海外売上比率が9割超えるヤマハ発動機 DX人材の獲得と社員のエンゲージメント向上目指す
自動運転技術の登場、MaaSの推進、カーボンニュートラルへの取り組み強化など、100年に1度の変革期を迎えるモビリティ業界。二輪車やマリン製品、ドローンなどさまざまなモビリティを展開するヤマハ発動機株式会社は、これまでの強みをより強化するDX戦略を打ち出している。
コロナ禍でも好調な売り上げを生み出した同社は、DXでどのように変化していくのか。多くの社員を抱える中、DX人材をどう育成・獲得しているのか。人事総務本部 人事戦略部 人材マネジメントグループの寺田健太さんにお話を伺った。(聞き手・文:藤間紗花)
DX研修のカリキュラムを目的別・難易度別に用意
――御社ではDXについて、どのような取り組みを行っていますか。
当社では「Yamaha Motor to the Next Stage」と銘打ち、大きく分けて3つの取り組みを実施しています。
1つめは「経営基盤の改革」です。グローバル連結データベースや経営ダッシュボードの実装などのシステム化を進めることで、経営判断の迅速化や業務の標準化を目指しています。
2つめが「“今”を強くする」こと。デジタルマーケティングやコネクテッド商材などを積極展開し、顧客中心のビジネスへ変革することで、顧客と当社がつながる新しい体験を提供していくというものです。一生Yamahaと付き合ってくださる生涯顧客のKPIとして、グローバルの顧客ID「Yamaha Motor ID」を2024年に470万まで獲得することを目指しています。日本ではヤマハファン向けのポータルサイト「My Yamaha Motor Web」などにも使われています。
3つめが「未来をつくる」ということ。次世代ビジネスに必要なデジタル技術を専門とするR&D体制の確立や、社会・お客様と共創しながら新価値創造に対応する社内プロセスの構築によって、新たな価値と未来を創造していきたいと考えています。
こうしたDXの取り組みを進める上で、DX人材の育成にも注力しています。「誰もが当たり前にデジタルを活用できる会社」を目指し、2024年にはDX推進人材の1200人創出を目標にしています。
――DX人材の育成では、どのような工夫をしていますか。
当社の育成には、3つの特徴があります。1つめは、業務上必要に迫られていたりDXに興味があったりする社員に自主的に参加してもらっている点。2つめは、業務で活用したいニーズに合わせてカリキュラムを目的別・難易度別に用意している点。3つめは、ただ教えるだけではなく実際に現場で活用できるようOJTでサポートしている点です。
当社では、DXは所属部署に関係なくすべての社員に関わりのあることだと考えています。新たな人材の獲得を大切にしつつ、既存社員に対する取り組みはそれ以上に重要なものだと捉えています。
DX専門職向けブランチオフィスを横浜に設立
――最近ではさまざまな企業がDX人材の獲得に苦戦していると聞きます。
新卒採用では情報系学部の学生以外でも、DXに興味がある方や学ぶことにストレスがない方もDX人材の対象として見ています。基礎からしっかりと学んでいただけるカリキュラムを用意していますので、長い目で見てDX分野で活躍してくれる人材を採用しています。
キャリア採用は、他社と同様にかなり苦戦しています。DX人材は東京を中心とした関東地方に集中しており、本社が静岡にある当社は地元で募集をかけても対象人材は多くなく、転居が必要となると応募の選択肢から外されてしまいます。そこでDX専門職が常駐するブランチオフィスを横浜に設立し、こちらで勤務していただけるようにしました。
当社では行動指針に「スピード・挑戦・やり抜く」を掲げており、年齢・性別・経験問わず「挑戦したい」気持ちを持った方に機会を与える文化があります。スピード感を持ってしっかりやり抜いた先には、確かな成果を感じ取っていただけると思います。前職で「自分のやりたいことに挑戦できなかった」想いをお持ちの方には、当社のカルチャーを魅力に感じてもらえると考えています。
――海外売上高比率の高いヤマハ発動機ですが、社員のグローバル志向も高いのでしょうか。
当社の売上の9割は海外市場が占めていて、上場企業の中でもかなり海外比率が高く、海外との距離がより近い企業だと自負しております。
基幹職や総合職の社員の約10人に1人が、海外駐在員として赴任しています。国内で働く社員も、海外出張に行ったり海外拠点の社員や取引先様とやり取りしたりする機会は日常的にありますので、多くの社員が海外との接点を持ちながら仕事をしています。
応募者には「海外で働いてみたい」と考えている方や、「グローバルに働きたい」という希望を持った方がとても多く、グローバルに活躍してくれる人材が集まってくれているという肌感はありますね。
――御社のように大きな企業では、社員の価値観を揃えてエンゲージメントを向上させることは簡単ではないと思いますが、工夫されていることはありますか。
当社では、社員のエンゲージメント向上を重要課題として捉えています。2020年からは「クアルトリクス」というエクスペリエンス管理システムを導入し、職場単位でエンゲージメントの計測や分析を行い、改善する取り組みをしています。
そのほか、1000人程度の若手社員を対象に、数十回に分けて社長と対話する「対話会」を実施して、「どうすればエンゲージメントが向上するか」のアクションプランを決める参考としたり、部下を持つ管理職の目標管理項目にエンゲージメント向上を設けたりといった取り組みもしています。
エンゲージメントの向上は、一度やったら終わるものではありません。定期的にデータ分析をし、実際に行った施策がどのようなインパクトを残したかを振り返り、部門独自の組織活性施策をサポートするなどして地道に継続していくことが大切だと思っています。
働き方を選べることが「エンゲージメント向上」につながる
――社員の皆さんは、どのようなスタイルで働いているのでしょうか。
この6月から働き方改革の一環として「新勤務制度」を導入しました。この制度によって、社員一人ひとりが自分らしい働き方を選択できるようになったと思います。
新勤務制度ではコアタイムをなくして、午前6時30分から午後10時までをフレックスタイムとし、この時間帯であれば始終業時刻を各自が選択できるようになりました。中抜けも可能になり、「子どもの送り迎えで午前と午後は30分ずつ抜けます」なんてこともできます。
また当社ではフルリモート勤務は実施していないのですが、業務上出社する必要性は職場事情によって異なることから、職場の采配でリモートワークを活用してもらうようにしています。
――新勤務制度は、コロナ禍でもたらされた働き方といえるのでしょうか。
コロナ禍以前にはどの職場の社員も基本的には出社しており、リモートワークは感染症対策として導入したのが実態でした。ただ、コロナが落ち着きつつある今、なぜ新勤務制度を導入したのかといえば、人々の働き方に対する考え方の変化への「当社なりの答え」という部分が大きいと思っています。
コロナ禍に入社してきた若い社員は、それ以前から働いている社員とは価値観も大きく異なります。我々世代は毎日出勤して先輩や上司のいるところで仕事をするのが一般的でしたが、彼らは違う。リモートワークが当たり前にあって、時間の使い方も個人によって異なります。
その日に自分がどのようなスケジュールで働くか、上司や職場に周知してもらう必要はありますが、それぞれがライフスタイルに合った働き方ができるようになったのは当社として大きな変化だと思っています。この変化がひいてはエンゲージメント向上にもつながるのではないでしょうか。
寺田健太(てらだ・けんた):ヤマハ発動機株式会社 人事戦略部 人材マネジメントグループ主査。大手運送会社、自動車車体メーカーでの人事を経て2006年入社。賃金、労働政策を担当。2011年より子会社に出向し、人事全般のマネジメントを担当。2020年7月より現職。