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離職率が低い会社は「働きやすい」といえるのか? 「人が辞めること」の功罪を考える

人が辞めなきゃ「いい会社」なのか?

人が辞めなきゃ「いい会社」なのか?

世の中では、離職率の高さは「働きやすくない会社」の象徴的な事象とされています。私も個人的には素朴にそう感じますし、自分が経営する会社で人が辞めると「自分にバツをつけられる」みたいに思い、落ち込むことも多々あります。

その一方で、私が最初に入った会社であるリクルートは人の入れ替わりの多い会社でしたが、皆が切磋琢磨しながら働く活気のある良い会社でした。私もとっくに辞めていますが、まだ好きですし、人のつながりも絶えていません。このように退職が多いからダメな会社と一概に言えないのですが、離職率と働きやすさの間にはどんな関係があるのか、考えてみたいと思います。(文:曽和利光)

「人が辞めないこと」の弊害は少なくない

起点として、「人が辞めない」状態がどのような状況を生み出すのかを考えてみたいと思います。入社してきた人があまり辞めない会社といえば(最近は変わってきましたが)昔ながらの日系の大手企業がイメージされます。

往年の日系大手企業が少し前までどんな感じだったかと言えば、社員からこんなことをよく職場の愚痴として聞いたものです。

「上が詰まっていてポストが空かないので、昇進がしにくい」
「何年も同じメンバーで、マンネリ化してきて新しい発想が生まれなくなる」
「一度ついた序列(しかも、ほぼ入社順)が、ずっと変わらずに続く」

人が辞めないことですぐわかる弊害は「高齢化」でしょう。もちろん素晴らしいシニアは山のようにいますので、一概に「高齢化=悪」ではありませんが、人は高齢になれば、いろいろな能力が衰退したりすることも事実です。

会社組織が永遠に成長していれば、末広がりに若手の採用数を増やしていくことで平均年齢は上がりません。しかし、どんな企業でも成長には限界があり、いったん成長が止まれば採用数を減らすことにもなります。すると成長期にはうまくいっていた人口ピラミッドが、極端な場合には「逆ピラミッド」になっていくわけです。

マンネリ化が進み、若手の退職が加速する悪循環に

人の動きが停滞して高齢化すれば、次に生じるのは「マンネリ化」です。どんなに好きで得意なことであったとしても、同じ仕事を同じメンバーでずっとやっていれば、そのうち飽きが来たり、新しいアイデアが生まれなくなったりします。

それでいて、短期的に見ればそのポストの現職の方がパフォーマンスを出すのが確率論的には高いと見られ、未経験の若手のポテンシャルを買って入れ替える勇気のある経営者は多くはありません。

最終的に成果を出すような若手でも、新しい仕事に慣れるまで時間がかかり、前任者を超える成果をすぐに上げるのは至難の業です。つまり若手を抜擢するということは、会社にとってコストがかかり、リスクが生じることなのです。

最も問題なのは、若手の方が辞めてしまうことです。「上が詰まっていて昇進できない」という見通しが若手の間に広がって来れば、組織に絶望した若手は別の場所に活躍の機会を求めるのは自然なことです。高齢化の上に「少子化」、もっと言うと「少産多死」という最悪の状況が生まれる可能性があります。

ただでさえ採れなくなった若手の方から我先に辞めていけば、高齢化はさらに進みます。こうなると、組織の劣化は加速度的に進みます。辞めて欲しくない元気な若手が辞め、高齢者ばかりが残り続けると、組織の活気がなくなっていくのは容易に想像できることです。

それぞれの会社には「適切な離職率」がある

以上、あえて「人が辞めない」デメリットばかり挙げてみました。冒頭のリクルートは言うならばこれの逆を行く形で、ある種のよい社風を作り上げていたような気がします。しかし「どんどん人が辞めればよいのか」と言えば、当然ながらそうではありません。

例えば1年で3割も人が辞めるような会社は、ノウハウも溜まらなければ仕事のクオリティも上がらず、人の絆や一体感も生まれず、他社との競争を到底勝ち抜くことはできそうもありません。一人前になるのに10年もかかる職種で構成される会社では、数年で辞められては教育コストが回収できなくなるので、離職率は低い方がよいでしょう。

その一方で、マーケットの変化の激しい事業を展開する会社はすぐに勝ちパターンが陳腐化するため、過去の経験の蓄積よりも新しいアイデアを生み出す新しい人が必要だったりします。その場合、離職率は相対的に高い方がよいでしょう。

他にも要素はありますが、どうやらそれぞれの会社には「適切な退職率」とでも言うべきものがありそうです。適切な離職率を検討するのは単純ではありませんが、重要なのはそういうものが「ある」ことを認識することです。

いかに自然に「適切な離職率」を実現するか

「辞める=悪」と考えて「適切な離職率などない」とすれば、離職率の目標を設定したり、それをマネジメントしたりすることすらできません。きちんと意識して離職率をマネジメントすることの意義は、リストラなどの外科手術的な不自然なやり方で無理やり退職調整をする必要がなくなることです。

同じ退職でも自ら「辞める」のと「辞めさせられる」のとでは雲泥の差です。言うまでもなくリストラは会社と個人の信頼感を減らし、人と人との間の絆を壊し、組織を疲弊させます。そういう不自然なことをしなくても済むように、日頃から適切な離職率を意識し、もっと自然な方法で新陳代謝を生じさせることです。

退職金制度を調整したり、キャリア教育を工夫したり、社内異動の方針を変えたり、社員同士の一体感を醸成したりすることで、離職率はある程度操作できます。その中で人が自主的に辞めたり残留したりするのであれば、組織に禍根は残りません。

実際には、「雇用を守る」と言い続けて、結局リストラするなど、実現されることはまだ少ないですが、組織の新陳代謝は、残る人にとっても去る人にとっても、比較的ともにハッピーな形でなされるようになればと思います。

あわせてよみたい:離職率50%を12%へ。QBハウスの大改革

※ウェブ媒体やテレビ番組等で記事を引用する際は恐れ入りますが「キャリコネニュース」と出典の明記をお願いします。

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