ニュージーランドで新型コロナウイルスの感染者が確認されたのは、2020年2月28日のことでした。そこから一ヶ月もたたない3月25日、ニュージーランド全土がロックダウン(都市封鎖)に突入したのです。
すべての地域において、
原則として外出禁止
ほぼすべての店舗が営業停止
学校など公共施設はすべて閉鎖
という厳しい行動制限が課せられました。
驚くべきは、ロックダウンになった時点では、新型コロナウイルスによる死者はひとりも出ていなかったという点です。一日の新規感染者数も50人程度と、人口のわずか10万分の1。素人目にはやりすぎにしか見えませんでした。
しかしこれが功を奏し、ロックダウンは一ヶ月で終了。無事、ニュージーランドは元の日常を取り戻したのです。
なお今年4月からは、オーストラリアとの間で自主隔離なしの自由な往来ができる「トランス・タスマン・バブル」という施策が始まったのですが、7月にオーストラリア国内で市中感染が出たのを受けて、即座に停止されました。絶対にコロナを持ち込まないという政府の強い意志がここにも表れています。
4段階の「警戒レベル」が国民の納得感を生んだ
ロックダウンに際して、ニュージーランドでは4段階の「コロナウイルス警戒レベル」を導入しました。それぞれのレベルで、「どのような状況を意味するのか」「日常生活でできること、できないことはなにか」が明確に定義されています。
ロックダウンは日常生活を強制的に奪う措置です。どうなったら解除されるのかがきちんと示されなければ、国民は不安になってしまいます。しかし、レベルが切り替わる基準が明言されたことで、ロックダウン中でも納得感がありました。
ちなみに市中感染者ゼロの現在は、ニュージーランド全国が警戒レベル1の状態となっています。
行動追跡アプリを日本よりも早くリリース
全国的ロックダウンからおよそ2ヶ月後となる2020年5月20日、行動追跡アプリ「NZ COVID Tracer」がリリースされました。
公共施設や店舗に設置されたQRコードをスマホのカメラで読み取ると、持ち主がいつどこへ立ち寄ったか追跡できるアプリです。これによって、ふたたび市中感染が発生したときでも、濃厚接触者をかんたんに洗い出せるというわけです。
なお日本の厚生労働省が同様の行動追跡アプリ「COCOA」をリリースしたのは、ニュージーランドから1ヶ月後の6月19日でした。ニュージーランドの人口はたったの500万人と、日本よりはるかに人的資源に劣ります。にもかかわらず、これだけの速度でコロナ対策アプリを開発できたのは驚くほかありません。
市中感染が発生していない現在、アプリを使う人の姿はすっかり減りましたが、少し前までは買い物や外食のたびにQRコードをスキャンするのが生活の一部となっていました。
政府公認の“ネタ動画”ができるほど国民の支持を得た
強制的なロックダウンは、一歩間違えれば政治権力の濫用となり、国民からの反発を招きかねません。
しかし蓋を開けてみると、ロックダウン直後の2020年5月に行われた支持率調査では、ジャシンダ・アーダーン首相率いる労働党が支持率を18ポイントも伸ばし、59%に達しました。首相個人に対する支持率も21ポイント上昇の63%と、過去最高を叩き出しています。
ただロックダウンに踏み切るだけでなく明確な行動指針を打ち出したこと、観光や留学など大打撃を受けた業界向けに手厚い補助金を出したことなど、コロナ対策で見せた強いリーダーシップが支持につながったと思われます。
その政策はポップカルチャーにおいても好意的に受け止められました。ロックダウン真っ只中の2020年4月、地元在住のマクセンという音楽プロデューサーが、新型コロナに関する政府広告をクラブサウンドにアレンジする動画をSNSに投稿。
「This is COVID-19 announcement(これは新型コロナウイルスに関するお知らせです)」という無機質な女性の声がダンスビートに変わってしまうこの動画は、フェイスブックで約3万6千回再生されるほどの人気になりました。
これに気を良くしたのか、なんとマクセンは公認の動画を作ることを政府のコロナ対策チームに提案。ついには「現役の保健省長官が出演するマッシュアップ動画」が作られるに至ったのです。これは2020年末から、音楽フェスをはじめ複数のイベント会場で実際に流されました。
不謹慎とも取られかねない“ネタ動画”が、政府のお墨付きを得て笑える状況にまでなったというのが、ニュージーランドのコロナ対策の成功を何よりも物語っているのではないでしょうか。
【筆者プロフィール】はっしー
ニュージーランド在住のウェブライター。日本のIT業界の激務に疲れ果て、残業のない職場を求めて2014年にニュージーランドへ移住する。現地企業のプログラマーとして4年半勤めたのち退職。現在はライター業のほか、将棋教室運営、畑の草むしりなどで生計を立てている。