属している意味を見いだせる。自分が従事している意義が感じられますよね。
企業の理念をつくることがゴールではない。会社の理念を社員に浸透させていくための次のステップとして、個人の理念をつくることが大切であるという。
会社の理念をつくるのも個人の理念をつくるのも、「覚悟を持つ」という目的では同じです。なぜなら、私たちは個人という会社を経営しているから。
とは言え、唐突に「あなたのビジョンは?ミッションは?」と聞いても、「特にない」「やりたいことがわからない」という社員も多いだろう。そこを一緒に考え、会社と沿っている点を見つけてあげることが上司や人事の役割ではないかという。個人と企業の理念が合致すれば、やらされ感からではなく、ひとりひとり動機を持って働くことができる。
なぜ、今「言葉=覚悟」が必要とされるのか?
株式会社サインコサインを経営しながら、個人からの依頼を限定としてタイムチケットの販売も続けている加来氏。彼が提案する「覚悟の言葉」は、なぜ今必要とされているのだろうか。
世の中に正解がなくなったからだと思います。完璧だと思われていたビジネスモデルが崩れたり、ずっと盤石だと思われていた企業が突然倒産したりする。こういう学校に入れば大丈夫、こういう会社に入れば大丈夫、それを絶対やっていれば大丈夫、という成功のルールがなくなっている。
良い意味でも悪い意味でも自由な社会。まさに2020年、予想されていなかった影響が新型コロナウィルスにより及ぼされた。それにより、ぼんやりとあった未来への不安が、顕著に露呈させる形となった。
“そんな中で何を信じるのか?自身の羅針盤が必要なんです。自分の中の信じられる何か。それがまさに覚悟。”
また、自由な社会では誰とでもつながることができる。言葉を他人と共通の認識を持つためのツールととらえると、「覚悟や理念を言葉にする」ことで、共通の理念を持つ者同士や、その覚悟に共鳴した者同士の間に新たな共創が生まれる。
仲間を集めたり、パートナーシップを組んだり、人と人とのつながりがないと経済も社会も発展しないと思うんですけど、人が何かに共感したり、ひかれたりするのも、理念や覚悟がある人。持たなきゃ始まらない。
とはいえ、「覚悟」や「理念」という言葉を聞くと、そんなものは持ちたくないとひるむ人もいるかもしれない。逆に持たない個人はどうなってしまうのか?
覚悟や理念を持った同士であれば、利用し合えるいい関係になる。逆にない状態だと、社会や企業に利用されるだけになってしまう。
「覚悟を持つか持たないか」は、資本主義の中で生まれる格差のひとつの分かれ目ともなるだろう。だからこそ「77億人すべてが理念を持つというのが理想だとは思うが、本当にそれができるのかどうかはわからない」と話す。
というのも、誰に対しても的確な理念や覚悟がつくれるわけではないからという。個人の理念を共創するにあたって、つくりづらい人の共通点は、なにも行動していない人。した方がいいと思いながら行動に移していない人に対してはふわっとした理念しかつくれず、「まずは行動してみよう」というオチになることもあるという。
覚悟がほしければまずは動いてみる。行動をしてみたら、こういうことが起こった、こんなことを言われた。その経験を繰り返していけば自然と覚悟が生まれてくる。ひとつでもふたつでも自分を信じて行動する、意思決定をするすることが大切。
ポツポツと物腰柔らかに話す加来氏から最後に放たれた言葉は「好きにやってみればいい」であった。「行動する、言葉にする、その言葉に従って行動する…」これらの繰り返しによって、より強い覚悟が生まれてくる。
「覚悟を持って生きていく」という言葉にピンとこなくても、「自由に生きたい」と願う人は多いのではないだろうか。しかし、いざ自由な世界に飛び込もうとしたとき、不安や恐怖といった弱さに阻まれることがある。そんな時、自分の中にある「覚悟の言葉」が、勇気となったり、心の拠り所となったりしてくれる。またその言葉によって、新しい出会いが生まれるかもしれない。未知の可能性が潜む大海原で舵をとり、自由を手に入れるために、羅針盤となる言葉が今、必要とされている。
編集後記
「言葉のプロではない」というものの、加来氏から放たれる言葉の数と速度には本当に感動する。スピード感はあるが、焦りや圧迫感はない。だからこそ依頼主も本音を話すことができ、真に刺さるものが生まれるのかもしれない。ネーミング、キャッチコピー、肩書きなど、「思いがまとまらない」「うまく言葉にできない」と悩んでいる人は、ぜひ一度、加来氏との魔法の時間を体験してみては。人生の基軸となる一生ものの言葉と覚悟にきっと出会えるはず。
加来 幸樹さんへの相談はこちら
https://www.timeticket.jp/kakukoki