男性が、某メーカーから内定を得たのは1980年代中盤。まだ日本が今よりもずっと豊かだった頃のことだ。
「いまほどではありませんが、当時はバブル前のまだ景気が低迷している時代でした。工学系の専門性の高い分野を専攻していたので就職先は限られるのですが、よく考えて、当時中堅規模だった某メーカーを選びました」
本社所在地は長野県。とんでもない才能の持ち主が集まる都会の大手よりも、自分の力が発揮できるだろうと考えたのだ。
入社式は4月1日。その前日の3月31日、新入社員は長野県内の湖畔の別荘地にある研修施設に集められた。翌日の入社式を前に、研修担当の社員も集まり、和気藹々と交流を深めていた。
「ところが、夕方になってロビーのテレビから流れたニュースで空気は一変しました。明日から入社する会社が、吸収合併されるとアナウンサーが話し始めたんです」
そのニュースが流れたとたん、「夕食は美味しいのだろうか」といった話題は終了。大学生活の続きのような雰囲気は激変した。
「あんな空気は二度と味わえないでしょう。『聞いてないぞ』と怒鳴る新入社員が出てきました。研修担当の社員も必死で落ち着かせようとしているんですが、自分たちのクビもどうなるかわからないですから、言葉も空回りするばかりです」
そのまま、みんな無言のまま夕食をとり就寝。翌日、入社式へ向かうバスに乗る前に社員からは、こう指示が出された。
「おそらく入社式を目当てにマスコミが詰めかけているだろう。マイクを向けられても、なにも喋ってはいけない」
男性は入社式のあいだじゅう、もしマイクを向けられたらどうしようと不安に駆られて、うわの空だったという。
「新入社員たちは、そのまま研修施設に戻って座学、そして工場見学などのプログラムが続きました。でも、自分たち以上に研修担当の社員は不安げでしたよ。なにしろ、自分たちが長年勤めてきた会社の看板がなくなってしまうんですから」
その後、吸収合併による首切りが行われないことがわかり、次第に雰囲気は落ち着いていったそうだ。
「別の会社に転職するまで10年ほど務めましたが、先輩社員たちは次第に別事業に移されていき姿を消していきましたね……」
とんでもないトラウマ事件である。
男性は「笑い話にできるようになったのは、ようやく最近ですよ……」と振り返っていた。