今回、話を聞かせてくれた男性は、東京大学を卒業、いまは世界展開する企業の会社員である。客観的に言って「エリート」という名前にふさわしい人物なのだが、特定の恋人はずっといない。もし、婚活市場にでも出れば、引く手あまたのはず。だが、当の本人はそういった気がまるで起きないという。
「これまで付き合った女性は一人です。その一人との別れ話で泥沼になってしまったのがトラウマで、今でも恋愛には興味を持てません」
地方都市出身の男性は、東大に合格するまで、勉強一筋の人生を送ってきたそうだ。
「田舎の学校で、勉強はずっと一番でしたが、恋愛に興味がなかったわけではありません。東大生になったら女のコにモテまくるかも……などと妄想を膨らませまくっていました」
しっかり勉強を続けた結果、無事、東大に合格した男性。しかし、「恋愛方面での現実」は甘くなかった。
「誰かに東大生というと『すごい』とは感心されますが、それ以上でもそれ以下でもない。その現実をすぐに知りました。東大生の中でも、女のコにモテるのはイケメンだとか話術に優れているタイプばかり。勉強以外はまったく無趣味だった自分には、そういうのは無理だとすぐに悟りました」
切り替えが早いのは、さすがに東大生といったところ。今度は、むやみにモテたいというのではなく、真面目にパートナー探しを始めたのだという。
「特に国語は得意で、近代文学の勉強をしたいと思っていたので、その関連のサークルや学習会に積極的に参加するようにしました。似たような知識・趣味の女のコに出会えるんじゃないかと」
彼は、そうして参加した研究会で、とある他大の女子大生に出会った。
「知り合ったのは1年生の頃で、明治の文豪についてあれこれと話しているうちに付き合うようになったんです。彼女も勉強ばかりしてきた地味なタイプで、当時はすごくウマが合ったんです」
互いに初めての彼氏彼女ということで、最初は盛り上がった。毎週のように美術館や博物館でデートをしたり、お互いのアパートを行き来したりと充実した日々は続いた。しかし、男性は次第に違和感を覚えるようになったという。
「だんだん世界の狭さを感じるようになりました。大学生同士なのだから、たまにはディズニーランドにもいきたいじゃないですか。ところが『あまり好みじゃない』と断ってくるんです。クリスマスとか季節の行事も、どちらかのアパートで過ごすだけで、華やかな場所にはまったく興味を示さないんです。海外旅行を提案したこともあったんですが『危険だと思う』というんですよ」
ちなみに、二人で出かけたもっとも遠いエリアは九州で、九州国立博物館と太宰府を巡って帰ってきたという。別に学生だからって必ずしもディズニーや海外に行かなくてもいいとは思うが、そういった部分で「大きな価値観のズレ」があると、長く付き合っていくのは難しいとは言えそうだ。
「そんなことで別れ話をするようになったんですが、その度に泣かれてうやむやになりました。おまけに就職活動を意識する時期になると、結婚後の将来設計なんかを話しはじめたんです。これはいよいよヤバいと思いましたね」
学生時代なら許容できる「価値観のズレ」も、社会人になり、世界が変わってくると厳しい。たとえば「海外は危険だから行きたくない」パートナーがいると、海外転勤の可能性もある企業に就職をするのも、ちょっと迷ってしまうだろう。
結局、男性は「内定」を機に、ついに最後の決断をすることにした。
「自分のアパートの近所のファミレスに呼び出して、今日で別れる。荷物は送るから合鍵を返して欲しいと告げたんです。しばらく泣いていた彼女は突然激昂して『飽きたら捨てるのかよぉ!!』と鍵を投げつけて出ていきました」
ようやく一段落したかと思った男性だが、数日後に更なる災難が襲いかかってきた。
「突然、見知らぬ初老の男女がアパートにやってきたんです。聞けば、彼女の両親だというじゃないですか。部屋には入れたくないので、ファミレスで話を聞いたんですが、わざわざ北陸から新幹線でやってきたという両親は『娘の将来はどうなるんですか』と、詰問してきたんです」
一瞬、謝ろうかと思った男性だが「ここで、負けては人生が台無しになる」と意を決し「終わった話です」と言い続けたという。
「ところがその後も、就職を前に引っ越すまで2度両親が訪ねて来ました。携帯電話への着信も月に何度もありました。どうも両親は、東大生と結婚すれば将来万全だと信じ切っているようでした。それが彼らを駆り立てていたんでしょう」
娘の恋愛で、ここまでする親も珍しい。さすがの男性も怖くなってきたようで……。
「いずれ家族揃ってストーカーになるんじゃないかと思い、とにかく残業時間が長くて家に帰らなくてよい部署、海外に転勤できる部署を希望しました」
とのことだった。ようやく、念願叶って海外で働くことになった男性だが、その間も自分のFacebookには「札幌に転勤になりました」とウソ情報を描き続けたという。
「友人から<俺も札幌だから飲もうぜ>とか連絡がきましたけど、真実を告げると情報が漏れるんじゃないかと思って、忙しいといって断りましたよ」
こうして初の恋愛で徹底的にトラウマを植えつけられた男性は、最後にこう語った。
「恋愛とかどうでもいいけど、もう日本にも帰りたくないです……怖くて」