マツコさんは、本当に子どもからの相談なのかと冗談めかした後、「もし本当にお子さんからのメールなら、私は子どもだからといって子ども扱いはしません。ちゃんと大人として対応しますけど、それはもうあなたがどうなりたいかです」と語りかけ、
「字も綺麗だねって言われる人間になりたいのか、別にいいわよ字なんか汚くたって、見てわかりゃいいじゃないの、って割り切れる人なのか。今から、子どもとはいえ自分で判断して生きていこう」
と真剣にアドバイスしました。
しかし、相談者はまだ小学生。将来の見通しは甘くなりがちでしょう。若林さんが、「大人になった時の自分は想像できないじゃない」と指摘すると、マツコさんは、「いやまたそうやって子供扱いする!」と反発。神妙な表情で、
「違うんですよ。子どもといえども一人の人格を持った人間です。どっちが自分にとっては正しいのか、それは自分で決めなくてはいけないんです」
と、丁寧に繰り返しました。
ネット上では「キレイに書けるに越したことはない」という人多数だが
実は筆者の子どもも字が汚いのが悩みの種で、今更ながら書道教室に通わせなかったことが親として悔やまれます。中学生になったいまでは「どうせ将来はパソコンで書くから」と言う相談者のお兄さんと似たような考えで諦めぎみです。
2020年からの教育改革ではプログラミング教育が開始されますし、今でも地域によってはパソコンやタブレット学習が進んでおり、お兄さんの考えも完全に的外れとは言えないでしょう。もともとの得意・不得意はあり、そこからどう巻き返すか、あるいは別のことにエネルギーを注ぐかは、マツコさんの言うように本人の気持ち次第です。
一方、この話題にネット上では、「キレイに書けるに越したことはない」をはじめ、履歴書や慶弔で自分の字の汚さに情けない思いをしている大人のつぶやきが散見されました。やはり、どちらが正しいなどと断言できない問題です。マツコさんが「自分で選びなさい」と答えたことは、とても誠実な態度に見えました。