危機対応の本場英国で知った「全く異なるリスクマネジメントの考え方」 ニュートン・コンサルティング副島代表に聞く(前編)
企業経営において、リスクを組織的に管理して損失の回避や低減を図る「リスクマネジメント」の必要性が指摘されて久しい。体制構築のサポートを行うコンサル会社には損保系が多い中で、独立系として独自のアプローチ方法を展開して存在感を示しているのが、ニュートン・コンサルティング株式会社(東京・麹町)である。
英国でテロ事件などさまざまな危機対応を経験してきたスタッフが、2006年に帰国して会社を設立。意識改革を伴った「演習」を重視する手法で、大企業をはじめとするさまざまな組織の「対応能力」を高める支援を積み重ねてきた。創業者のひとりである副島一也氏に、その詳しい考え方を聞いた。
「計画のないこと」に対応できない日本人
――ニュートン・コンサルティングは、英国Newtonグループの日本法人として設立されたわけですが、日本で事業を始めようと考えたきっかけは何だったのでしょうか。
日本人は真面目で緻密、協調性もあり、素晴らしい国民だと思って生きてきましたし、海外に出て余計に思う場面も多くあったのですが、こと「命を守る」とか「緊急事態対応」に関していうと、こんなにもできないのが日本人なんだな、と感じることが多かったですね。
いわば危機対応の本場である英国で、日本とは全く異なるリスクマネジメントの考え方や手法を学ぶ中で、「これは日本でこそ役に立つし、もっと広めないといけない重要なノウハウだ」という思いを強くして、ぜひ日本でもやろうと考えて、仲間と帰国して起業しました。
――日本人と英国人では、そこまで考え方が違うものでしょうか。
ひとことで言うと、日本人は計画に対する正確性とか約束を守ることに対する思いが強い、優先度がかなり高いですよね。でも、それって本当に日本でしか通用しない文化であって、それが危機対応において逆に作用してしまう場合がある。
例えば、日本で電車に乗るとまずびっくりするのが、分単位で本当に正確に動いていること。そして、1分でも遅れると「遅れまして申し訳ございません」とアナウンスが入ります。英国では遅延は日常茶飯事なので、乗客は時刻表など頼りにせず、来た電車に乗ることに何の疑問も持っていない。そもそも予定というものに対する意識が低いと言えます。
ですので、ザルというか概念的な計画でプロジェクトなども走らせようとする。「でも、何月何日までにここまでやる、って計画になっていたよね?」と確認しても、もう5時だからとか、今日は娘の誕生日だとか、毎日そんなことばっかり言うので、「何なんだろうな、この人たちは」と思っていたんです。
そんな折(2005年7月7日)、ロンドン中心部の4か所で同時爆破テロ事件が起きて、多数の死傷者が出たんですが、普段からそういうスタンスだからこそ、彼らは柔軟に対応できるんです。自分の身を守るために、自分で考えてすぐに安全なところに逃げることができる。
日本人はというと、朝9時にテロが起きて大変なことになっているのに誰も逃げず、「これからどうするかみんなで検討しよう」と言って、オフィスの会議室に集まろうとする。もちろん「テロが起きたら逃げる」と事前に計画をされていれば逃げるんですけど、計画のないことには対応できないんです。
日本人が計画を立てている間に英国人は行動する
――確かに多くの日本人は、上からの指示を待ったり、話し合いで行動を決めたがります。
同じ年の12月にロンドンから少し北に外れたバンスフィールドで、日曜日の朝6時に石油貯蔵庫の大爆発が起きました。居住区域ではなかったので奇跡的に人的被害がほとんどなかったんですが、多くのオフィスビルが吹き飛んで大変なことになりました。
ここでも日系企業は会議を始めて、計画を作り始めました。計画は約束どおり動けなきゃいけないので、どこの業者がいつ工事をして、こんなスケジュールで、いついつまでに納期を終えます、みたいなことを全部裏取りして、業者に「ちゃんとその通りにできるんだろうな?」と確認をします。
そんなことをしている間に、英国人は該当地域が広域かつ長期に渡って封鎖されてしまうのを見越して、周辺のオフィスをどんどん押さえていくわけです。日本人が細かい計画を立てるために代わりのオフィスを押さえるのが遅れれば遅れるほど、条件が悪くなって距離も遠くなり、みんな足元を見てどんどん賃料が上がっていく。
――ありがちですね。
工事金額も言い値で変わっていくし、そもそも業者が約束通りに来る社会なんて日本にしかないですから、スケジュールもどんどん崩れていき、計画は画に描いた餅に終わります。みんな取り合いなんで、確保できるところから動かしていくしかないんですよ。
日本人同士で仕事するのって、すごくやりやすいな、って私も思っていたんですが、海外に行くと、危機対応というのはもう全然違っていて、残念ながらレジリエンスな対応って日本人は不得意なんです。
――何が日本人と英国人を大きく分けているのでしょうか。
「起きていることに対応する」かどうか、ということでしょう。海外ではいまも戦争の最中ですが、そんな中、彼らは二枚舌、三枚舌で「今一番いい選択肢は何だ?」と考えながら、とにかく動いていくのが当たり前のことなんです。
英国は「当事者」、日本は「事務局」の仕事
――「欧米は契約社会」というイメージがあり、約束を守ることにおいては日本より厳しいのかなと思いこんでいたのですが。
そこは捉え方の違いです。日本人は契約やルールを守ることが絶対の目的になりますが 、海外では契約が武器として最大限の効果を発揮する場合はそれを使うけれど、しょせん自分たちが生きていく上で利用するツールだとしか思ってないんですね。どうでもいいことは、あまり気にしてない。
もっとしたいように、自分の頭で考えて、それぞれが判断して、それぞれがしたいように生きていけばいい。そして、その結果も自分で引き受ければいいわけですよね。そして、結果を引き受けるからには、やはり「本当の危機」というものに対して、自分が当事者として真剣に考えなくちゃならなくなる、という裏返しにもなるんだと思います。
――もう少し具体的なレベルで、日本と海外のリスクマネジメントは、どこが一番違うのでしょうか。
ひとつは「当事者がやるのか、事務局がやるのか」の違いですね。当事者とは誰かというと、社長であり、事業を引っ張る事業責任者であり、現場の人たちです。海外ではリスクマネジメントは当事者がやるもの、という真っ当な意識があります。
一方、日本は「リスクマネジメント室」などの専門の事務局が、いざというときの魔法の杖となるBCP(事業継続計画)の分厚いドキュメントを作ることがリスクマネジメント、と解されているところがあります。やはりここでも計画が重要になってしまうのです。
――BCPが「魔法の杖」にならないとすれば、何をすれば実効性の高いリスクマネジメントになるのでしょうか。
当社が指摘しているのは2つの点で、まずは「起きてからでは間に合わない、事前に準備しておいた方がいいことを済ませておこう」ということです。震度7になれば、重くて硬いものは固定していなければ飛んできて、当たれば死んでしまう。起きてから固定しようと思っても無理です。いかに事前にできることをやるか、ということが大事です。
もう1つは、緊急時にはどこまでやってもいろんなものが使えなくなる中で、「起きたことにどう対処するか」という対応能力をどこまで高め続けられるか、ということです。この「対応能力」を高めることは、当事者ではなくてはできないんです。
「自ら考えて自ら動く」ができない日本のトップ
――リスクマネジメントが事務局の仕事になっているのは、その通りですね。
当事者である社長や事業責任者が「対応能力」を高めるためには、「もしこんなことが起きたらどうしよう?」と普段から演習・訓練をすることが必要です。そして、誰かが怪我などをして離脱することも想定しつつ、普段から意思の統一をある程度図っておき、「我が社としてはこんな動きをしよう」といったことを話しておく必要があります。
ところが日本では、当事者が平時にせよ緊急時にせよ、自ら考えて自ら動くということがなされない。緊急時になっても、誰か専門家が決めたことを言ってくれないと動けない。政府からのアナウンスがなければ、マスクを外せないのと同じですね。それでは「対応能力」は養われないですよ。
――それは、自分の考えで動いた結果の責任を自分で負いたくないから、自分の外にある「ルール」を守って生きていきたい、ということだと思いますが。
でも、それで誰が損するかと考えれば、自分であり、自分の会社であり、自分の仲間ですよね。自分たちの生き死にを他人に委ねる、みたいなことになってしまうんですが、それでいいのでしょうか。そこが英国と日本との、最も大きな違いだと思います。(後編に続く)