「思考停止したマニュアル通りの接客、やめろ」に批判殺到「時給が安いから無理」「臨機応変に動ける人にいくら払うつもり?」

やりたくても出来ない事情があります。

やりたくても出来ない事情があります。

具体的に何があったとは一切書いていない。組織に対して「自分の頭で考えないマニュアル人間を量産するなよ」「考えられる人間を評価しろよ」と批判しているので、もしかしたら投稿者自身が、会社で臨機応変に働いているのにまったく評価されない人なのかもしれない。

これに対してブックマークは600近く付き、多くの批判が集まった。「時給が安いから無理」をはじめ、全面共感する意見はほぼ見当たらない。

「高級料亭でそういうサービスを求めるのは真っ当。コンビニでそういうサービスを求めるのは不当」
「臨機応変に動ける人に幾ら払うつもりかね?時給3000円でもそんな優秀な人材は集まらんだろう」
「『マニュアル通りでない臨機応変な接客』の方が過剰なサービスだと思う」

投稿者が求める「相手によって臨機応変に対応する接客」を、コンビニやチェーン店など時給数100円台のお店に求めるのはそもそも間違いだとする批判が大勢を占めている。

ちなみに、少数ながら「コールセンターのお決まり文句はやたらに腹が立つときあるよね」「どの店行っても『ポイントカードはお持ちですか?』って訊かれるのは腹が立つ」との声もある。だがこれも、聞かなきゃ聞かないで「気を利かせて言えよ」と文句を言う人はいるだろう。

「こういう人がいるからマニュアル通りの対応しかできなくなる」との声もあるように、「この人にはやったけれど別の人にはやらない」等はクレームになりやすい。特にチェーン店は全国どこの店舗に行っても同じ品質のサービスが求められる。気を利かせたつもりでも、下手すればたちまちお叱りを受けかねないのだ。

「ものを考えないからこういう愚かな戦争をやって国を亡ぼすんだ」

しかし、マニュアル通りの対応しかできない、自分から考えて動けない人は嫌われやすいし、「使えないやつ」扱いされることもある。国民が「思考停止」状態になれば、政府に都合よく世の中のしくみを変えられてしまうという見方も、分からないではない。

話は逸れるが、宮崎駿の著書(『本へのとびら」岩波新書)のなかに、こんな記述がある。本を読むことが子どもに良いとされ始めたのは戦後からで、大人の考えが変わったのはこういう理由ではないかと語る場面だ。

「『ものを考えないからこういう愚かな戦争をやって国を亡ぼすんだ』って。それで『本を読まなきゃいけない』って変わったんだと思います」

確かに、「ものを考えない」のは危険で、すべてを言われた通り疑問を持たずマニュアル通りにやることは、考える力をなくしてしまう恐れがある。

だが、これはこれ、それはそれ。接客サービスとは別問題だ。確かに「思考停止」は良くないが、安い時給で働く接客業の人たちも含めて「臨機応変に対処」を求めて怒るのはお門違いだろう。相手によってやったりやらなかったりは負担が大きいので、この場合、「思考停止」ではなく、「考えた末の出力調整」ではなかろうか。